新雪小太郎 物語 人助けなんて日だの巻

新雪小太郎

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新雪小太郎 物語 外伝

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小太郎外伝
何もなかった日の奇跡


朝は、ほんまにどうでもええ感じで始まった。

目覚ましは一回で止まり、トーストは焦げへん。
コーヒーもこぼさへん。
ニュースも、特別悪いことは言うてへん。


小太郎は、ネクタイを結びながら思った。


――今日は、なんも起きへんな。
こういう日は、逆に油断したらあかん。
けど、何も起きへん日は、ほんまに何も起きへん。

駅までの道。

昨日助けた誰かも、
これから助ける誰かも、
今日は見当たらへん。

信号は青。

エスカレーターも止まらへん。

電車も遅れへん。



「平和やな……」



つぶやいた声は、誰にも届かん。

会社では、コピー機が紙詰まりせず、
上司は機嫌が普通で、
メールは全部、要件だけやった。
昼飯も、いつもの定食屋。
いつもの席。
味も、いつも通り。
奇跡なんて、入り込む隙はない。


帰り道。


雨は降らん。

風も吹かん。


小太郎は、ふと思った。


――今日は、誰も助けてへん。



それが、少しだけ、引っかかった。



コンビニに寄って、
レジで小銭を探していると、
後ろの客が、無言で待っている。

焦らん。
急がされん。
支払いを終えて、外に出た瞬間。


「……あ」


足元で、何かが光った。


落ちていたのは、
子ども用の、小さなピッカピカの靴。


左右そろっている。


誰かが脱いだわけやない。

小太郎は、あたりを見回す。

誰もおらん。

泣き声もせえへん。


しばらく考えてから、
彼は靴を、コンビニの店員に預けた。


「落とし物です」


それだけ言うて、立ち去る。


――助けた、とは言えへん。


家に帰って、風呂に入って、
テレビをつけて、消して、
布団に入る。

眠る直前、
なぜか、胸が少しだけ温かい。


翌朝。


コンビニの前で、
若い母親が、何度も頭を下げているのを見かけた。

小太郎は、通り過ぎる。

知らん顔や。

ただ、すれ違う瞬間、
母親の腕の中で、
子どもが笑った。


それだけ。


誰も知らん。
記録も残らん。
感謝もない。


けど。

誰も泣かへん一日が、
 ひとつ、増えた。


それが、
なんもなかった日の奇跡や。
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