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リスナー編
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『汝、有衆に示す』
ゲーム開始のアナウンスが響き渡った。
きたー、と配信者Danteが胸を躍らせている。
ぼくたち視聴者も「うおおおおお」「きたあああああ」なんて書き込んだ。
初期装備の獲得の効果音が、ピコン! ピコン! と連続する。
(銃)VP9をたまわった!
(刀)信濃守伊左衛門をたまわった!
(鎧)レベルⅡAクラス防弾コートをたまわった!
(杖)二釻真鍮錫杖をたまわった!
(箱)アタッシュケース(中)をたまわった!
(家)ロッカー(千代田サーバー)をたまわった!
視界が開ける。
Danteはロッカールームのベンチに座っていた。
手をにぎにぎしながら、驚きの声を上げている。
『これVRってマジ?』
体かっる! などといつまでも驚きを隠せずにいるが、それも無理もない。
日本のゲーム会社エクリチュールの新作ゲーム『ル・パレヴィッド』(仏語:Le Palais Vide)は、従来の、プレイヤーが液晶画面を見てコントローラーでプレイするゲームとは根本的に異なる。
人間が世界を認識するための五感を司る電気信号をインプット・アウトプットするヘッドマウント型ゲームハード、Xcoreによって仮想世界に没入できるのだ。
プレイヤーはコントローラーの代わりに手足を動かす。
ダイブ中は全身に行くべき信号をXcoreが吸い上げて仮想世界のアバター動作に変換する。
Danteの現実の体はいま、ベッドに横たわっている、ということだ。
ぼくたち平成世代なら誰でも、VRMMORPGを題材にした傑作Web小説『ソードアート・オンライン』が現実になったと喜んだであろう。
だからこそ、時折チャット欄に流れる「ちゃんとログアウトできますか?」というのも、ログアウト不可・ゲームの死=現実の死というソードアート・オンラインの世界観を前提にしてのジョークである。
いや、そのあまりの革新的なゲームシステムを前にして、みんなどこか本気にしているのではないだろうか。ゲームの世界に幽閉されてクリアを強いられる、という、恐ろしくも楽しそうな世界観に。
ぼくだって「何かが起きるかもしれない」という淡い期待を持っていたからこそ、ふだん切り抜き動画しか見ないくせに、こうしてリリース当日にライブ配信まで見に来たのだ。
チャット欄の「ログアウトできますか?」との質問の余りの多さに、Danteは「わかったわかった!」とにまにま笑い出した。
『ほんと心配性だなオメエらはよぉ』
楽しげに愚痴をこぼしながら、たどたどしく右手を動かす。
ちょうどパチンコのハンドルを握るように虚空をグリップした。
メニュー画面が出てくると、なんと――ちゃんとログアウトボタンが用意されていた。
『はい! ありました』
ためしにログアウトボタンを押すと、意思を問うyes/noコマンドが出てきた。なんだか残念なような、ほっとしたような。「あるんかい」「ち」「あーあ」的なコメントに溢れかえった。
『フフッ、きみたち何を期待してたんだい?』
どこまでもおちょくるような態度だった。さっきから違和感があるような。当初それは僕がふだん配信の切り抜きしか見ないからだと思っていたが、どうもそういうわけではないようである。
案件かな? と思った。
有名配信者になると、ゲームの宣伝をするために企業から報酬を受け取る案件が舞い込んでくる。
ところが概要欄を開いても、エクリチュールの名前は載っていなかった。こっそり宣伝するステルス・マーケティングにならないように案件動画には必ず企業の名前を入れなければならない。
これはお金が絡んだ配信ではないということだ。
フランクな語りがウケのDanteにしては他人行儀だと思ったのに気のせいだったのだろうか。
そのうち、理由に気づく。
違っていたのは、Danteというより、視聴者層だった。
「匂いありますか?」
「頭痛しますか?」
「パンツ脱げますか?」
