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『騒乱の街』8
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8
防弾チョッキとスーツを着てキャンピングカーから降りると、刀山会の構成員らしい男達が、それぞれ銃を持って集まっていた。何人かは、サブマシンガンらしい物をその手に持っている。総勢十名。それぞれ銃声をカットするための耳栓をし、口を利かず指示を待っている。
エンジンがかかったままの車に、〝亡霊〟が近付いて言った。
「例の場所に車を隠しておいてくれ。あとで探偵が行く」
「わかりました。顧問」
そんな会話が聞こえ、車が走り出した。
車を見送ると、〝亡霊〟は叉反に近付いてきた。手に、何かを持っている。
「探偵、お前にも渡しておく」
〝亡霊〟の手に握られていたのは、ホルスター付きの、黒いフレームの大きな拳銃だった。FEGモデルP9R。軍用拳銃だ。弾倉は入っていない。
「銃は使わない」
咄嗟に叉反は言った。〝亡霊〟は譲らなかった。
「駄目だ。武装している連中の中へ飛び込むんだ。こっちも銃を使わなきゃならない。主義主張は聞いてられん」
叉反は沈黙した。
理屈はわかっている。
〝亡霊〟の言う通りだ。銃に対抗するには、結局銃しかない。生死が関わっている場面で、敵と同じ条件が揃えられるなら、そうするべきだ。
それに、ここで言い争いをしている暇はない。
叉反は無言で銃を受け取ると、腰にホルスターを装着した。
「銃を撃った事はあるか?」
「……以前に何度か。かなり前だ」
「そうか。五分やるから、その銃の特徴を捉えておいてくれ。すぐに出発するぞ」
言って、〝亡霊〟は他の構成員を呼び寄せ、打ち合わせを始めた。
叉反は集団から少し離れた。実際には、拳銃携帯許可証と取扱免許を所持している。ナユタに来る前に取得したものだ。
ホルスターからの抜き差し、射撃時の姿勢、照準の合わせ方、引き金を絞る感覚を確かめる。やっているにつれ、血の巡りが活発になってくるのがわかる。体がかつてを思い出す。銃の取り扱いを仕込まれた時の事を。
――かの内乱以来、我が国では銃犯罪が増加した。武器に関わりのない人々が、発砲事件に巻き込まれる可能性が、ずっと高くなっているんだ――
師の言葉が脳裏に甦る。叉反に銃を、そして探偵を教えた者の言葉を。
――お前は体が大きいし、これだけは飲み込みも早い。銃には向いているかもしれない――
飛び散った血。崩れ落ちる体。耳に残響する銃声。
「っ!」
汗が滲み出ている。ついさっき手にしたばかりの拳銃は、まるで長年連れ添ったかのように手の中にある。撃てる、だろう。敵に相対した時、この指はスムーズに引き金を引く事だろう。忌まわしい記憶がフラッシュバックしなければ、だが。
「探偵」
声が聞こえた。振り返ると〝亡霊〟が立っていた。
「時間だ。準備はいいか?」
「ああ」
汗を拭き、息を整えた。時間はない。迷う時間も、過去に囚われる時間も。
〝亡霊〟が弾倉二つと耳栓を差し出していた。耳栓をし、弾倉の一つをマガジンポーチに仕舞い、もう一つを銃把底部に挿入して押し込む。スライドを引いて初弾を薬室に押し込み、親指でレバーを下げてセイフティをかける。
準備が整った。敵地へと向かう準備が。
「行こう」
叉反は言った。
港は使われなくなってからもう随分と経つようだった。だが、まだ生きている区画がある。人気のない港に立ち並ぶ倉庫がそうだ。その近くには、築三十年は経っているだろう五階建ての古びたビルが建っている。倉庫管理会社のビルだ。明かりがまばらについていて、まだ中には人がいるようだ。
