怠惰は死んでも治らない

ラプ太郎

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第5話 小説家始めました後編

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 PCのモニターが放つブルーライトだけが、深夜の暗い部屋を青白く照らし出していた。
 キーボードの上に置かれた僕、三上悟の両手は、まるで氷漬けにされたかのように固まっている。
 ほんの数十分前まで、僕の胸中には確かに、マグマのような創作意欲が煮えたぎっていたはずだった。しかし、いざ「執筆」という名の戦場に立ってみると、その熱量は急速に冷却され、後に残ったのは茫然自失とした虚無感だけだった。

「……書けねえ」

 カサついた唇から、情けない本音が漏れる 。
 画面には、『小説家になろう』の執筆ページが表示されている。カーソルは点滅を繰り返し、まるで「早くしろ」「何か書け」「無能」と僕を煽っているかのようだ。
 勢いでユーザー登録までは済ませた。タイトルも決めた。
 『怠惰は死んでも治らない』 。
 我ながら、今の自分を体現した素晴らしいタイトルだ。ここまでは良かった。問題は、その先だ。
 あらすじの欄が、広大な雪原のように白く広がっている。
 本文の入力欄に至っては、底なしの深淵のように黒々とした空白が口を開けている。

 何も考えていなかった。
 ジャンルはどうする? 異世界転生か、現代ファンタジーか、それともラブコメか。
 世界観は? 魔法はあるのか、科学レベルはどの程度か。
 登場人物は? 主人公の名前すら決めていない。
 プロットは? 起承転結の「起」すら思い浮かばない 。

 小説を書くという行為は、神になることに等しい。無から有を生み出し、世界を構築し、命を吹き込む。
 だが、今の僕は神どころか、ただの無力なニートだ。創造主としてのスキルが圧倒的に不足している。
 僕は頭を抱え、椅子の背もたれに深く沈み込んだ。ギシッ、と椅子が悲鳴を上げる。

「とりあえず……書き出すか」

 PC画面に向かって唸っていても埒が明かない。僕は机の引き出しを漁り、使いかけの大学ノートとボールペンを取り出した。
 デジタルで詰まったら、アナログに回帰する。これは古来より伝わるクリエイターの知恵(と、どこかの創作論で読んだ気がする)だ。
 ノートを開き、ペンを走らせる。
 『剣と魔法の世界』『魔王を倒す』『チート能力』……。
 ありきたりな単語が並ぶ。どれもこれも、どこかで見たような設定ばかりだ。僕の貧困な想像力では、既存の作品の継ぎ接ぎしか生まれない。

 ペン先が止まる。
 インクの滲みをじっと見つめていたその時、ふと、天啓のようなアイディアが脳裏に降ってきた 。

「……そうか。無理に異世界を作る必要なんてないんだ」

 僕が一番よく知っている世界。
 僕が一番リアリティを持って描写できる日常。
 それは、この六畳一間の薄暗い部屋と、そこから一歩も出ない「ニートの生活」そのものではないか。
 普段暮らしている自分の生活を、そのまま小説にする 。
 ニートの生態、思考回路、世間とのズレ、そして底なしの怠惰。それらを赤裸々に綴れば、それは立派なエンターテインメントになるのではないか?
 エッセイ風の私小説。これなら設定を考える手間も省けるし、取材も不要だ。なにせ、取材対象は今ここにいる自分自身なのだから。

「いける……これならいけるぞ!」

 僕はノートを放り出し、再びキーボードに向き直った。
 指が走る。さっきまでの停滞が嘘のように、文字が画面に刻まれていく。
 第1話のあらすじ。
 『3年間ニートであった怠惰な主人公が……』
 書き出しは順調だった。自分のことだからスラスラ書ける。
 朝起きて(昼だけど)、ご飯を食べて、ゲームをして、寝る。
 そのルーティンを詳細に描写していく。

 カタカタカタッ……ッターン!
 エンターキーを叩く音が小気味よく響く。
 しかし、その快調なリズムは長くは続かなかった。
 数行書き進めたところで、僕の手は再び止まってしまった。
 画面に並んだ文章を読み返す。

