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新雪小太郎物語 第十章
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第十章 誰も助けられない場所
構内は、すでに騒然としていた。
駅員の声。非常灯。人のざわめき。
だが、その中心だけが、奇妙なほど静かだった。
ブルーシート。
その向こうに、倒れた人影。
「下がってください!」
駅員に制されるが、小太郎は止まらない。
地下鉄の彼女が、少し後ろに立っている。
「……条件、全部揃ってる」
彼女が低く言った。
「声は出てる。助けを求めてる。
でも、近づけば——」
「誰かが死ぬ」
小太郎は、シートの隙間から見えた顔に息を呑んだ。
倒れているのは、中年の男。
意識はある。血も少ない。
見た目だけなら、「助けられる側」だ。
「助けてくれ……」
男は、はっきり声を出している。
「頼む……」
——条件から外れてる。
小太郎の頭は、そう判断した。
声を出せる。
助けを求めている。
本来なら、助けない。
だが。
男の足元に、小さな子どもの靴が落ちていた。
青いスニーカー。片方だけ。
小太郎の喉が鳴る。
「子どもが、いた」
彼女が、歯を食いしばる。
「……観測者の罠や」
そのとき、名乗らない男が現れた。
ホームの端。安全線の向こう。
「これ以上、近づかないでください」
声は冷静だった。
「彼を動かせば、線路内の感電が発生します」
「じゃあ、このままにしろ言うんか」
「ええ」
「子どもは?」
名乗らない男は、少しだけ目を伏せた。
「すでに、別の者が対応しています」
その言葉が、信用できないと、小太郎は直感した。
「——嘘やな」
男は、否定しなかった。
「観測上、彼を助ける必要はありません」
「必要かどうかやない」
小太郎は、一歩前に出た。
「誰が置き去りにされたかや」
彼女が、袖を掴む。
「行ったら、戻れへん」
「分かってる」
小太郎は、ブルーシートの前にしゃがみ込んだ。
「おっちゃん」
男が、必死に目を開く。
「子ども、どこや」
「……改札……上……」
その瞬間、小太郎は理解した。
——助ける順番が、違う。
彼は立ち上がり、名乗らない男を見た。
「俺は、この人を助けへん」
彼女が、息を呑む。
「小太郎……」
「代わりに」
小太郎は、走り出した。
「子どもを助ける」
改札へ向かう階段。
人波をかき分ける。
心臓が、耳元で鳴る。
——助けない選択。
——でも、見捨てる選択やない。
改札前で、小太郎は見つけた。
泣いている子ども。
五歳くらい。
靴は片方、ない。
その横で、立ち尽くす駅員。
「この子、父親が——」
小太郎は、何も聞かずに抱き上げた。
「大丈夫や」
子どもは、声を上げて泣いた。
ちゃんと、声が出ている。
それでええ。
数分後。
ホームに戻ると、救急隊が動いていた。
中年の男は、生きていた。
重傷だが、命は助かった。
名乗らない男が、小太郎を見る。
「……想定外です」
「せやろな」
小太郎は、疲れた笑顔を浮かべた。
「助けるってな」
彼女が、静かに言った。
「一人を選ぶことやない」
「せや」
小太郎は頷いた。
「次に生きる人を、先に守ることや」
観測者は、何も言わず、去っていった。
その夜、小太郎は知る。
助けない選択は、
誰かを救うための選択にもなり得る。
そして、条件はまた一つ、書き換えられた。
構内は、すでに騒然としていた。
駅員の声。非常灯。人のざわめき。
だが、その中心だけが、奇妙なほど静かだった。
ブルーシート。
その向こうに、倒れた人影。
「下がってください!」
駅員に制されるが、小太郎は止まらない。
地下鉄の彼女が、少し後ろに立っている。
「……条件、全部揃ってる」
彼女が低く言った。
「声は出てる。助けを求めてる。
でも、近づけば——」
「誰かが死ぬ」
小太郎は、シートの隙間から見えた顔に息を呑んだ。
倒れているのは、中年の男。
意識はある。血も少ない。
見た目だけなら、「助けられる側」だ。
「助けてくれ……」
男は、はっきり声を出している。
「頼む……」
——条件から外れてる。
小太郎の頭は、そう判断した。
声を出せる。
助けを求めている。
本来なら、助けない。
だが。
男の足元に、小さな子どもの靴が落ちていた。
青いスニーカー。片方だけ。
小太郎の喉が鳴る。
「子どもが、いた」
彼女が、歯を食いしばる。
「……観測者の罠や」
そのとき、名乗らない男が現れた。
ホームの端。安全線の向こう。
「これ以上、近づかないでください」
声は冷静だった。
「彼を動かせば、線路内の感電が発生します」
「じゃあ、このままにしろ言うんか」
「ええ」
「子どもは?」
名乗らない男は、少しだけ目を伏せた。
「すでに、別の者が対応しています」
その言葉が、信用できないと、小太郎は直感した。
「——嘘やな」
男は、否定しなかった。
「観測上、彼を助ける必要はありません」
「必要かどうかやない」
小太郎は、一歩前に出た。
「誰が置き去りにされたかや」
彼女が、袖を掴む。
「行ったら、戻れへん」
「分かってる」
小太郎は、ブルーシートの前にしゃがみ込んだ。
「おっちゃん」
男が、必死に目を開く。
「子ども、どこや」
「……改札……上……」
その瞬間、小太郎は理解した。
——助ける順番が、違う。
彼は立ち上がり、名乗らない男を見た。
「俺は、この人を助けへん」
彼女が、息を呑む。
「小太郎……」
「代わりに」
小太郎は、走り出した。
「子どもを助ける」
改札へ向かう階段。
人波をかき分ける。
心臓が、耳元で鳴る。
——助けない選択。
——でも、見捨てる選択やない。
改札前で、小太郎は見つけた。
泣いている子ども。
五歳くらい。
靴は片方、ない。
その横で、立ち尽くす駅員。
「この子、父親が——」
小太郎は、何も聞かずに抱き上げた。
「大丈夫や」
子どもは、声を上げて泣いた。
ちゃんと、声が出ている。
それでええ。
数分後。
ホームに戻ると、救急隊が動いていた。
中年の男は、生きていた。
重傷だが、命は助かった。
名乗らない男が、小太郎を見る。
「……想定外です」
「せやろな」
小太郎は、疲れた笑顔を浮かべた。
「助けるってな」
彼女が、静かに言った。
「一人を選ぶことやない」
「せや」
小太郎は頷いた。
「次に生きる人を、先に守ることや」
観測者は、何も言わず、去っていった。
その夜、小太郎は知る。
助けない選択は、
誰かを救うための選択にもなり得る。
そして、条件はまた一つ、書き換えられた。
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