ようこそ摩訶不思議堂へ シリーズ

新雪小太郎

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ようこそ摩訶不思議堂へ 不思議な鏡

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🪞摩訶不思議な鏡
京都の朝は、やけに静かやった。
真(しん)くんは洗面所で顔を洗い、ふと鏡を見た。
……なんやろ。
そこに映っとる自分が、少しだけ他人みたいやった。
会社では相変わらず忙しい。
愛想笑い、無難な返事、空気を読む沈黙。
気づけば「本音」は、ずいぶん長いこと口にしてへん。
その日の帰り道。
細い路地の奥に、またあの看板が立っていた。
「摩訶不思議堂」
今日は暖簾もなく、店の奥は暗い。
中央に立っていたのは、一枚の大きな鏡だけやった。
「覗いていき」
背後から、あのおばあさんの声。
「これ、普通の鏡と違いますよね」
「そらそうや。“ほんまの顔”を映す鏡やさかい」
真くんは苦笑した。
「毎日見てますよ、自分の顔なんて」
「それは“見せとる顔”や」
おばあさんに背中を押され、鏡の前に立つ。
最初は、いつもの自分が映っていた。
スーツ、疲れた目、少し下がった口角。
けど、だんだん映像が揺れだす。
鏡の中の真くんが、口を開いた。
「――ほんまは、怖いんやろ」
心臓が跳ねた。
「失敗するんが怖い。
 嫌われるんが怖い。
 だから“ええ人”を演じとる」
「やめてくれ……」
声が、かすれる。
鏡の中の自分は、少し笑った。
学生時代の、まだ無鉄砲やった頃の笑顔で。
「夢、諦めた言い訳、
 まだ胸にしまってるやろ」
その瞬間、胸の奥に、何かが落ちた。
ずっと蓋をしてきた感情や。
「……せやな」
ぽつりと、初めて自分に正直になる。
すると鏡の映像は、すっと元に戻った。
ただの“今の自分”が、そこに立っている。
おばあさんが、湯のみを差し出した。
「嘘をつくんは、悪いことやない」
「でもな、
 一番ついたらあかん嘘は、
 “自分はこれでええ”っちゅう嘘や」
真くんは、深く頭を下げた。
顔を上げたとき、
もう店も鏡も、消えていた。
その夜、真くんは日記を開いた。
久しぶりに、誰にも見せへん言葉を書いた。
「怖い。
でも、逃げたくはない。」
それだけで、胸が少し軽くなった。
🪞
遠くで、あのおばあさんの声が聞こえた気がした。
「摩訶不思議ちゅうのはな、
 奇跡のことやない。
 “目ぇそらしてたもん”を、
 ちゃんと見る勇気のことや。」
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