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『騒乱の街』9
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9
四階の廊下は明かりがほとんどない。小さな電灯が等間隔で灯っているだけだ。
階下では、未だ銃撃戦が行われているようだった。皆そちらへ行っているのか、四階の廊下には人の気配がなかった。
会議室へ行く手前で、P9Rの弾倉を入れ替える。これで少なくとも、突入後すぐに弾切れになる事はない。ハイ・パワー・マーク3をホルスターに仕舞い、P9Rを構えながら、会議室の扉を開ける。
「――よお」
凄まじい爆音と共に叉反の胸元で、小さな爆発が起こった。衝撃に体が吹き飛ばされる。あっという間に壁に叩き付けられたが、頭がぼんやりして痛みなど感じない。明確なのは、攻撃を受けた胸元の痛みだ。たちまち血を吐いた。量が多い。吐血のせいで眩暈がし、息を整えようとするが上手くいかない。
P9Rは、まだ右手の中にある。
「あー、すげえ威力だな。銃も壊れたんじゃねえのか」
耳もやられたらしい。耳鳴りの中、小さく聞こえるが、覚えのあるノイズ混じりの男の声が頭上から降ってくる。
「は、がくれ……」
呟き、そのせいで咳き込む。呼吸が満足に出来ない。力も、入らない。
足が近付いて来る。二本の黒い足。ゴクマのフュージョナー。
「さすがに今のは効いたろ。ええ? 見ろよこれ、マジでぶっ壊れちまいやがった」
目の前に大きな鉄の塊が音を立てて落ちる。デザート・イーグル。銃口からフレームの半ばにかけて罅(ひび)が入っている。排莢口からは、排出に失敗した薬莢が破裂した状態で引っ掛かっていた。おそらく、発射薬の量を過度に増やしたのだろう。
破隠の複眼がこちらを睨む。と思いきや、左手が伸びてきて叉反の顔を掴んだ。
「生きてやがったか、探偵。まあ、部下共で殺せるかって言ったら微妙なとこだったけどな。まさか団体さんを引き連れてここまで来るとは思わなかったよ」
指先に力が入る。頬骨を強く圧迫される。歯を食いしばって耐えた。
この左手は貫いたはずだ。つい数時間前、ランガムホテルのヘリポートで。
「痛かったぜえ、てめえの針は。でも俺の体は特別製でな、胴体でもぶった切られない限り、大抵の傷は治しちまう」
破隠の腕に力が込められる。大柄で、人並み以上の叉反の肉体が、軽々と持ち上がっていく。
「知ってるかどうかは知らねえが、生命の危険に冒されたフュージョナーは普通じゃ考えられない速度で傷が治癒する。回帰症で起こる体細胞変異の仕組みで、体を健康な状態にまで〝回帰〟させてるってわけだ」
顔から指が離される。同時に体が浮遊する。一秒とない時間で、叉反は床に放り捨てられた。
「ぐっ!」
床で胸を打った。咳き込めば、また血を吐き出す。
「俺の体は、その治癒力が常人の三倍強い。やろうと思えばコントロールする事も出来る。九ミリくらいなら、てめえみたいなダセえチョッキはいらねえんだ」
頭に固い感触がした。本当に、ここ最近で何度目になるだろう。
「てめえにしろ深田にしろ馬鹿な野郎だ。そもそも関わらなきゃいい事に首突っ込みやがって。俺らよりよっぽど頭がおかしいぜ」
「……深田さんは」
痛みを堪えながら、叉反は言った。
「まだ生きてるさ。拷問も何度かしてやったが、相変わらず口を割らねえ。そこだけは大した野郎だよ」
