ぐるりぐるりと

安田 景壹

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第三章

そしてテープは回り始める 1

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 服を着替えた那美が道の先を行く。残暑の日差しは眩しく、まだまだ蝉が鳴いている。
「どこ行くの?」
「中華。暑いから辛い物でもさ」
 商店街の中を進むと、真っ赤な暖簾のかかったガラス戸が見えた。慣れた様子で、那美はそのガラス戸をがらっと開ける。カウンター席と、三つほどのテーブル席があるこじんまりとした中華料理屋だ。厨房の男性が来客に気付き、顔を上げる。
「いらっしゃい。……ああ、那美ちゃん」
「こんにちは難波なんばさん。奥の席、使うね」
 那美は一番奥の席を指差して言った。
   難波と呼ばれた男性の顔が、一瞬固くなったように煌津には見えた。
「ああ。大丈夫だよ」
 那美は頷いて奥へと向かう。四人掛けの小さなテーブル席だ。
「穂結君は奥。そっちに座って」
 那美はそう言って、一番奥の壁際の席に座るよう煌津に促した。
「わかった」
 ビデオが入ったショルダーバッグを椅子の背に引っ掛けて、言われた通りの席に座る。
 ――背筋が、ぞくりとした。急速に室温が氷のように冷たくなるのを感じる。
 原因はわかっている。隣だ。隣の席に、誰かいるのだ。
 人ではない、誰かが――……
「どうかした?」
 何でもないような風で、那美が問う。この重たく、冷気を感じる店内の雰囲気に彼女が気付いていないという事はないだろう。
「九宇時さん、この店……」
「穂結君、最初に言っておくけど、ここは普通の店だよ。君が思っているようなところじゃない」
 隣の席に人の気配を感じる。ひどく重たい。骨の中まで凍りつくかのように。
「そんなはずは……」
「今の君は、内在する魔力のせいで霊感が鋭敏になっている。この感覚に慣れていないから、今感じている強い感触を、実物以上に大きく受け止めてしまっている」
 感覚の全てがおかしくなりそうなのに、那美の声ははっきりと聞こえた。
「周囲ではなく、己を見て。意識を潜らせて魔力の流れを掴むの。荒れた川がやがて落ち着くように、エネルギーを循環させて全身に行き渡る量を調節すればいい」
「……己を」
 ――見る。煌津は闇の中に巡る無数の魔力の糸を見た。何匹もの巨大な蛇のように荒れて波立つ魔力の糸の束。その流れをコントロールしようとする――
「違う。無理に手中に収めようとしてはいけない。エネルギーと穂結君は一体。もはや一体なの。自然のままに、循環させるの」
 循環。煌津は、荒れたエネルギーが次第に行き場を見つけて収まっていくのを感じる。血液と同じように、体内を巡る。
「穂結君はマトリックスの中にはいない。異界の中にもいない。ここは現世の層。現世こそ、この世にある全てが混在する場所」
 煌津は意識を現実に戻した。さっきまで感じていた重苦しい冷気はどこにもなかった。隣の席が少しひんやりする。その程度だ。
「……」
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