ゴクマの連中が深田を連れ込んだとされるのが、このビルだった。会社自体にゴクマの息がかかっているらしい。
時計を見ると十一時半を回ったところだ。〝亡霊〟が全員に向けて言った。
「打ち合わせ通りだ。俺と一班は正面からビルを強襲、二班は裏口から回って敵を攪乱。突入から三分後、探偵を含む三班が裏口から侵入し脱出ルートを確保。探偵はその間に内部を捜索、深田を発見次第連れて脱出しろ」
構成員達が一斉に了解と言った。
「よし。行くぞ」
〝亡霊〟が一班の三人を連れて立ち上がった。正面玄関に四人の影が入り、一拍置いたあとに炸裂音が響き渡った。二班が立ち上がり、裏口へ回った。激しい銃声が聞こえてくる。怒声や叫び声が行き交い、たちまちビル内は戦場と化した。
時計の針が三分を刻み、叉反達三班が動き出した。二班が突入したのと同じく、裏口へ回り、ビルの中へ入る。
廊下は嵐が通り過ぎたような有様だった。ガラス戸は割れて破片が飛び散り、銃撃を受けたらしい何人かの男が呻き声を上げて倒れている。
「弾の発射薬を減らして、殺傷力を下げている」
三班の一人が振り向きもせず言った。
「お前の弾も同様だ。行け、探偵」
それだけ言うと、三班の男は他のメンバーを連れて通路の奥へ走っていく。
叉反はレバーを上げ、セイフティを解除した。深田の監禁場所は見当がついていない。ざっと見回したところでは、地下室があるようでもない。一階ずつ調べたいが、そんな余裕もないだろう。誰かから聞き出すしかない。
壁を背に、慎重に階段を上る。二階に射手の姿が見えた。手に大型拳銃。床を蹴って正面に跳ぶ。発射炎の光、大音の銃声が連続して、三箇所壁が砕けた。マグナム弾か。チョッキを着ているとはいえ当たりたくはない。
相手は一人。真上の辺りだ。向こうの死角に入ったはずだ。このまま膠着してもいられない。意を決し、飛び出す。階段を駆け上がる叉反を狙って、再び銃声が響く。射手の姿が見えた。
自分の中で切り替わる物を感じた。
瞬間訪れた集中の中で、反射的に撃った。一発目が外れた。二発目が相手のわき腹を掠めた。三発目が肩口を弾いた。階段を駆け上がり切って、相手の元に飛び込む。大柄の男だが格闘戦は苦手だったらしい。右手の銃を叩き落とし、足を払って床に倒す。立て続けに強力な弾を撃ったせいだろう。右腕にはほとんど力が入っていない。
「深田さんはどこだ?」
相手の目が叉反を睨む。答える気はない。さらに聞き出そうとした時、廊下の向こうから駆けてくる足音が聞えた。銃弾が飛んでくる。廊下の奥にある部屋の扉が砕けた。男の拳銃を拾い、手前にあったドアの中に飛び込む。便所だった。意外に広い。手前に洗面台。奥に便器が二つと個室が二つ。個室の横に用具入れがある。
閃いた。拳銃をホルスターとベルトに突っ込み、用具入れを開ける。タイプの違う洗剤二つを取り出し、大容量ボトルに入った液状洗剤を床に撒き、もう一つを手に戸を開けた個室に隠れる。
足音が聞こえる。三人くらいだ。便所の中に駆け込んでくる。
「うわっ!」
上ずった声が上がり、誰かが倒れるような音がした。仕掛けにかかった。個室の影から粉末洗剤を容器ごと入り口のほうへ投げ、飛び出しざま奪った拳銃の引き金を引いた。
右腕に悪い冗談のような衝撃。音を立てて破裂した粉末が広がる。容器を破壊した銃弾が向かいの壁を砕いた。白くなった視界の中で戸惑う人影に向かって叉反はローリングの要領で突っ込む。間隔を空けずに立っていた二人が将棋倒しになり、廊下に出た叉反は振り返らず走り出す。さっき打ち倒した射手を飛び越え、突き当りを右に曲がり、階段を見つけて駆け上がる。資材室の掛札がされた部屋を見て、そこへ飛び込む。
部屋に明かりはついていない。好都合だ。室内を走り、資料棚の影に身を隠す。カーテンが引かれておらず、月明かりが差し込んでいる。満月にも見えたが、少し違和感があった。まだ満ちてはいないのかもしれない。