わざとらしく撃鉄を起こして、破隠が続ける。
「なあ、最期に教えてくれ。なんで死ぬような目に合うのに俺達を追って来た? ゴクマに攫われた時点で警察の仕事だろう。なんで探偵ごときが追って来たんだ」
警察が動いてるのに、探偵がしゃしゃり出てどうするのさ。
仁の言葉を思い出す。しゃしゃり出た。確かにそうかもしれない。だが、見たのだ。事務所にやって来た彼女の顔を。その娘を。
――助けて、頂けませんか――
彼女が頭を下げる。
――大事な人が、行方不明になってしまったんです。昔、悪い事をしていたせいで、警察には頼れません。でも、今は立派になったんです。どうか、お願いします。助けて下さい。
力を貸して下さい。
探偵さん。
「依頼を受けたからだ」
「……ああ?」
破隠に虚が生まれたその瞬間、叉反は動いた。相手の股間に掌底を叩き込み、銃口が外れた刹那に胴体目がけてP9Rの引き金を引く。計五発の九ミリ弾を受けた破隠の体が衝撃で後ずさり、崩れ落ちる。
立ち上がって、その手の銃を蹴り飛ばし、叉反は破隠に銃を向けた。
「探偵が動く理由なんていつも一つだ。依頼人の依頼を引き受けた。それだけだ」
「しゃらくせえ……真似を……」
「減装弾だ。それに、九ミリくらいならチョッキはいらないんだろう」
言い終えた途端に咳き込みそうになる。喋るとまだ胸が痛む。早々に決着をつけなければならない。
「深田さんはどこだ」
「……は、甘えよ!」
一瞬の動作で、後ろに伸びた破隠の手に拳銃が握られていた。立て続けに引き金を引く。二挺分の銃声が廊下に幾重にも響き交錯する。銃弾を食らう度に衝撃が体を揺さぶり、残弾を撃ち尽くすかのような連射は同時に終わる。体が崩れる。痛がる暇はない。破隠の右手が動く。銃床が来る。咄嗟に左腕で庇う。次の瞬間、鳩尾に岩のような拳が入る。一瞬、全身から力が抜けた。右手が払われ、P9Rが弾き飛ばされる。
「ふん!」
銃床が額を打つ。何度も。銃ごと左頬を殴り飛ばされ、すかさず破隠が飛び掛かってくる。
蹴り足が出たのは本能的な反応だ。奴の下腹目がけて左足を蹴り入れ立ち上がる。破隠が銃を捨てていた。お互い無手だ。
拳の勝負だ。より速く、より多く、より強く。倒れる事が許されない、最短距離での殴り合い。防御も回避も出来なかった。全ての動作を攻撃に費やし、拳を繰り出す。打拳。打拳。打拳。ストレートの構えが見えた。奴の頬に照準した。
突き抜けるような一撃が、お互いの頭部を捉えた。
「ぐうぅ……」
「っ……」
動作を止めたくはない。今途切れてしまえば、意識さえ消えてしまう。それは死を意味する。
キン、キン、と金属が床に跳ね返る音がした。破隠の吐息に笑みが混ざる。
信じられない事だが、相手の体から銃弾が出て来ていた。銃創が肉で急速に塞がり、体の銃弾を押し出しているのだ。
破隠が構える。体調は悪くないらしい。叉反もまた構えをとる。終わりまでやる。どちらかの命が尽きるまで――……。
「ボス!」
女の声が廊下の向こうからしたのは、その時だった。さっき破隠の傍にいた女だ。駆け寄ってくる。薄手のコートを着て、手に持っているのはショットガンだ。
「来るんじゃねえ」
破隠が凄む。怯んだ様子もなく、女は足を止めて言う。
「準備が終わった。船に乗って」
「……ちっ。時間切れか」
舌打ちした破隠が、ゆるやかに構えを解く。
「どういう事だ?」
「残念だが探偵、ここでお別れだ。俺には次の仕事が待っている」
「逃げる気か」