 『三上悟は昼に起きた。カップ麺を食べた。ゲームをした。眠くなった。』

「……つまんねえ」

 思わず声に出してしまった。
 退屈だ。あまりにも退屈すぎる 。
 平凡で、起伏がなく、ドラマがない。
 当たり前だ。ニートの生活が刺激的であるはずがない。刺激がないからニートをやっているのだ。
 これを誰が読む? 自分でも読み返したくないような、灰色の日常の記録。
 日記ならまだしも、これは「小説」だ。読者を楽しませるためのエンタメだ。
 もっと刺激的な要素が必要だ 。
 事件が起きるとか、美少女が空から降ってくるとか、異能力に目覚めるとか。
 でも、それを入れたら「リアルなニート小説」というコンセプトが崩壊する。

 八方塞がりだ。
 僕は天を仰いだ。
 アイディアの泉は再び枯渇し、画面の白い余白が僕の無能さを嘲笑う。

 グゥゥゥゥ……。

 その時、思考の停止に合わせるように、腹の虫が鳴いた 。
 生理的な欲求は、創作の悩みよりもダイレクトに脳を揺さぶる。
 PC画面の右下の時計を見る。
 『2:37』 。
 丑三つ時。草木も眠る深夜、ニートの腹だけが覚醒する時間だ。
 空腹には勝てない。脳に糖分が足りていないから、良いアイディアも浮かばないのだ。そう自分に言い訳をして、僕は席を立った。

 リビングへ向かう。
 真夜中の静寂。冷蔵庫のブーンという駆動音だけが響いている。
 扉を開ける。冷気と共に庫内の明かりが灯る。
 そこには――何もなかった 。
 正確には、調味料のボトルと、干からびたネギの切れ端があるだけだ。
 そういえば、昨日の残りのお雑煮は昼に全部食べてしまったし、母が買い出しに行くのは明日だと言っていた気がする。

「まじかよ……」

 絶望しかけたその時、キッチンの吊り戸棚の奥に、四角い容器が隠されているのを思い出した。
 非常食として隠匿しておいた、人類の英知の結晶。
 『ペヤング ソースやきそば』 。
 僕はそれを宝物のように取り出した。
 深夜に食べるカップ焼きそば。これ以上の背徳感と幸福感が存在するだろうか。カロリー? 塩分? そんなものは明日の自分が気にすればいい。

 ティファールの電気ケトルに水を入れ、スイッチを押す 。
 ゴボゴボと水が沸き立つ音を聞きながら、僕はペヤングのパッケージを眺める。
 ふと、どうでもいい屁理屈が頭をもたげた。

(焼きそばって言うけど、焼いてないよな)

 お湯を入れて、待って、湯切りをする。
 その工程のどこにも「焼く」というプロセスは存在しない。
 熱湯で戻しているだけだ。
 
(どちらかと言えば茹でそばだと思うが……いや、そもそも小麦粉使ってるから、そばですらないか) 

 中華麺だ。茹で中華麺。
 そんな揚げ足取りのような思考を巡らせているうちに、ケトルのスイッチがカチンと上がり、沸騰を知らせた。
 思考を中断し、熱湯を注ぐ。
 内側の線ぴったりに。
 蓋をして、重石代わりに液体ソースの袋を乗せる。

 待ち時間は三分 。
 カップヌードルの発明以来、人類に等しく与えられた忍耐の時間。
 僕はキッチンのカウンターに肘をつき、スマートフォンのタイマーを見つめながら、再び小説のことを考え始めた 。
 平凡な日常。退屈なニート。
 そこに何を足せば物語になる?
 サスペンス? いや、警察沙汰は面倒だ。
 ロマンス? 相手がいない。

 ピピピピ、ピピピピ。
 思考の海に沈みきる前に、タイマーが鳴った。
 現実に引き戻される。
 シンクに向かい、湯切り口のシールを剥がす。「だばぁ」しないように慎重に。
 熱湯がシンクに流れ落ち、ボコンと音を立てる。
 湯気を上げる麺に、ソースをかける。
 ジュワリ、という音はしないが、スパイシーで暴力的な香りが一気に立ち昇り、鼻腔を支配する。
 箸で混ぜる。色が茶色に染まっていく。
 最後にふりかけとスパイスをかける。
 完成だ 。