体中が汗ばんでいる。走り回ったし、銃撃戦の後だ。手持ちは大型拳銃二挺にダブルカーラムの弾倉一つ。P9Rはともかく、もう一つの銃が少し重い。
ハンカチを取り出し、頭とスーツについた粉洗剤と拭き取る。ついでに奪った銃を確認する。
デザート・イーグル。50AEが撃てるハンドキャノンだ。ゴクマの銃の見本市振りは健在らしい。残弾はあと四発。P9Rがあと十二発。弾倉を含めて、あと二十六発。
決して充分とは言えないが、武力はある。コンディションもいい。銃への拒否反応など起きやしない。
目を瞑って息をつく。認めざるを得ない。どんなに銃を嫌悪しようと、口で罵倒しようと、自分は銃手なのだ、と。
今はそれでいい。胸に去来した数々の感情を全て追いやって、叉反は自らに言い聞かせる。集中しろ。戦え。全ては仕事を終えてからだ。
急にバタンと資材室のドアが開く音がした。人が入ってきた。叉反は窓ガラスに映った侵入者の姿を見た。廊下の電灯が侵入者を照らし、二人分の影を作る。男。恰好から見てゴクマだ。おそらくフュージョナーではない。厄介なのは武器だ。一人は拳銃だが、一人はサブマシンガンらしい物を持っている。
P9Rを抜き、デザート・イーグルをホルスターに仕舞う。一般的に考えて、マグナム弾より減装弾のほうが人を殺さない。それに発射炎の光の強さもある。ゴーグルもないのに、下手をすれば目が眩む。
再び影に隠れる。と、パチ、と音がして明かりがついた。サブマシンガンのほうが足音を立てないように慎重に歩を進めてきた。彼が足を踏み出すタイミングを感じ取りながら、こちらも慎重に棚の影をドアのほうへと移動していく。
不意にサブマシンガンの男が、電気のスイッチを入れた拳銃の男へ振り返った。
「ドア閉めて、鍵かけとけ。俺は左半分見て回る。お前は右を見ろ」
「わかりました」
頷いて拳銃の男がドアの内鍵を回す。ガチャという音がした。
その時だった。
「走れ!」
〝サブマシンガン〟が叫んだ。一拍遅れて、ドアのほうから駆けてくる足音が聞こえる。
やられた。叉反は駆け出す。銃を左手に持ち替える。連中、こちらに隠れる隙を与えないつもりだ!
「いました!」
拳銃男が叫ぶと同時に撃ってくる。棚の側面に隠れ、左手だけを出して逆手でめくら撃つ。外れた拳銃の弾で窓ガラスが割れた。デザート・イーグルを抜き、叉反は部屋端の通路に僅かに体を出して二発撃つ。激しい衝撃に、右腕が壊れそうだ。
駆けつけていたサブマシンガンの男が、慌てて飛び退き、引き金を引きながら後退する。叉反は棚に隠れる。マシンガンの弾が連続して壁に穴を空け、窓を割った。
状況は悪い。棚を挟む左右の通路、そのどちらにも敵がいる。P9Rがあと五発。デザート・イーグルがあと二発。
「お前の負けだ。大人しく出て来い、フュージョナー!」
サブマシンガンの男が怒鳴った。そんな選択肢はない。かといってこのまま戦うのは無理だ。逃げるしかないが、下がコンクリなので、映画のように窓から飛び降りるのも駄目だ。
右か左か、どちらかから行くしかない。そして行くなら、断然出口に近い左だった。
腹をくくって、跳んだ。すぐさま拳銃が発砲される。尻尾に熱い物が走った。駆け抜ける。中央の通路からドアまで一直線だ。拳銃の男が目の端に映る。デザート・イーグルとP9Rを縦に構えた。高い位置と低い位置を同時に狙えるように。
男が撃った。射撃音が三発。二つの引き金を引いた。馬鹿げた反動、右腕が振り子のように振り上がる。気を張って銃把を握る。
ガキン! と、金属が砕ける音が二重にし、同じくして頬、肩、腹と銃弾が当たる。熱と痛み、無視して足を踏み込み、タックルの体勢でドアへ突進する。