女がショットガンを構える。その銃口が叉反を牽制する。
「終わりなんだよ。計画書が手に戻らなかったのは残念だが……まあ、いい。当てはある」
興味を失ったかのように、破隠は背を向けた。
「あばよ、探偵。殴り合いは久し振りだったぜ」
ショットガンが叉反の胸元を狙う。この距離では躱しようがない。どう動こうと散弾は確実に叉反の胴体に着弾する。そして、向こうは撃つ事を決して躊躇わない。
万事休す。腹をくくった。望みがあるとすれば、せいぜい正面に突っ込んでどうになるかどうか、というくらいだが……。
「――いいや。さよならにはまだ早い」
新たな声が聞こえたのは、その時だった。
黒い突撃銃が、ショットガンを構えた女に向けられていた。黒のスーツを身に纏った男が、いつの間にか傍に立っていた。
「〝亡霊〟……」
「ふん。これはこれは」
破隠が感心したように向き直った。
「噂の〝亡霊〟のお出ましとはな。優男の仇でも取りに来たのか?」
破隠の言葉に、〝亡霊〟は顔色一つ変えなかった。
「なるほど、事務所を襲ったのはお前らか。昆虫野郎に拠点を吹っ飛ばされるとは……。うちのボスも焼きが回ったかな」
女が息を飲んだ。亡霊〟はふっと笑った。気色ばんだ女を破隠が制した。
「ゆっくりお話してえが、もう時間がねえ。深田ならその部屋の奥だ。連れて帰るんだな」
「どういう風の吹き回しだ。あれだけ連れ回した深田を置いていくとは」
「こう見えて俺は忙しいんだ。いつまでチンピラや探偵と遊んではいられねえ」
破隠がそう言った時だった。突然、大爆音と共に、建物が大きく揺らいだ。叉反と〝亡霊〟に緊張が走った。廊下の小さな電灯が明滅している。
揺れはほどなくして収まった。だが、廊下には嫌な気配が漂い始めていた。暗雲がもたげ始めたような、嫌な気配が。
「潮時だな」
破隠が呟いた。
「じゃあ、俺達は行くぜ。二度と会う事はないだろが、せいぜい生き延びるんだな」
言って、破隠は悠然と踵を返し、廊下の向こうへと歩き出した。動く事は出来なかった。女のショットガンがまだ叉反達に向けられていた。
二人の姿は、すぐに廊下の闇へと消えていった。その時になって、もう一度爆音が鳴り響き、建物がぐらぐらと揺れた。
「建物ごと俺達を処分する気か」
〝亡霊〟が言った。叉反はP9Rを拾い、ポケットに差し込んだ。それから〝亡霊〟に向き直って言った。
「助かった」
「礼はあとだ。とにかく深田を連れて逃げよう」
叉反は頷き、〝亡霊〟と共に会議室へと踏み込んだ。
建物は、微かに震えていた。
深田は会議室の奥にある小部屋に閉じ込められていた。憔悴し切って、ほとんど立てる状態ではなかったが、よく見ると顔の痣や傷が治り始めている。生命の危機に瀕した際の、急速回復が起こっている。
「いい状態じゃない」
〝亡霊〟が苦み走った口調で言った。同意見だ。いくら傷を治すとはいえ、これは回帰症の症状なのだ。起こって欲しいものではない。
深田の体を背負い、会議室を出る。震動は未だ続いている。突撃銃を構えた〝亡霊〟に続いて、廊下を進む。
三度目の爆音がした。天井の破片がいくつも落ちてきた。壁には亀裂が走り、時間がない事を無感動に知らせていた。
「急ごう」
淡々と言って、〝亡霊〟は走り出した。深田を背負い直し、叉反もそれに続く。途端に、不可解な音が床下から聞こえてきた。岩が転がるような耳慣れない音。
崩壊が始まったのだ。
崩れる音は次第に大きくなっていった。階段を駆け下りて三階に出る。そのまま真っ直ぐに駆け下りようとした時だった。
