10 / 12
新雪小太郎物語 第十章
しおりを挟む
第十章 誰も助けられない場所
構内は、すでに騒然としていた。
駅員の声。非常灯。人のざわめき。
だが、その中心だけが、奇妙なほど静かだった。
ブルーシート。
その向こうに、倒れた人影。
「下がってください!」
駅員に制されるが、小太郎は止まらない。
地下鉄の彼女が、少し後ろに立っている。
「……条件、全部揃ってる」
彼女が低く言った。
「声は出てる。助けを求めてる。
でも、近づけば——」
「誰かが死ぬ」
小太郎は、シートの隙間から見えた顔に息を呑んだ。
倒れているのは、中年の男。
意識はある。血も少ない。
見た目だけなら、「助けられる側」だ。
「助けてくれ……」
男は、はっきり声を出している。
「頼む……」
——条件から外れてる。
小太郎の頭は、そう判断した。
声を出せる。
助けを求めている。
本来なら、助けない。
だが。
男の足元に、小さな子どもの靴が落ちていた。
青いスニーカー。片方だけ。
小太郎の喉が鳴る。
「子どもが、いた」
彼女が、歯を食いしばる。
「……観測者の罠や」
そのとき、名乗らない男が現れた。
ホームの端。安全線の向こう。
「これ以上、近づかないでください」
声は冷静だった。
「彼を動かせば、線路内の感電が発生します」
「じゃあ、このままにしろ言うんか」
「ええ」
「子どもは?」
名乗らない男は、少しだけ目を伏せた。
「すでに、別の者が対応しています」
その言葉が、信用できないと、小太郎は直感した。
「——嘘やな」
男は、否定しなかった。
「観測上、彼を助ける必要はありません」
「必要かどうかやない」
小太郎は、一歩前に出た。
「誰が置き去りにされたかや」
彼女が、袖を掴む。
「行ったら、戻れへん」
「分かってる」
小太郎は、ブルーシートの前にしゃがみ込んだ。
「おっちゃん」
男が、必死に目を開く。
「子ども、どこや」
「……改札……上……」
その瞬間、小太郎は理解した。
——助ける順番が、違う。
彼は立ち上がり、名乗らない男を見た。
「俺は、この人を助けへん」
彼女が、息を呑む。
「小太郎……」
「代わりに」
小太郎は、走り出した。
「子どもを助ける」
改札へ向かう階段。
人波をかき分ける。
心臓が、耳元で鳴る。
——助けない選択。
——でも、見捨てる選択やない。
改札前で、小太郎は見つけた。
泣いている子ども。
五歳くらい。
靴は片方、ない。
その横で、立ち尽くす駅員。
「この子、父親が——」
小太郎は、何も聞かずに抱き上げた。
「大丈夫や」
子どもは、声を上げて泣いた。
ちゃんと、声が出ている。
それでええ。
数分後。
ホームに戻ると、救急隊が動いていた。
中年の男は、生きていた。
重傷だが、命は助かった。
名乗らない男が、小太郎を見る。
「……想定外です」
「せやろな」
小太郎は、疲れた笑顔を浮かべた。
「助けるってな」
彼女が、静かに言った。
「一人を選ぶことやない」
「せや」
小太郎は頷いた。
「次に生きる人を、先に守ることや」
観測者は、何も言わず、去っていった。
その夜、小太郎は知る。
助けない選択は、
誰かを救うための選択にもなり得る。
そして、条件はまた一つ、書き換えられた。
構内は、すでに騒然としていた。
駅員の声。非常灯。人のざわめき。
だが、その中心だけが、奇妙なほど静かだった。
ブルーシート。
その向こうに、倒れた人影。
「下がってください!」
駅員に制されるが、小太郎は止まらない。
地下鉄の彼女が、少し後ろに立っている。
「……条件、全部揃ってる」
彼女が低く言った。
「声は出てる。助けを求めてる。
でも、近づけば——」
「誰かが死ぬ」
小太郎は、シートの隙間から見えた顔に息を呑んだ。
倒れているのは、中年の男。
意識はある。血も少ない。
見た目だけなら、「助けられる側」だ。
「助けてくれ……」
男は、はっきり声を出している。
「頼む……」
——条件から外れてる。
小太郎の頭は、そう判断した。
声を出せる。
助けを求めている。
本来なら、助けない。
だが。
男の足元に、小さな子どもの靴が落ちていた。
青いスニーカー。片方だけ。
小太郎の喉が鳴る。