蝶番は上下ともに壊れていた。九十五キロの叉反の体がドアにぶち当たり、鍵をへし折りながら廊下へドアごと転がり出る。立ち上がる間もなく床を蹴り、左へ跳ぶ。直後にサブマシンガンの激しい銃撃が放たれた。
何とか立ち上がり、階段の影に身を隠す。追手はすぐそこだ。荒々しい足音が迫ってくる。
タイミングを計る。二人の敵が来る。デザート・イーグルを構える。三、二、一……。
引き金を引き絞る。追手の鼻先で50AE発射の轟音が響く。残弾ゼロ。イーグルを手放す。
影から飛び出し際、横膝を〝サブマシンガン〟の横腹に蹴り入れる。不意打ちは男の肋骨をへし折り、一拍遅れで呻き声を吐き出させ、機関短銃の引き金を引かせた。
反動でぶれないように機関銃ごとその手を抑えてやる。銃の震えがこちらにも伝わる。一分としないうちに、機関短銃は銃弾を撃ち尽くして沈黙した。
拳銃の男は腰を抜かしていた。まだ若い。二十歳そこそこだろう。サブマシンガンを構えていた男が床に倒れ伏す。叉反は拳銃の男に近付いた。
「ここに連れて来られた男がいるはずだ」
淡々と、叉反は告げる。拳銃の男は完全に竦んでいた。
「どこだ」
男は震えた声で、四階の会議室だと答えた。
叉反は頷いた。男が握っていた拳銃に手を伸ばす。抵抗はなかった。男の戦意は折れている。
新たに手に入れた銃を確かめる。FNモデル・ハイ・パワー・マーク3。弾はまだ入っている。
「予備弾倉はあるか」
男はがくがくと頷いた。ポケットから弾倉を取り出す。一つ。特に変形もしていない。
廊下の奥に向けて、試しに引き金を二回引く。撃った感触もおかしくない。きちんと手入れされている。
残弾を確かめる。薬室に一発。弾倉に二発ほど。弾倉を入れ替えた。
「早く逃げろ」
男にそう言い捨てて、叉反は四階を目指して走り出した。
防弾チョッキとスーツを着てキャンピングカーから降りると、刀山会の構成員らしい男達が、それぞれ銃を持って集まっていた。何人かは、サブマシンガンらしい物をその手に持っている。総勢十名。それぞれ銃声をカットするための耳栓をし、口を利かず指示を待っている。
エンジンがかかったままの車に、〝亡霊〟が近付いて言った。
「例の場所に車を隠しておいてくれ。あとで探偵が行く」
「わかりました。顧問」
そんな会話が聞こえ、車が走り出した。
車を見送ると、〝亡霊〟は叉反に近付いてきた。手に、何かを持っている。
「探偵、お前にも渡しておく」
〝亡霊〟の手に握られていたのは、ホルスター付きの、黒いフレームの大きな拳銃だった。FEGモデルP9R。軍用拳銃だ。弾倉は入っていない。
「銃は使わない」
咄嗟に叉反は言った。〝亡霊〟は譲らなかった。
「駄目だ。武装している連中の中へ飛び込むんだ。こっちも銃を使わなきゃならない。主義主張は聞いてられん」
叉反は沈黙した。
理屈はわかっている。
〝亡霊〟の言う通りだ。銃に対抗するには、結局銃しかない。生死が関わっている場面で、敵と同じ条件が揃えられるなら、そうするべきだ。
それに、ここで言い争いをしている暇はない。
叉反は無言で銃を受け取ると、腰にホルスターを装着した。
「銃を撃った事はあるか?」
「……以前に何度か。かなり前だ」
「そうか。五分やるから、その銃の特徴を捉えておいてくれ。すぐに出発するぞ」
言って、〝亡霊〟は他の構成員を呼び寄せ、打ち合わせを始めた。
叉反は集団から少し離れた。実際には、拳銃携帯許可証と取扱免許を所持している。ナユタに来る前に取得したものだ。
ホルスターからの抜き差し、射撃時の姿勢、照準の合わせ方、引き金を絞る感覚を確かめる。やっているにつれ、血の巡りが活発になってくるのがわかる。体がかつてを思い出す。銃の取り扱いを仕込まれた時の事を。