「来るな!」
鋭い叫びと共に、〝亡霊〟が突撃銃の引き金を引いた。その前に立ちはだかっていた男達が呻き声と共に倒れた。胸に数発ずつ。突撃銃の弾が減装弾かどうかは知らないが、男達はぴくりとも動かなかった。
「まだ残っていたのか……」
〝亡霊〟の呟きを聞きながら、叉反は前に進み出る。
軽く、呼吸を忘れた。
男達の顔には見覚えがあった。忘れるわけもない。ついさっき撃ち合いをしたサブマシンガンの男と、その部下の若者だった。瞳孔が開き、どこか呆けたような顔で、胸から血を流している。
死んでいた。若者も、サブマシンガンの男も逃げなかったのだ。命令か、さもなくば自分の意志か。それはわからないが、結果彼らは死んだ。
「何している。行くぞ」
〝亡霊〟が言った。人を殺した事への感情など一切見られなかった。当たり前だ。武器を握るというのはそういう事だ。武器は殺しのためにある。それが刃であれ、拳であれ関係ない。銃ならばなおさらの事だ。殺さずに済ませる事も出来るが、結局殺してしまったほうがいい。殺した相手は決して追って来はしない――。
「おい。探偵」
苛立たしげに〝亡霊〟が言った。叉反は頷いた。ああ、と言ったつもりだったが声にはならなかった。
足音が聞こえてきたのはその時だった。〝亡霊〟が咄嗟に銃を構えた。階下から二人、廊下から二人。サブマシンガンを持って迫ってくる。
「走れ!」
敵だった。突撃銃が火を吹いた。瞬く間に階段の二人が倒れる。叉反は二階へ向けて走り出した。背後でまた銃声がした。撃ち合いにはなっていない。〝亡霊〟の銃弾は、撃たれる前に確実に敵を殺している。
二階に着いた途端に銃声が頬を掠めていった。目の前に男が拳銃を構えて立っていた。大柄の男。デザート・イーグルを持っていた男だ。今、その手に握られているのはイーグルより小さかったが、叉反を撃つには充分だった。
階段へ飛び退く。男の引き金が引かれる。一発だけチョッキに突き刺さる。この防弾チョッキももはや限界だ。男が叉反に照準する。銃声が響いた。後方から。
男の巨体がばたりと床に倒れ込んだ。花が咲いたように、胸元に大きな赤い染みが出来ていた。
〝亡霊〟は何も言わず、辺りの様子を確認する。と、上の階と廊下の奥から、また足音が聞こえてきた。数が多い。どちらにも人数がいるようだ。
他に道はない。一階への階段は叉反が昇ってきたものしかなさそうだ。ならば、廊下を抜けるしかない。
「深田を下せ」
〝亡霊〟が固い声で言った。
「俺は廊下のほうをやる。お前は階段の奴等を始末してくれ」
叉反は答えずに深田を下すと、柱の影にもたれかけさせた。ハイ・パワー・マーク3を抜き、構える。
一瞬だけ瞑目する。迷っている暇はない。
敵の姿が見えた。その瞬間、自分の中で全てが切り替わった。引き金を引いた。現れた標的は三人。呼吸を読まれたかのように、それらが一斉に散開する。三発の銃弾は壁に食らい付いたに過ぎない。反撃が来た。叉反は走り出した。銃声が嫌に鮮明に聞こえる。
接近して、確実に当てる。三連続立て続けに引いた。一番手前の男が倒れた。
残り二人がすかさず下がり、叉反はその後を追う。一人の膝を撃ち抜き、崩れ落ちたところを撃つ。一人の肩を破壊し、その衝撃で踊るような背中を撃つ。
敵は次々と来た。残弾をカウントしながら、叉反は冷静に彼らを撃ち続けた。魂が戦闘の場から離れ、ただ体が自動的に動いているかのようだ。階段の影に隠れながら撃ち続け、足元に転がった拳銃を拾ってはまた撃つ。崩壊寸前のビルの中に、これだけの人が残っているのは驚きだ。たとえ死んでも、叉反達を足止めする気なのか。
硝煙と銃声がべったりと体に張り付く。時間経過を忘れる。銃弾を避け、撃ち続ける――
気付いた時には、撃ち合いは終わっていた。目の前にも、後ろにも、人が倒れていた。
殺さずに済ます事は出来る。努力すれば。そのための技術も磨いた。
だから急所は外すように撃ったはずだ。
だが、彼らが生きているかどうかなど確認したくない。
その覚悟が、叉反にはない。
「終わったか」
気が付くと、〝亡霊〟が深田を背負って後ろに立っていた。息をつき、叉反は頷いた。
「行こう」
〝亡霊〟は駆け出した。叉反は黙ってその後に続いた。
四階の廊下は明かりがほとんどない。小さな電灯が等間隔で灯っているだけだ。
階下では、未だ銃撃戦が行われているようだった。皆そちらへ行っているのか、四階の廊下には人の気配がなかった。
会議室へ行く手前で、P9Rの弾倉を入れ替える。これで少なくとも、突入後すぐに弾切れになる事はない。ハイ・パワー・マーク3をホルスターに仕舞い、P9Rを構えながら、会議室の扉を開ける。
「――よお」
凄まじい爆音と共に叉反の胸元で、小さな爆発が起こった。衝撃に体が吹き飛ばされる。あっという間に壁に叩き付けられたが、頭がぼんやりして痛みなど感じない。明確なのは、攻撃を受けた胸元の痛みだ。たちまち血を吐いた。量が多い。吐血のせいで眩暈がし、息を整えようとするが上手くいかない。
P9Rは、まだ右手の中にある。
「あー、すげえ威力だな。銃も壊れたんじゃねえのか」
耳もやられたらしい。耳鳴りの中、小さく聞こえるが、覚えのあるノイズ混じりの男の声が頭上から降ってくる。
「は、がくれ……」
呟き、そのせいで咳き込む。呼吸が満足に出来ない。力も、入らない。
足が近付いて来る。二本の黒い足。ゴクマのフュージョナー。
「さすがに今のは効いたろ。ええ? 見ろよこれ、マジでぶっ壊れちまいやがった」
目の前に大きな鉄の塊が音を立てて落ちる。デザート・イーグル。銃口からフレームの半ばにかけて罅(ひび)が入っている。排莢口からは、排出に失敗した薬莢が破裂した状態で引っ掛かっていた。おそらく、発射薬の量を過度に増やしたのだろう。
破隠の複眼がこちらを睨む。と思いきや、左手が伸びてきて叉反の顔を掴んだ。
「生きてやがったか、探偵。まあ、部下共で殺せるかって言ったら微妙なとこだったけどな。まさか団体さんを引き連れてここまで来るとは思わなかったよ」
指先に力が入る。頬骨を強く圧迫される。歯を食いしばって耐えた。
この左手は貫いたはずだ。つい数時間前、ランガムホテルのヘリポートで。
「痛かったぜえ、てめえの針は。でも俺の体は特別製でな、胴体でもぶった切られない限り、大抵の傷は治しちまう」
破隠の腕に力が込められる。大柄で、人並み以上の叉反の肉体が、軽々と持ち上がっていく。
「知ってるかどうかは知らねえが、生命の危険に冒されたフュージョナーは普通じゃ考えられない速度で傷が治癒する。回帰症で起こる体細胞変異の仕組みで、体を健康な状態にまで〝回帰〟させてるってわけだ」
顔から指が離される。同時に体が浮遊する。一秒とない時間で、叉反は床に放り捨てられた。
「ぐっ!」
床で胸を打った。咳き込めば、また血を吐き出す。
「俺の体は、その治癒力が常人の三倍強い。やろうと思えばコントロールする事も出来る。九ミリくらいなら、てめえみたいなダセえチョッキはいらねえんだ」
頭に固い感触がした。本当に、ここ最近で何度目になるだろう。
「てめえにしろ深田にしろ馬鹿な野郎だ。そもそも関わらなきゃいい事に首突っ込みやがって。俺らよりよっぽど頭がおかしいぜ」
「……深田さんは」
痛みを堪えながら、叉反は言った。
「まだ生きてるさ。拷問も何度かしてやったが、相変わらず口を割らねえ。そこだけは大した野郎だよ」
わざとらしく撃鉄を起こして、破隠が続ける。
「なあ、最期に教えてくれ。なんで死ぬような目に合うのに俺達を追って来た? ゴクマに攫われた時点で警察の仕事だろう。なんで探偵ごときが追って来たんだ」
警察が動いてるのに、探偵がしゃしゃり出てどうするのさ。
仁の言葉を思い出す。しゃしゃり出た。確かにそうかもしれない。だが、見たのだ。事務所にやって来た彼女の顔を。その娘を。
――助けて、頂けませんか――
彼女が頭を下げる。
――大事な人が、行方不明になってしまったんです。昔、悪い事をしていたせいで、警察には頼れません。でも、今は立派になったんです。どうか、お願いします。助けて下さい。
力を貸して下さい。
探偵さん。
「依頼を受けたからだ」
「……ああ?」
破隠に虚が生まれたその瞬間、叉反は動いた。相手の股間に掌底を叩き込み、銃口が外れた刹那に胴体目がけてP9Rの引き金を引く。計五発の九ミリ弾を受けた破隠の体が衝撃で後ずさり、崩れ落ちる。
立ち上がって、その手の銃を蹴り飛ばし、叉反は破隠に銃を向けた。
「探偵が動く理由なんていつも一つだ。依頼人の依頼を引き受けた。それだけだ」
「しゃらくせえ……真似を……」
「減装弾だ。それに、九ミリくらいならチョッキはいらないんだろう」
言い終えた途端に咳き込みそうになる。喋るとまだ胸が痛む。早々に決着をつけなければならない。
「深田さんはどこだ」
「……は、甘えよ!」
一瞬の動作で、後ろに伸びた破隠の手に拳銃が握られていた。立て続けに引き金を引く。二挺分の銃声が廊下に幾重にも響き交錯する。銃弾を食らう度に衝撃が体を揺さぶり、残弾を撃ち尽くすかのような連射は同時に終わる。体が崩れる。痛がる暇はない。破隠の右手が動く。銃床が来る。咄嗟に左腕で庇う。次の瞬間、鳩尾に岩のような拳が入る。一瞬、全身から力が抜けた。右手が払われ、P9Rが弾き飛ばされる。
「ふん!」
銃床が額を打つ。何度も。銃ごと左頬を殴り飛ばされ、すかさず破隠が飛び掛かってくる。
蹴り足が出たのは本能的な反応だ。奴の下腹目がけて左足を蹴り入れ立ち上がる。破隠が銃を捨てていた。お互い無手だ。
拳の勝負だ。より速く、より多く、より強く。倒れる事が許されない、最短距離での殴り合い。防御も回避も出来なかった。全ての動作を攻撃に費やし、拳を繰り出す。打拳。打拳。打拳。ストレートの構えが見えた。奴の頬に照準した。
突き抜けるような一撃が、お互いの頭部を捉えた。
「ぐうぅ……」
「っ……」
動作を止めたくはない。今途切れてしまえば、意識さえ消えてしまう。それは死を意味する。
キン、キン、と金属が床に跳ね返る音がした。破隠の吐息に笑みが混ざる。
信じられない事だが、相手の体から銃弾が出て来ていた。銃創が肉で急速に塞がり、体の銃弾を押し出しているのだ。
破隠が構える。体調は悪くないらしい。叉反もまた構えをとる。終わりまでやる。どちらかの命が尽きるまで――……。
「ボス!」