 僕はリビングのテーブルに座り、ペヤングを啜った。
 ズゾゾゾッ。
 縮れた麺が唇を震わせ、口内へと飛び込んでくる。
 美味い。
 ジャンクで、安っぽくて、最高に美味い 。深夜の背徳というスパイスが、味を何倍にも引き立てている。
 もぐもぐと咀嚼しながら、幸福感に浸っていた、その時だった。

 ふと、脳裏にある言葉が浮かんでしまった。

『就職活動』 

 ガリッ。
 口の中のスパイスを噛み砕いた音ではない。僕の心が軋んだ音だった。
 その四文字は、ニートである三上悟にとって、天敵であり、呪いであり、禁句だった 。
 ニートになったその日から、いや、なる前から、親に言われ続けてきた言葉。
 耳にタコができるどころか、鼓膜に焼き付いて離れない呪詛。

 ペヤングの味が、急に砂のように感じられた。
 強烈なトラウマがフラッシュバックする 。
 脳内で、母の声が再生される。

『いい加減に就職活動しなさい!』
『いつまでもニートでいるつもり?』
『社会のゴミになる気?』 

 ヒステリックな金切り声。失望に満ちた眼差し。
 続いて、父の重苦しい声が追い打ちをかける。

『お前もそろそろ働け!』
『ニートなんて恥ずかしいぞ』
『お前の将来が心配だ』 

 正論だ。ぐうの音も出ないほどの正論。
 だからこそ、痛い。
 心臓を素手で握りつぶされるような圧迫感。
 僕は箸を握りしめ、ガタガタと震え上がった。

「う、うわああああああああ!」 

 耐えきれず、絶叫した。
 深夜のリビングに、情けない悲鳴が響き渡る。
 幸い、両親の寝室は離れているし、防音性もそこそこあるはずだ。たぶん。
 叫んだことで、少しだけ胸のつかえが取れた気がする。
 乱れた呼吸を整えながら、僕は残りの焼きそばを胃に流し込んだ。
 味はもうしなかった。ただ、空腹を満たすためだけの作業だった。

 食べ終わり、空になった容器をゴミ箱に捨てる。
 シンクで箸を洗いながら、僕はふと思った。

(就職さえすれば、このトラウマから解放されるかもしれない……) 

 親の小言も、世間の冷たい目も、将来への漠然とした不安も。
 「就職」という免罪符さえ手に入れれば、すべて浄化される。
 分かっている。頭では分かっているのだ。
 だが、同時に蘇るのは、「就職活動」そのものへの恐怖だ 。
 面接官の冷徹な目。お祈りメールの無機質な文面。自分という人間を値踏みされ、否定され続ける苦痛。
 無理だ。今のメンタルでそんな戦場に出れば、即死する。

 今は、小説が書ける状態ではない 。
 トラウマに精神を削られすぎた。
 僕は自室に戻り、PCをシャットダウンした。
 逃避だ。現実からも、創作の苦しみからも逃げる必要がある。

 ベッドに寝転がり、壁掛けのスマートテレビのリモコンを手に取る 。
 これは、僕が一人暮らしをするために――結局実家を出ることはなかったが――親が就職祝いとして買ってくれたものだ 。
 皮肉なアイテムだ。就職祝いのテレビで、ニートが時間を浪費しているのだから。

 電源を入れる。
 大画面にアプリのアイコンが並ぶ。
 Amazonプライムビデオを開く。
 何か、心を癒やすアニメが見たい。
 検索欄に打ち込む。

『夜のクラゲは泳げない』 

 クリエイターの苦悩と青春を描いた作品だと聞いた。今の自分に重なるかもしれない。
 サムネイルを選択する。
 しかし、画面に表示されたのは再生ボタンではなく、『dアニメストア for Prime Videoで見る』という黄色いボタンだった 。
 追加課金が必要なやつだ。
 レンタルするか、チャンネル登録するか。