――かの内乱以来、我が国では銃犯罪が増加した。武器に関わりのない人々が、発砲事件に巻き込まれる可能性が、ずっと高くなっているんだ――
師の言葉が脳裏に甦る。叉反に銃を、そして探偵を教えた者の言葉を。
――お前は体が大きいし、これだけは飲み込みも早い。銃には向いているかもしれない――
飛び散った血。崩れ落ちる体。耳に残響する銃声。
「っ!」
汗が滲み出ている。ついさっき手にしたばかりの拳銃は、まるで長年連れ添ったかのように手の中にある。撃てる、だろう。敵に相対した時、この指はスムーズに引き金を引く事だろう。忌まわしい記憶がフラッシュバックしなければ、だが。
「探偵」
声が聞こえた。振り返ると〝亡霊〟が立っていた。
「時間だ。準備はいいか?」
「ああ」
汗を拭き、息を整えた。時間はない。迷う時間も、過去に囚われる時間も。
〝亡霊〟が弾倉二つと耳栓を差し出していた。耳栓をし、弾倉の一つをマガジンポーチに仕舞い、もう一つを銃把底部に挿入して押し込む。スライドを引いて初弾を薬室に押し込み、親指でレバーを下げてセイフティをかける。
準備が整った。敵地へと向かう準備が。
「行こう」
叉反は言った。
港は使われなくなってからもう随分と経つようだった。だが、まだ生きている区画がある。人気のない港に立ち並ぶ倉庫がそうだ。その近くには、築三十年は経っているだろう五階建ての古びたビルが建っている。倉庫管理会社のビルだ。明かりがまばらについていて、まだ中には人がいるようだ。
ゴクマの連中が深田を連れ込んだとされるのが、このビルだった。会社自体にゴクマの息がかかっているらしい。
時計を見ると十一時半を回ったところだ。〝亡霊〟が全員に向けて言った。
「打ち合わせ通りだ。俺と一班は正面からビルを強襲、二班は裏口から回って敵を攪乱。突入から三分後、探偵を含む三班が裏口から侵入し脱出ルートを確保。探偵はその間に内部を捜索、深田を発見次第連れて脱出しろ」
構成員達が一斉に了解と言った。
「よし。行くぞ」
〝亡霊〟が一班の三人を連れて立ち上がった。正面玄関に四人の影が入り、一拍置いたあとに炸裂音が響き渡った。二班が立ち上がり、裏口へ回った。激しい銃声が聞こえてくる。怒声や叫び声が行き交い、たちまちビル内は戦場と化した。
時計の針が三分を刻み、叉反達三班が動き出した。二班が突入したのと同じく、裏口へ回り、ビルの中へ入る。
廊下は嵐が通り過ぎたような有様だった。ガラス戸は割れて破片が飛び散り、銃撃を受けたらしい何人かの男が呻き声を上げて倒れている。
「弾の発射薬を減らして、殺傷力を下げている」
三班の一人が振り向きもせず言った。
「お前の弾も同様だ。行け、探偵」
それだけ言うと、三班の男は他のメンバーを連れて通路の奥へ走っていく。
叉反はレバーを上げ、セイフティを解除した。深田の監禁場所は見当がついていない。ざっと見回したところでは、地下室があるようでもない。一階ずつ調べたいが、そんな余裕もないだろう。誰かから聞き出すしかない。
壁を背に、慎重に階段を上る。二階に射手の姿が見えた。手に大型拳銃。床を蹴って正面に跳ぶ。発射炎の光、大音の銃声が連続して、三箇所壁が砕けた。マグナム弾か。チョッキを着ているとはいえ当たりたくはない。
相手は一人。真上の辺りだ。向こうの死角に入ったはずだ。このまま膠着してもいられない。意を決し、飛び出す。階段を駆け上がる叉反を狙って、再び銃声が響く。射手の姿が見えた。
自分の中で切り替わる物を感じた。
瞬間訪れた集中の中で、反射的に撃った。一発目が外れた。二発目が相手のわき腹を掠めた。三発目が肩口を弾いた。階段を駆け上がり切って、相手の元に飛び込む。大柄の男だが格闘戦は苦手だったらしい。右手の銃を叩き落とし、足を払って床に倒す。立て続けに強力な弾を撃ったせいだろう。右腕にはほとんど力が入っていない。
