婚約破棄されました悪役令嬢、可愛がりルートを爆走中

桃瀬ももな

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「……モルニャ。本当に、いいのか? 今ならまだ、式を中止して二人でお魚の旅に出ることもできるぞ」

純白のウェディングドレスに身を包んだ私の前で、カイル様が真剣な……いえ、あまりにも緊張しすぎて顔面が氷結したような表情で問いかけてきました。
彼の隣では、セバス様が「閣下、縁起でもないことをおっしゃらないでください」と呆れ顔で控えています。

「何を仰いますの、カイル様。見てくださいませ、このドレス。私のために特注された、白身魚のような美しい光沢。これを皆様に見せびらかさずして、何が公爵夫人ですの」

私は扇を広げ、豪華な刺繍が施されたベールを揺らしました。
公爵邸の鏡に映る私は、我ながら「悪役令嬢」という肩書きが勿体ないほどの絶世の美女。
……まあ、中身は相変わらず「次のお食事」のことばかり考えておりますけれど。

「……そうか。お前がそう言うなら、私はこの命を賭してお前をエスコートしよう。……モルニャ。お前は、世界で一番……いや、全宇宙で一番美しい私の宝物だ」

「はいはい。惚気はそのくらいにして、行きましょう。お腹が空く前に、誓いのキスを済ませてしまいたいですわ」

大聖堂の重厚な扉が開かれた瞬間。
まばゆい光とともに、地鳴りのような歓声が私たちを包み込みました。

ルードルフ帝国の貴族たちはもちろん、街の人々、そしてなぜか隣国から駆けつけた「謎の集団」までが、一斉に立ち上がって私たちを迎えます。

「……モルニャ! モルニャ! モルニャ!」

会場中に響き渡る、私の名前を呼ぶ声。
かつては「鳴き声のような名前だ」と馬鹿にされていた響きが、今は祝福の旋律として大聖堂にこだましています。

「誓いますか? カイル・ヴァン・ルードルフ。健やかなる時も、病める時も、彼女を愛し、敬い、一生お魚を絶やさないことを」

司祭様が、少しだけ引きつった笑顔で誓いの言葉を述べました。
カイル様は、私の手を力強く握りしめ、迷いのない声で答えます。

「誓う。彼女が望むすべての魚を私が釣り、彼女の喉元を一生撫で続けることを、ここに誓おう」

「……では、新婦モルニャ。貴女は……」

「誓いますわ。カイル様が焼いてくださるお魚を世界で一番美味しく食べ、彼が疲れた時には私の膝を貸して差し上げることを。……あ、あと、語尾に『にゃ』が出ても笑わないことも追加してくださいませ」

会場から、温かい笑い声が溢れました。

「では、誓いのキスを」

カイル様がゆっくりとベールを上げました。
その瞳には、熱い情熱と、とろけるような慈愛が混ざり合っています。
彼は私の耳元で、誰にも聞こえないような小さな声で囁きました。

「……愛している、モルニャ。私の、愛しい猫(ひと)」

「……私もですわ、カイル。……お魚の次に、ですけれど」

唇が重なった瞬間、会場のボルテージは最高潮に達しました。

「モルニャーーーッ! 最高ですわぁー! その角度、その唇の重なり方! あぁ、名前入りの金貨をバラ撒きたいですわぁーーー!」

最前列で、リリィ様が鼻血を出しながら絶叫しているのが見えました。
彼女が設立したという『モルニャ様を愛で、その名を唱える会』の会員たちが、一斉に私の名前が刺繍された旗を振り回しています。

「……おい、リリィ。あまり騒ぐな。……しかし、なんだ。あいつ、ルードルフに行ってますます……その、ふてぶてしくなったな」

その隣で、アトラス殿下が悔しそうに……けれど、どこかスッキリとした顔で拍手を送っていました。
彼もようやく、「自分には飼い慣らせない生き物がいた」ということを理解したようですわね。

式が終わり、私たちは馬車に乗ってパレードへと繰り出しました。
沿道を埋め尽くす人々が、口々に私の名前を呼びます。

「モルニャ様ー! お幸せにー!」
「モルニャ様、こっち向いてー!」

私は、カイル様の腕に寄り添いながら、優雅に手を振りました。

「……カイル様。私、この名前が『モルニャ』で、本当に良かったですわ」

「ああ。私も、お前が『モルニャ』でなければ、きっと見つけられなかった。……これからは、公爵夫人のモルニャとして、存分に私を振り回してくれ」

「ふふ、覚悟しておいてくださいな。……あ、カイル様。見てください。あちらの広場の屋台、特大のイカ焼きを売っていますわ! ちょっと寄っていきませんこと?」

「……。結婚式のパレードでイカ焼きを買う公爵夫人など、前代未聞だが……」

カイル様は困ったように笑い、すぐにセバス様へ目配せをしました。

「セバス。あの屋台のイカ、すべて買い占めて披露宴会場へ運ばせろ」

「かしこまりました。……最後まで、これですな」

馬車は、幸せな笑い声と、お魚の香ばしい匂いが漂う街の中へと消えていきました。

婚約破棄から始まった、私の自由な人生。
悪役令嬢なんて、もう誰にも言わせません。
私は、世界で一番愛されて、世界で一番お魚を美味しく食べる、幸せな猫……いえ、モルニャなのですから。

「(……あ、次はぜひ、マグロの一本釣りに挑戦したいですわね。ね、カイル様?)」

「(……お前の望むままに。私の、可愛いモルニャ)」

……にゃ。
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