「……くそっ、金のかかる世の中だ」

 今の僕にそんな余裕はない。
 しょうがないので、見放題の対象作品から選ぶことにした 。
 スクロールしていくと、見慣れたタイトルが目に止まった。

『盾の勇者の成り上がり』 

 異世界転生もの。
 普段はあまり見ないジャンルだが、今日はなんだか現実逃避をしたい気分だった 。
 主人公が理不尽な目に遭いながらも成り上がっていく物語。
 今の僕も、ある意味で理不尽な(自業自得だが)状況にある。共感できるかもしれない。

 再生を始める。
 第1話。主人公、岩谷尚文が異世界に召喚され、そして裏切られ、どん底に落ちる。
 悔しい。腹立たしい。
 でも、そこから這い上がろうとする姿に、僕は画面に釘付けになった。
 続けて第2話、第3話。
 物語に没入する。現実を忘れる。
 これだ。この感覚こそが、僕の生きる糧だ。

 しかし、アニメを見ている最中、ふとした瞬間に思考の隙間が生じた。
 盾の勇者がレベル上げをしているシーン。
 努力。成長。社会貢献(魔物退治)。
 それはつまり……。

『就職活動』 

「またかよ!」 

 脳内で勝手に変換された言葉に、僕は思わずツッコミを入れた。
 どれだけ呪われているんだ、僕は。
 苛立ち紛れに、手を後ろに大きく振り上げた。
 ドンッ!
 鈍い音がして、拳が硬いものにぶつかった。

「痛ーッ!」 

思わず裏声で叫ぶ 。
 壁だ。
 ベッドと壁の距離感を誤った。
 ジンジンと痺れる拳をさすりながら、僕は涙目になった。
 踏んだり蹴ったりだ。
 トラウマに襲われ、課金の壁に阻まれ、物理的な壁にも攻撃される。

 ふと、壁に掛かっている丸い時計を見上げる 。
 長針と短針が作る角度を確認する。
 
『4:25』 

 もう朝の四時半だ。
 アニメを見始めてから二時間近くが経過していた。
 三上悟は、アニメが好きだ 。
 だからこそ、ダラダラと見ることは許さない。全身全霊で没入し、キャラクターの心情に同化し、世界観を骨の髄まで味わい尽くす 。
 それには、かなりの集中力が必要となる 。
 第6話まで視聴を終えたところで、僕の集中力のタンクは空っぽになっていた 。
 これ以上見ても、情報が頭に入ってこない。ただの映像の垂れ流しになってしまう。
 それは作品に対する冒涜だ。

「休憩だ……」

 僕はリモコンを操作し、プライムビデオを閉じた。
 YouTubeでも見るか? 
 一瞬そう思ったが、指が止まる。
 最近、YouTubeも飽きてきた 。
 どのチャンネルも似たような企画ばかり。サムネイル詐欺、過剰な演出、切り抜き動画の乱立。
 マンネリ化している 。
 脳が新しい刺激を求めていない。もっと受動的で、ノイズの少ない情報を求めている。

 そうだ、地上波を見よう 。
 気分転換だ。
 僕はテレビの入力を切り替え、チャンネルボタンを押した。
 ザッピングする。通販番組、再放送のドラマ、天気予報。
 そして、テレビ東京に合わせた時、その番組はやっていた 。

『News モーニングサテライト』

 通称、モーサテ。
 日本の朝一番の経済ニュース番組だ。
 ニートが経済番組? 笑われるかもしれない。
 だが、僕は三上悟だ。この番組が好きなのだ 。
 最新の経済ニュース、ニューヨーク株式市場の動向、為替の動き 。
 自分は社会に参加していないくせに、社会の血液である「金」の流れを見るのは楽しい。
 まるで、高みの見物をしているような、あるいは世界を俯瞰しているような気分になれるからだ。
 僕はベッドから降り、テレビの前に正座して見入った 。
 専門用語が飛び交う。グラフが上下する。
 三上悟は、経済に関する知識を深めることができるこの時間が好きだった 。