「深田さんはどこだ?」
相手の目が叉反を睨む。答える気はない。さらに聞き出そうとした時、廊下の向こうから駆けてくる足音が聞えた。銃弾が飛んでくる。廊下の奥にある部屋の扉が砕けた。男の拳銃を拾い、手前にあったドアの中に飛び込む。便所だった。意外に広い。手前に洗面台。奥に便器が二つと個室が二つ。個室の横に用具入れがある。
閃いた。拳銃をホルスターとベルトに突っ込み、用具入れを開ける。タイプの違う洗剤二つを取り出し、大容量ボトルに入った液状洗剤を床に撒き、もう一つを手に戸を開けた個室に隠れる。
足音が聞こえる。三人くらいだ。便所の中に駆け込んでくる。
「うわっ!」
上ずった声が上がり、誰かが倒れるような音がした。仕掛けにかかった。個室の影から粉末洗剤を容器ごと入り口のほうへ投げ、飛び出しざま奪った拳銃の引き金を引いた。
右腕に悪い冗談のような衝撃。音を立てて破裂した粉末が広がる。容器を破壊した銃弾が向かいの壁を砕いた。白くなった視界の中で戸惑う人影に向かって叉反はローリングの要領で突っ込む。間隔を空けずに立っていた二人が将棋倒しになり、廊下に出た叉反は振り返らず走り出す。さっき打ち倒した射手を飛び越え、突き当りを右に曲がり、階段を見つけて駆け上がる。資材室の掛札がされた部屋を見て、そこへ飛び込む。
部屋に明かりはついていない。好都合だ。室内を走り、資料棚の影に身を隠す。カーテンが引かれておらず、月明かりが差し込んでいる。満月にも見えたが、少し違和感があった。まだ満ちてはいないのかもしれない。
体中が汗ばんでいる。走り回ったし、銃撃戦の後だ。手持ちは大型拳銃二挺にダブルカーラムの弾倉一つ。P9Rはともかく、もう一つの銃が少し重い。
ハンカチを取り出し、頭とスーツについた粉洗剤と拭き取る。ついでに奪った銃を確認する。
デザート・イーグル。50AEが撃てるハンドキャノンだ。ゴクマの銃の見本市振りは健在らしい。残弾はあと四発。P9Rがあと十二発。弾倉を含めて、あと二十六発。
決して充分とは言えないが、武力はある。コンディションもいい。銃への拒否反応など起きやしない。
目を瞑って息をつく。認めざるを得ない。どんなに銃を嫌悪しようと、口で罵倒しようと、自分は銃手なのだ、と。
今はそれでいい。胸に去来した数々の感情を全て追いやって、叉反は自らに言い聞かせる。集中しろ。戦え。全ては仕事を終えてからだ。
急にバタンと資材室のドアが開く音がした。人が入ってきた。叉反は窓ガラスに映った侵入者の姿を見た。廊下の電灯が侵入者を照らし、二人分の影を作る。男。恰好から見てゴクマだ。おそらくフュージョナーではない。厄介なのは武器だ。一人は拳銃だが、一人はサブマシンガンらしい物を持っている。
P9Rを抜き、デザート・イーグルをホルスターに仕舞う。一般的に考えて、マグナム弾より減装弾のほうが人を殺さない。それに発射炎の光の強さもある。ゴーグルもないのに、下手をすれば目が眩む。
再び影に隠れる。と、パチ、と音がして明かりがついた。サブマシンガンのほうが足音を立てないように慎重に歩を進めてきた。彼が足を踏み出すタイミングを感じ取りながら、こちらも慎重に棚の影をドアのほうへと移動していく。
不意にサブマシンガンの男が、電気のスイッチを入れた拳銃の男へ振り返った。
「ドア閉めて、鍵かけとけ。俺は左半分見て回る。お前は右を見ろ」
「わかりました」
頷いて拳銃の男がドアの内鍵を回す。ガチャという音がした。
その時だった。
「走れ!」
〝サブマシンガン〟が叫んだ。一拍遅れて、ドアのほうから駆けてくる足音が聞こえる。
やられた。叉反は駆け出す。銃を左手に持ち替える。連中、こちらに隠れる隙を与えないつもりだ!