女の声が廊下の向こうからしたのは、その時だった。さっき破隠の傍にいた女だ。駆け寄ってくる。薄手のコートを着て、手に持っているのはショットガンだ。
「来るんじゃねえ」
破隠が凄む。怯んだ様子もなく、女は足を止めて言う。
「準備が終わった。船に乗って」
「……ちっ。時間切れか」
舌打ちした破隠が、ゆるやかに構えを解く。
「どういう事だ?」
「残念だが探偵、ここでお別れだ。俺には次の仕事が待っている」
「逃げる気か」
女がショットガンを構える。その銃口が叉反を牽制する。
「終わりなんだよ。計画書が手に戻らなかったのは残念だが……まあ、いい。当てはある」
興味を失ったかのように、破隠は背を向けた。
「あばよ、探偵。殴り合いは久し振りだったぜ」
ショットガンが叉反の胸元を狙う。この距離では躱しようがない。どう動こうと散弾は確実に叉反の胴体に着弾する。そして、向こうは撃つ事を決して躊躇わない。
万事休す。腹をくくった。望みがあるとすれば、せいぜい正面に突っ込んでどうになるかどうか、というくらいだが……。
「――いいや。さよならにはまだ早い」
新たな声が聞こえたのは、その時だった。
黒い突撃銃が、ショットガンを構えた女に向けられていた。黒のスーツを身に纏った男が、いつの間にか傍に立っていた。
「〝亡霊〟……」
「ふん。これはこれは」
破隠が感心したように向き直った。
「噂の〝亡霊〟のお出ましとはな。優男の仇でも取りに来たのか?」
破隠の言葉に、〝亡霊〟は顔色一つ変えなかった。
「なるほど、事務所を襲ったのはお前らか。昆虫野郎に拠点を吹っ飛ばされるとは……。うちのボスも焼きが回ったかな」
女が息を飲んだ。亡霊〟はふっと笑った。気色ばんだ女を破隠が制した。
「ゆっくりお話してえが、もう時間がねえ。深田ならその部屋の奥だ。連れて帰るんだな」
「どういう風の吹き回しだ。あれだけ連れ回した深田を置いていくとは」
「こう見えて俺は忙しいんだ。いつまでチンピラや探偵と遊んではいられねえ」
破隠がそう言った時だった。突然、大爆音と共に、建物が大きく揺らいだ。叉反と〝亡霊〟に緊張が走った。廊下の小さな電灯が明滅している。
揺れはほどなくして収まった。だが、廊下には嫌な気配が漂い始めていた。暗雲がもたげ始めたような、嫌な気配が。
「潮時だな」
破隠が呟いた。
「じゃあ、俺達は行くぜ。二度と会う事はないだろが、せいぜい生き延びるんだな」
言って、破隠は悠然と踵を返し、廊下の向こうへと歩き出した。動く事は出来なかった。女のショットガンがまだ叉反達に向けられていた。
二人の姿は、すぐに廊下の闇へと消えていった。その時になって、もう一度爆音が鳴り響き、建物がぐらぐらと揺れた。
「建物ごと俺達を処分する気か」
〝亡霊〟が言った。叉反はP9Rを拾い、ポケットに差し込んだ。それから〝亡霊〟に向き直って言った。
「助かった」
「礼はあとだ。とにかく深田を連れて逃げよう」
叉反は頷き、〝亡霊〟と共に会議室へと踏み込んだ。
建物は、微かに震えていた。
深田は会議室の奥にある小部屋に閉じ込められていた。憔悴し切って、ほとんど立てる状態ではなかったが、よく見ると顔の痣や傷が治り始めている。生命の危機に瀕した際の、急速回復が起こっている。
「いい状態じゃない」
〝亡霊〟が苦み走った口調で言った。同意見だ。いくら傷を治すとはいえ、これは回帰症の症状なのだ。起こって欲しいものではない。
