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新雪小太郎物語 第九章
しおりを挟む第九章 助けなかった人
病院を出たあと、小太郎は一人で地下鉄に乗った。
理由は分からない。
ただ、あの場所に戻らなあかん気がした。
ラッシュを過ぎた車内は静かだった。
吊り革が揺れ、広告の端がめくれている。
——ここや。
彼女と初めて会った駅。
倒れた彼女を助けた、あのホーム。
ベンチに座ると、自然と視線が下を向いた。
線路に落ちたら、終わりや。
誰でも知ってる、当たり前の事実。
「……来ると思った」
隣に、彼女が座っていた。
コートの色も、髪型も違う。
でも、分かった。
「高木のこと、知ってたんやな」
彼女は、頷いた。
「ええ」
「失敗したんか」
彼女は、少し間を置いてから答えた。
「——助けなかった」
それだけで、十分やった。
「いつ」
「二年前」
彼女は、線路を見つめた。
「ホームで、男の人がふらついてた」
「声は」
「出てた」
彼女の声は、淡々としていた。
「『大丈夫です』って言ってた」
小太郎の胸が、ざわついた。
「でも、目が違った」
「……」
「私には分かった。
あの人、限界やって」
彼女は、手を握りしめた。
「でも、私は——」
言葉が途切れた。
「条件を作った」
小太郎は、静かに言った。
「そう」
彼女は、苦く笑った。
「あなたと同じ。
助け続けたら、壊れるって思った」
「それで」
「何もしなかった」
電車の風が、ホームを抜けた。
遠くで、電車が来る音。
「男の人、落ちた」
彼女は、目を閉じた。
「誰かが引き上げた。
死ななかった」
小太郎は、息を吐いた。
——助かったんや。
だが、彼女は続けた。
「でも、私の中で、何かが死んだ」
沈黙。
「それから、私は助けられなくなった」
「……だから、地下鉄で倒れた」
彼女は頷いた。
「助ける側やのに、助けへんかった自分を、体が拒否した」
小太郎は、ゆっくり立ち上がった。
「それ、失敗ちゃう」
彼女が、驚いたように見上げる。
「選択や」
「でも」
「正しいかどうかは、後からしか分からん」
小太郎は、線路から目を逸らした。
「せやけどな」
少し、声を落とす。
「一人で抱え込んだら、あかん」
彼女の目に、涙が浮かんだ。
「……観測者が、次を用意してる」
「次?」
「誰も助けられない事件」
その言葉が、重く落ちた。
「どういうことや」
「条件を全部、潰す事件」
彼女は、静かに言った。
「声は出る。
助けを求めてる。
でも、近づいたら、必ず誰かが死ぬ」
小太郎は、拳を握った。
「それ、試験や」
「ええ」
彼女は、はっきり言った。
「あなたが、どこまで行くかを見るための」
その瞬間、構内アナウンスが流れた。
「〇番線で、人身事故が発生しました」
空気が、一変する。
彼女が、小太郎を見る。
「始まった」
小太郎は、走り出した。
——助けられへん状況なんか、
——誰が決めた。
だが、この先で彼は知る。
本当に怖いのは、
助けた結果じゃなく、
助けた“選択”そのものやということを。
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