「いました!」
拳銃男が叫ぶと同時に撃ってくる。棚の側面に隠れ、左手だけを出して逆手でめくら撃つ。外れた拳銃の弾で窓ガラスが割れた。デザート・イーグルを抜き、叉反は部屋端の通路に僅かに体を出して二発撃つ。激しい衝撃に、右腕が壊れそうだ。
駆けつけていたサブマシンガンの男が、慌てて飛び退き、引き金を引きながら後退する。叉反は棚に隠れる。マシンガンの弾が連続して壁に穴を空け、窓を割った。
状況は悪い。棚を挟む左右の通路、そのどちらにも敵がいる。P9Rがあと五発。デザート・イーグルがあと二発。
「お前の負けだ。大人しく出て来い、フュージョナー!」
サブマシンガンの男が怒鳴った。そんな選択肢はない。かといってこのまま戦うのは無理だ。逃げるしかないが、下がコンクリなので、映画のように窓から飛び降りるのも駄目だ。
右か左か、どちらかから行くしかない。そして行くなら、断然出口に近い左だった。
腹をくくって、跳んだ。すぐさま拳銃が発砲される。尻尾に熱い物が走った。駆け抜ける。中央の通路からドアまで一直線だ。拳銃の男が目の端に映る。デザート・イーグルとP9Rを縦に構えた。高い位置と低い位置を同時に狙えるように。
男が撃った。射撃音が三発。二つの引き金を引いた。馬鹿げた反動、右腕が振り子のように振り上がる。気を張って銃把を握る。
ガキン! と、金属が砕ける音が二重にし、同じくして頬、肩、腹と銃弾が当たる。熱と痛み、無視して足を踏み込み、タックルの体勢でドアへ突進する。
蝶番は上下ともに壊れていた。九十五キロの叉反の体がドアにぶち当たり、鍵をへし折りながら廊下へドアごと転がり出る。立ち上がる間もなく床を蹴り、左へ跳ぶ。直後にサブマシンガンの激しい銃撃が放たれた。
何とか立ち上がり、階段の影に身を隠す。追手はすぐそこだ。荒々しい足音が迫ってくる。
タイミングを計る。二人の敵が来る。デザート・イーグルを構える。三、二、一……。
引き金を引き絞る。追手の鼻先で50AE発射の轟音が響く。残弾ゼロ。イーグルを手放す。
影から飛び出し際、横膝を〝サブマシンガン〟の横腹に蹴り入れる。不意打ちは男の肋骨をへし折り、一拍遅れで呻き声を吐き出させ、機関短銃の引き金を引かせた。
反動でぶれないように機関銃ごとその手を抑えてやる。銃の震えがこちらにも伝わる。一分としないうちに、機関短銃は銃弾を撃ち尽くして沈黙した。
拳銃の男は腰を抜かしていた。まだ若い。二十歳そこそこだろう。サブマシンガンを構えていた男が床に倒れ伏す。叉反は拳銃の男に近付いた。
「ここに連れて来られた男がいるはずだ」
淡々と、叉反は告げる。拳銃の男は完全に竦んでいた。
「どこだ」
男は震えた声で、四階の会議室だと答えた。
叉反は頷いた。男が握っていた拳銃に手を伸ばす。抵抗はなかった。男の戦意は折れている。
新たに手に入れた銃を確かめる。FNモデル・ハイ・パワー・マーク3。弾はまだ入っている。
「予備弾倉はあるか」
男はがくがくと頷いた。ポケットから弾倉を取り出す。一つ。特に変形もしていない。
廊下の奥に向けて、試しに引き金を二回引く。撃った感触もおかしくない。きちんと手入れされている。
残弾を確かめる。薬室に一発。弾倉に二発ほど。弾倉を入れ替えた。
「早く逃げろ」
男にそう言い捨てて、叉反は四階を目指して走り出した。
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あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
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