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最終話 夜明け前
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シェリーは、そのときの空の色を、今でもはっきり覚えている。
夜がまだ完全に手を離していなくて、朝もまだ名乗りを上げていない、
あの曖昧な時間。
波の音だけが、一定のリズムで続いていた。
言葉にするとしたら、さよならの代わりに置かれた呼吸みたいな音。
「起こさんでええよ」
彼はそう言って、靴を持ったまま振り返らなかった。
背中越しに見えた肩は、少しだけ軽くなったようにも、
それとも遠くへ行く準備を終えただけのようにも見えた。
シェリーは、呼び止めなかった。
呼べば、何かが壊れる気がしたから。
壊れるのは、関係じゃなくて、
この静けさそのものだと、直感でわかっていた。
ヨアケマエの空は、ほんのり青く、
でもまだ冷たくて、
二人の間に残った言葉を凍らせるには十分だった。
彼が一歩、また一歩と離れていくたび、
足音は波に溶けていった。
まるで、最初からそこに誰もいなかったみたいに。
シェリーは、その場に立ったまま、
朝が来るのを待った。
別れは、声を荒げなくてもできる。
涙を見せなくても、ちゃんと成立する。
ヨアケマエの静けさは、
それを二人に教えてくれただけだった。
そして、空が完全に明るくなったころ、
シェリーは小さく息を吸って、
いつもの一日へと歩き出した。
振り返らずに。
ヨアケマエの空が、
ようやく薄い青に滲みはじめたころやった。
シェリーは、
ひとつ息をついたまま、
まだ温もりの残る砂の上に立っとった。
風の流れが、
ゆっくりと変わる。
そのときや。
どこからともなく、
色が降りてきた。
灰色の夜の残りかすみたいな世界に、
ひとかたまりの光だけが溶け込んでくる。
それは、
極楽鳥やった。
昨日も、夢でもない。
確かに、そこにおった。
羽がひとふりするたび、
朝より早い光が生まれる。
赤も青も緑も、
眠っとった空にそっと触れていく。
やかましい色やない。
派手に見せつける色やない。
誰かの心の奥の、
一番やわらかいところだけを照らす色や。
シェリーは思わず、
胸の前で手をそっと重ねた。
極楽鳥は、
飛ばん。
鳴かん。
ただ、
“てきならすと” みたいな
音もないのに音楽だけ残るような気配をまとって、
三人のまわりを静かに歩いた。
まだそこにいるはずの
小太郎の気配。
もう遠くへ向かった親父の影。
そして、シェリー自身の鼓動。
それらを全部、
やわらかい羽で包んでくれる。
まるで、
「別れは終わりやない、
音の切れ目みたいなもんや」
そう言うてるみたいやった。
光の粒が、
極楽鳥の羽先からふわりとこぼれた。
砂に落ちた瞬間、
波の音が少しだけ深くなる。
空は、ひっそりと明るくなる。
その光は、
シェリーの肩にも触れた。
あたたかい。
けど重うない。
心が、
ようやく呼吸を思い出すみたいに、
ふっと軽なる。
極楽鳥は、
最後に一度だけ、
羽をふるわせた。
“てきならすと” の余韻だけを残して。
その余韻が溶けたとき、
完全な朝がやってきた。
日の出は早い。
けれど気持ちは、
ちゃんと追いついた。
シェリーは、
光の方へ向かって歩きだした。
静かな別れは終わり、
静かな始まりが、
そっと開いた。
夜がまだ完全に手を離していなくて、朝もまだ名乗りを上げていない、
あの曖昧な時間。
波の音だけが、一定のリズムで続いていた。
言葉にするとしたら、さよならの代わりに置かれた呼吸みたいな音。
「起こさんでええよ」
彼はそう言って、靴を持ったまま振り返らなかった。
背中越しに見えた肩は、少しだけ軽くなったようにも、
それとも遠くへ行く準備を終えただけのようにも見えた。
シェリーは、呼び止めなかった。
呼べば、何かが壊れる気がしたから。
壊れるのは、関係じゃなくて、
この静けさそのものだと、直感でわかっていた。
ヨアケマエの空は、ほんのり青く、
でもまだ冷たくて、
二人の間に残った言葉を凍らせるには十分だった。
彼が一歩、また一歩と離れていくたび、
足音は波に溶けていった。
まるで、最初からそこに誰もいなかったみたいに。
シェリーは、その場に立ったまま、
朝が来るのを待った。
別れは、声を荒げなくてもできる。
涙を見せなくても、ちゃんと成立する。
ヨアケマエの静けさは、
それを二人に教えてくれただけだった。
そして、空が完全に明るくなったころ、
シェリーは小さく息を吸って、
いつもの一日へと歩き出した。
振り返らずに。
ヨアケマエの空が、
ようやく薄い青に滲みはじめたころやった。
シェリーは、
ひとつ息をついたまま、
まだ温もりの残る砂の上に立っとった。
風の流れが、
ゆっくりと変わる。
そのときや。
どこからともなく、
色が降りてきた。
灰色の夜の残りかすみたいな世界に、
ひとかたまりの光だけが溶け込んでくる。
それは、
極楽鳥やった。
昨日も、夢でもない。
確かに、そこにおった。
羽がひとふりするたび、
朝より早い光が生まれる。
赤も青も緑も、
眠っとった空にそっと触れていく。
やかましい色やない。
派手に見せつける色やない。
誰かの心の奥の、
一番やわらかいところだけを照らす色や。
シェリーは思わず、
胸の前で手をそっと重ねた。
極楽鳥は、
飛ばん。
鳴かん。
ただ、
“てきならすと” みたいな
音もないのに音楽だけ残るような気配をまとって、
三人のまわりを静かに歩いた。
まだそこにいるはずの
小太郎の気配。
もう遠くへ向かった親父の影。
そして、シェリー自身の鼓動。
それらを全部、
やわらかい羽で包んでくれる。
まるで、
「別れは終わりやない、
音の切れ目みたいなもんや」
そう言うてるみたいやった。
光の粒が、
極楽鳥の羽先からふわりとこぼれた。
砂に落ちた瞬間、
波の音が少しだけ深くなる。
空は、ひっそりと明るくなる。
その光は、
シェリーの肩にも触れた。
あたたかい。
けど重うない。
心が、
ようやく呼吸を思い出すみたいに、
ふっと軽なる。
極楽鳥は、
最後に一度だけ、
羽をふるわせた。
“てきならすと” の余韻だけを残して。
その余韻が溶けたとき、
完全な朝がやってきた。
日の出は早い。
けれど気持ちは、
ちゃんと追いついた。
シェリーは、
光の方へ向かって歩きだした。
静かな別れは終わり、
静かな始まりが、
そっと開いた。
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