どこか余所余所しい。たぶん、Dante本人を見に来たというより、LPVがどんなゲームなのか知りたくて来ているのだ。
期待の新作ゲームではよくあることだ。
現に切り抜き勢のぼくからして珍しく配信に来ているくらいだ。Danteは知らないけどLPVが気になって見に来た、という勢力がいるのもおかしなことではない。
その証拠に配信勢らしい「同接やべええええええ」というコメントが目についた。いつもは見に来ない層まで来ているということだ。
やけに慎重なのは、だからだろう。
見方を変えれば、そういうライト層が湧くくらい、LPVへの期待値が高いということだ。
他のプレイヤーが続々とログインしてくる。
どうやら、このロッカールームは共用スペースらしい。
とても仮想世界とは思えぬフォトリアルなグラフィックがどこまでも続いていた。
時おり、「すげえ! Danteだ」などと聞こえてくる。
キャラクターデザインは加工できるにしても、店舗購入時の身体スキャンされた自分自身をベースにしているため、一発で本人だとわかる。YouTube登録者五十万人のDanteは小太りの五十路そのままなので開始早々に身バレした。
外は、現実と同じ十一月六日土曜日の十三時過ぎ、東京駅前御幸通りが寸分違わぬ景色で広がっている。
『ええええ! すごくないこれ?』
めっちゃわくわくするぞ、なんて声を弾ませている。有名配信者として三十年以上のキャリアを持つかれをして、やはりLPVは格別の体験なのだ。
現実の千代田区と比べて何ら遜色がない。
そこが現実ではないのは、丸の内らしからぬ格好のプレイヤーの往来、それから治安目的らしきアンドロイドの存在くらいだろうか。
黄金のボディに、自衛隊採用の二〇式小銃……
いや、それ以外に、東京駅の背後に存在しないはずの建造物が立っていた。
あまりに大きすぎて、すぐには認識できなかったのだ。
巨大な鳥居に、峻厳な城壁。
千代田区がぐるりと城壁で囲まれているのを鳥居が門代わりになっている。
Le Palais Vide――
PvPvEが軸のVRMMO。
チャット欄曰く、空の宮殿、という意味だそうだ。
ゲーム開始のアナウンスが響き渡った。
きたー、と配信者Danteが胸を躍らせている。
ぼくたち視聴者も「うおおおおお」「きたあああああ」なんて書き込んだ。
初期装備の獲得の効果音が、ピコン! ピコン! と連続する。
(銃)VP9をたまわった!
(刀)信濃守伊左衛門をたまわった!
(鎧)レベルⅡAクラス防弾コートをたまわった!
(杖)二釻真鍮錫杖をたまわった!
(箱)アタッシュケース(中)をたまわった!
(家)ロッカー(千代田サーバー)をたまわった!
視界が開ける。
Danteはロッカールームのベンチに座っていた。
手をにぎにぎしながら、驚きの声を上げている。
『これVRってマジ?』
体かっる! などといつまでも驚きを隠せずにいるが、それも無理もない。
日本のゲーム会社エクリチュールの新作ゲーム『ル・パレヴィッド』(仏語:Le Palais Vide)は、従来の、プレイヤーが液晶画面を見てコントローラーでプレイするゲームとは根本的に異なる。
人間が世界を認識するための五感を司る電気信号をインプット・アウトプットするヘッドマウント型ゲームハード、Xcoreによって仮想世界に没入できるのだ。
プレイヤーはコントローラーの代わりに手足を動かす。
ダイブ中は全身に行くべき信号をXcoreが吸い上げて仮想世界のアバター動作に変換する。
Danteの現実の体はいま、ベッドに横たわっている、ということだ。
ぼくたち平成世代なら誰でも、VRMMORPGを題材にした傑作Web小説『ソードアート・オンライン』が現実になったと喜んだであろう。
だからこそ、時折チャット欄に流れる「ちゃんとログアウトできますか?」というのも、ログアウト不可・ゲームの死=現実の死というソードアート・オンラインの世界観を前提にしてのジョークである。
いや、そのあまりの革新的なゲームシステムを前にして、みんなどこか本気にしているのではないだろうか。ゲームの世界に幽閉されてクリアを強いられる、という、恐ろしくも楽しそうな世界観に。
ぼくだって「何かが起きるかもしれない」という淡い期待を持っていたからこそ、ふだん切り抜き動画しか見ないくせに、こうしてリリース当日にライブ配信まで見に来たのだ。
チャット欄の「ログアウトできますか?」との質問の余りの多さに、Danteは「わかったわかった!」とにまにま笑い出した。
『ほんと心配性だなオメエらはよぉ』
楽しげに愚痴をこぼしながら、たどたどしく右手を動かす。
ちょうどパチンコのハンドルを握るように虚空をグリップした。
メニュー画面が出てくると、なんと――ちゃんとログアウトボタンが用意されていた。
『はい! ありました』
ためしにログアウトボタンを押すと、意思を問うyes/noコマンドが出てきた。なんだか残念なような、ほっとしたような。「あるんかい」「ち」「あーあ」的なコメントに溢れかえった。
『フフッ、きみたち何を期待してたんだい?』
どこまでもおちょくるような態度だった。さっきから違和感があるような。当初それは僕がふだん配信の切り抜きしか見ないからだと思っていたが、どうもそういうわけではないようである。
案件かな? と思った。
有名配信者になると、ゲームの宣伝をするために企業から報酬を受け取る案件が舞い込んでくる。
ところが概要欄を開いても、エクリチュールの名前は載っていなかった。こっそり宣伝するステルス・マーケティングにならないように案件動画には必ず企業の名前を入れなければならない。
これはお金が絡んだ配信ではないということだ。
フランクな語りがウケのDanteにしては他人行儀だと思ったのに気のせいだったのだろうか。
そのうち、理由に気づく。
違っていたのは、Danteというより、視聴者層だった。
「匂いありますか?」
「頭痛しますか?」
「パンツ脱げますか?」
どこか余所余所しい。たぶん、Dante本人を見に来たというより、LPVがどんなゲームなのか知りたくて来ているのだ。
期待の新作ゲームではよくあることだ。
現に切り抜き勢のぼくからして珍しく配信に来ているくらいだ。Danteは知らないけどLPVが気になって見に来た、という勢力がいるのもおかしなことではない。
その証拠に配信勢らしい「同接やべええええええ」というコメントが目についた。いつもは見に来ない層まで来ているということだ。
やけに慎重なのは、だからだろう。
見方を変えれば、そういうライト層が湧くくらい、LPVへの期待値が高いということだ。
他のプレイヤーが続々とログインしてくる。
どうやら、このロッカールームは共用スペースらしい。
とても仮想世界とは思えぬフォトリアルなグラフィックがどこまでも続いていた。
時おり、「すげえ! Danteだ」などと聞こえてくる。
キャラクターデザインは加工できるにしても、店舗購入時の身体スキャンされた自分自身をベースにしているため、一発で本人だとわかる。YouTube登録者五十万人のDanteは小太りの五十路そのままなので開始早々に身バレした。
外は、現実と同じ十一月六日土曜日の十三時過ぎ、東京駅前御幸通りが寸分違わぬ景色で広がっている。
『ええええ! すごくないこれ?』
めっちゃわくわくするぞ、なんて声を弾ませている。有名配信者として三十年以上のキャリアを持つかれをして、やはりLPVは格別の体験なのだ。
現実の千代田区と比べて何ら遜色がない。
そこが現実ではないのは、丸の内らしからぬ格好のプレイヤーの往来、それから治安目的らしきアンドロイドの存在くらいだろうか。
黄金のボディに、自衛隊採用の二〇式小銃……
いや、それ以外に、東京駅の背後に存在しないはずの建造物が立っていた。
あまりに大きすぎて、すぐには認識できなかったのだ。
巨大な鳥居に、峻厳な城壁。
千代田区がぐるりと城壁で囲まれているのを鳥居が門代わりになっている。
Le Palais Vide――
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チャット欄曰く、空の宮殿、という意味だそうだ。
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