 番組が進み、CMに入った 。
 トイレに行こうかと思ったが、画面に映し出された映像に目が釘付けになった。
 リクルートスーツを着た若者たち。
 真剣な眼差し。
 輝く未来への扉。

『マイナビ新卒紹介』 

 就職支援サービスのCMだった。
 普段なら、「ケッ」と悪態をついてチャンネルを変えるところだ。
 だが、今夜の――いや、今朝の僕は違った。
 そのCMを見ているうちに、頭の中でバラバラになっていたパズルのピースが、カチリと音を立てて噛み合ったのだ。

「……これだ」

 あるアイデアが浮かんでくる 。
 さっき、小説が面白くないと悩んでいた。
 日常系ニート小説には、刺激がないと。
 そして、僕はずっと「就職活動」というトラウマに怯えていた。

 なら、混ぜればいいじゃないか。

 自分の小説に、就職活動を取り入れる 。
 主人公に、就職活動をさせるのだ 。
 そうすれば、物語に「目的」が生まれる。「緊張感」が生まれる。「ドラマ性」が加わる 。
 ただダラダラと過ごす日常ではなく、社会という巨大な敵に立ち向かい、傷つき、それでも進もうとする(あるいは逃げようとする)葛藤の物語。
 それはまさに、僕が今、現実で直面している問題そのものだ。

「書ける……これなら書けるぞ!」

 三上悟は、再び小説を書き始める決意を固めた 。
 脳内でプロットが爆発的に広がる 。
 主人公は、ニートから脱却しようとする若者 。
 トラウマを抱えながらも、一歩を踏み出そうとする。
 面接での失敗、書類選考落ち、親との確執。様々な困難に直面しながらも、少しずつ成長していく物語 。
 これは、僕の「願望」の物語であり、予行演習だ。

 僕は弾かれたように立ち上がり、ゲーミングPCの電源ボタンを押した 。
 起動音。ファンの回転音。
 待ちきれない。早く書きたい。
 デスクトップ画面が表示されると同時に、僕は愛用のブラウザ『Perplexity Comet』を開いた 。
 検索バーに打ち込む。
 『小説家になろう』 。
 エンターキーを叩く。
 Google検索結果の一番上をクリックし、サイトにアクセスする 。
 執筆ページを開く。

 さっきまでの白い空白が、今はキャンバスに見える。
 僕はキーボードに指を置いた。
 言葉が溢れてくる。
 止まっていた筆が、堰を切ったように動き出す。

 タイトル:『怠惰は死んでも治らない』
 第1話……書き直しだ。いや、これをプロローグにして、第2話から動き出せばいい。

 カタカタカタカタカタッ!
 部屋に打鍵音が響き渡る。
 時間は忘れた。
 空腹も忘れた。
 ただひたすらに、画面の中の「三上悟」を動かすことだけに集中した。
 彼に就職活動をさせろ。彼を苦しめろ。そして、彼を成長させろ。
 それは、現実の僕自身へのエールでもあった。

 ……ふぅ。

 最後の句点を打ち終え、僕は大きく息を吐いた。
 心地よい疲労感が全身を包む。
 書き上げた。
 就職活動をテーマにした小説の、最初の大きな山場を 。
 モニターを見つめる僕の胸には、確かな満足感と達成感があった 。
 ただのアニメ視聴やゲームクリアでは得られない、創造的な充足感。

 ふと、窓の外が明るくなっていることに気づいた。
 PCの時計を確認する。

『6:17』 

 完全に朝だ。
 徹夜をしてしまった。だが、後悔はない。
 これほど充実した徹夜は、人生で初めてかもしれない。

 急激な眠気が襲ってきた 。
 アドレナリンが切れ、強制シャットダウンの時間が近づいている。
 PCをスリープモードにする。
 ふらふらとベッドへ向かう。
 倒れ込むように横たわる 。
 布団の冷たさが心地よい。
 
 明日は……いや、今日は、きっと良い夢が見られるだろう。
 もしかしたら、夢の中で面接を受けているかもしれない。
 でも、今の僕なら、それもネタにできる気がする。
 
 意識が溶けていく。
 三上悟は、深い、深い眠りの底へと落ちていった 。
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