「子どもが、いた」
彼女が、歯を食いしばる。
「……観測者の罠や」
そのとき、名乗らない男が現れた。
ホームの端。安全線の向こう。
「これ以上、近づかないでください」
声は冷静だった。
「彼を動かせば、線路内の感電が発生します」
「じゃあ、このままにしろ言うんか」
「ええ」
「子どもは?」
名乗らない男は、少しだけ目を伏せた。
「すでに、別の者が対応しています」
その言葉が、信用できないと、小太郎は直感した。
「——嘘やな」
男は、否定しなかった。
「観測上、彼を助ける必要はありません」
「必要かどうかやない」
小太郎は、一歩前に出た。
「誰が置き去りにされたかや」
彼女が、袖を掴む。
「行ったら、戻れへん」
「分かってる」
小太郎は、ブルーシートの前にしゃがみ込んだ。
「おっちゃん」
男が、必死に目を開く。
「子ども、どこや」
「……改札……上……」
その瞬間、小太郎は理解した。
——助ける順番が、違う。
彼は立ち上がり、名乗らない男を見た。
「俺は、この人を助けへん」
彼女が、息を呑む。
「小太郎……」
「代わりに」
小太郎は、走り出した。
「子どもを助ける」
改札へ向かう階段。
人波をかき分ける。
心臓が、耳元で鳴る。
——助けない選択。
——でも、見捨てる選択やない。
改札前で、小太郎は見つけた。
泣いている子ども。
五歳くらい。
靴は片方、ない。
その横で、立ち尽くす駅員。
「この子、父親が——」
小太郎は、何も聞かずに抱き上げた。
「大丈夫や」
子どもは、声を上げて泣いた。
ちゃんと、声が出ている。
それでええ。
数分後。
ホームに戻ると、救急隊が動いていた。
中年の男は、生きていた。
重傷だが、命は助かった。
名乗らない男が、小太郎を見る。
「……想定外です」
「せやろな」
小太郎は、疲れた笑顔を浮かべた。
「助けるってな」
彼女が、静かに言った。
「一人を選ぶことやない」
「せや」
小太郎は頷いた。
「次に生きる人を、先に守ることや」
観測者は、何も言わず、去っていった。
その夜、小太郎は知る。
助けない選択は、
誰かを救うための選択にもなり得る。
そして、条件はまた一つ、書き換えられた。
0
あなたにおすすめの小説
泣きたいくらい幸せよ アインリヒside
仏白目
恋愛
泣きたいくらい幸せよ アインリヒside
婚約者の妹、彼女に初めて会った日は季節外れの雪の降る寒い日だった
国と国の繋がりを作る為に、前王の私の父が結んだ婚約、その父が2年前に崩御して今では私が国王になっている
その婚約者が、私に会いに我が国にやってくる
*作者ご都合主義の世界観でのフィクションです
ウインタータイム ~恋い焦がれて、その後~
さとう涼
恋愛
カレに愛されている間だけ、
自分が特別な存在だと錯覚できる……
◇◇◇
『恋い焦がれて』の4年後のお話(短編)です。
主人公は大学生→社会人となりました!
※先に『恋い焦がれて』をお読みください。
※1話目から『恋い焦がれて』のネタバレになっておりますのでご注意ください!
※女性視点・男性視点の交互に話が進みます
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
とめどなく波が打ち寄せるように
月山 歩
恋愛
男爵令嬢のセシルは、従者と秘密の恋をしていた。彼が従者長になったら、父に打ち明けて、交際を認めてもらうつもりだった。けれども、それを知った父は嘘の罪を被せて、二人の仲を割く。数年後再会した二人は、富豪の侯爵と貧困にあえぐ男爵令嬢になっていた。そして、彼は冷たい瞳で私を見下した。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
裏切者には神罰を
夜桜
恋愛
幸せな生活は途端に終わりを告げた。
辺境伯令嬢フィリス・クラインは毒殺、暗殺、撲殺、絞殺、刺殺――あらゆる方法で婚約者の伯爵ハンスから命を狙われた。
けれど、フィリスは全てをある能力で神回避していた。
あまりの殺意に復讐を決め、ハンスを逆に地獄へ送る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる