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第一章
カンナギ・ガンスリンガー 3
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『宮瑠璃。宮瑠璃。終点です。この電車は車庫に入ります』
「っ……」
ビニール袋を慌てて拾う。心配はない。あの程度なら、こちらに目を付けたわけじゃなさそうだし、蹴りを入れたから向こうの気も済んでいるだろう。経験則だ。粘着されている感じがしない。
電車やバスの中は、今の煌津にとって必ずしも安全ではない。だが、完全に避けて通る事は出来ない。たとえどんな不可思議な目に遭ったとしても、煌津はただの高校生だった。高校生は、当たり前の事だが、高校に通わなければならない。体のない足首が腹を蹴り飛ばしてくるからと親に伝えて、家から一歩も出ないわけにもいかなかった。
煌津は痛む腹をさすりながら、通勤客と通学客で形成された人混みへと紛れていく。
転校して一週間もすれば、以前とは全く違う通学路にも少しは慣れるものだ。改札を出たところにある大きな時計は七時五十分を指している。ここから学校までは歩いて十五分ほどだ。と、後ろから急いだ客の体が、少し肩にぶつかった。今度は痛みなどなかったし、向こうも気づかなかったようだ。住むところが変わっても、ここもまた都会なのだ。人とぶつかるくらいは日常茶飯事である。腹の痛みもそろそろ引いてきた。
S県宮瑠璃市。
首都東京より約一〇〇キロメートルの距離にあり、S県の北東に位置する県庁所在地である。古利弥岳山麓を源流とする伊瑠々川を隔てて恵里道市、宇瑠市に接し、その人口はおよそ二十七万人。市の花はギンバイカ、市の木はアカシア、市の紋章はさながら七つの門が連なったような独特のシンボルである。
観光名所と呼べるほどのものは見当たらないが、民俗学者などの間では、日本神話の中でも宮瑠璃市古来の文献にしか見られない独自の神話、伝承が伝わっている事で有名だった。例を挙げれば、市の名である宮瑠璃という地名は、その昔、かの菅原道真公が、旅の途中立ち寄ったこの地で、瑠璃色に煌めく宮殿を幻視した事に由来する。または、伊瑠々川の起源は、古利弥岳の由来である嵐の女神、布留利弥主と、伊瑠々川の由来である竜神、伊瑠々弥無伽主の激闘の末、敗れた竜神の死体が川へと変じたものであるとされているし、その伊瑠々弥無伽主も元はといえば海で暮らす海神であったが、母恋しさに冥府へ参ろうとする須佐之男命が大暴れした際に海より出で、陸地で暴れ回ったのが乱行の始まりと『宮瑠璃風土記』には記されている。須佐之男命はともかくとして、布留利弥主や、伊瑠々弥無伽主といった神々の名は、古事記や日本書紀などでは見られない。
「っ……」
ビニール袋を慌てて拾う。心配はない。あの程度なら、こちらに目を付けたわけじゃなさそうだし、蹴りを入れたから向こうの気も済んでいるだろう。経験則だ。粘着されている感じがしない。
電車やバスの中は、今の煌津にとって必ずしも安全ではない。だが、完全に避けて通る事は出来ない。たとえどんな不可思議な目に遭ったとしても、煌津はただの高校生だった。高校生は、当たり前の事だが、高校に通わなければならない。体のない足首が腹を蹴り飛ばしてくるからと親に伝えて、家から一歩も出ないわけにもいかなかった。
煌津は痛む腹をさすりながら、通勤客と通学客で形成された人混みへと紛れていく。
転校して一週間もすれば、以前とは全く違う通学路にも少しは慣れるものだ。改札を出たところにある大きな時計は七時五十分を指している。ここから学校までは歩いて十五分ほどだ。と、後ろから急いだ客の体が、少し肩にぶつかった。今度は痛みなどなかったし、向こうも気づかなかったようだ。住むところが変わっても、ここもまた都会なのだ。人とぶつかるくらいは日常茶飯事である。腹の痛みもそろそろ引いてきた。
S県宮瑠璃市。
首都東京より約一〇〇キロメートルの距離にあり、S県の北東に位置する県庁所在地である。古利弥岳山麓を源流とする伊瑠々川を隔てて恵里道市、宇瑠市に接し、その人口はおよそ二十七万人。市の花はギンバイカ、市の木はアカシア、市の紋章はさながら七つの門が連なったような独特のシンボルである。
観光名所と呼べるほどのものは見当たらないが、民俗学者などの間では、日本神話の中でも宮瑠璃市古来の文献にしか見られない独自の神話、伝承が伝わっている事で有名だった。例を挙げれば、市の名である宮瑠璃という地名は、その昔、かの菅原道真公が、旅の途中立ち寄ったこの地で、瑠璃色に煌めく宮殿を幻視した事に由来する。または、伊瑠々川の起源は、古利弥岳の由来である嵐の女神、布留利弥主と、伊瑠々川の由来である竜神、伊瑠々弥無伽主の激闘の末、敗れた竜神の死体が川へと変じたものであるとされているし、その伊瑠々弥無伽主も元はといえば海で暮らす海神であったが、母恋しさに冥府へ参ろうとする須佐之男命が大暴れした際に海より出で、陸地で暴れ回ったのが乱行の始まりと『宮瑠璃風土記』には記されている。須佐之男命はともかくとして、布留利弥主や、伊瑠々弥無伽主といった神々の名は、古事記や日本書紀などでは見られない。
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