深田の体を背負い、会議室を出る。震動は未だ続いている。突撃銃を構えた〝亡霊〟に続いて、廊下を進む。
三度目の爆音がした。天井の破片がいくつも落ちてきた。壁には亀裂が走り、時間がない事を無感動に知らせていた。
「急ごう」
淡々と言って、〝亡霊〟は走り出した。深田を背負い直し、叉反もそれに続く。途端に、不可解な音が床下から聞こえてきた。岩が転がるような耳慣れない音。
崩壊が始まったのだ。
崩れる音は次第に大きくなっていった。階段を駆け下りて三階に出る。そのまま真っ直ぐに駆け下りようとした時だった。
「来るな!」
鋭い叫びと共に、〝亡霊〟が突撃銃の引き金を引いた。その前に立ちはだかっていた男達が呻き声と共に倒れた。胸に数発ずつ。突撃銃の弾が減装弾かどうかは知らないが、男達はぴくりとも動かなかった。
「まだ残っていたのか……」
〝亡霊〟の呟きを聞きながら、叉反は前に進み出る。
軽く、呼吸を忘れた。
男達の顔には見覚えがあった。忘れるわけもない。ついさっき撃ち合いをしたサブマシンガンの男と、その部下の若者だった。瞳孔が開き、どこか呆けたような顔で、胸から血を流している。
死んでいた。若者も、サブマシンガンの男も逃げなかったのだ。命令か、さもなくば自分の意志か。それはわからないが、結果彼らは死んだ。
「何している。行くぞ」
〝亡霊〟が言った。人を殺した事への感情など一切見られなかった。当たり前だ。武器を握るというのはそういう事だ。武器は殺しのためにある。それが刃であれ、拳であれ関係ない。銃ならばなおさらの事だ。殺さずに済ませる事も出来るが、結局殺してしまったほうがいい。殺した相手は決して追って来はしない――。
「おい。探偵」
苛立たしげに〝亡霊〟が言った。叉反は頷いた。ああ、と言ったつもりだったが声にはならなかった。
足音が聞こえてきたのはその時だった。〝亡霊〟が咄嗟に銃を構えた。階下から二人、廊下から二人。サブマシンガンを持って迫ってくる。
「走れ!」
敵だった。突撃銃が火を吹いた。瞬く間に階段の二人が倒れる。叉反は二階へ向けて走り出した。背後でまた銃声がした。撃ち合いにはなっていない。〝亡霊〟の銃弾は、撃たれる前に確実に敵を殺している。
二階に着いた途端に銃声が頬を掠めていった。目の前に男が拳銃を構えて立っていた。大柄の男。デザート・イーグルを持っていた男だ。今、その手に握られているのはイーグルより小さかったが、叉反を撃つには充分だった。
階段へ飛び退く。男の引き金が引かれる。一発だけチョッキに突き刺さる。この防弾チョッキももはや限界だ。男が叉反に照準する。銃声が響いた。後方から。
男の巨体がばたりと床に倒れ込んだ。花が咲いたように、胸元に大きな赤い染みが出来ていた。
〝亡霊〟は何も言わず、辺りの様子を確認する。と、上の階と廊下の奥から、また足音が聞こえてきた。数が多い。どちらにも人数がいるようだ。
他に道はない。一階への階段は叉反が昇ってきたものしかなさそうだ。ならば、廊下を抜けるしかない。
「深田を下せ」
〝亡霊〟が固い声で言った。
「俺は廊下のほうをやる。お前は階段の奴等を始末してくれ」
叉反は答えずに深田を下すと、柱の影にもたれかけさせた。ハイ・パワー・マーク3を抜き、構える。
一瞬だけ瞑目する。迷っている暇はない。
敵の姿が見えた。その瞬間、自分の中で全てが切り替わった。引き金を引いた。現れた標的は三人。呼吸を読まれたかのように、それらが一斉に散開する。三発の銃弾は壁に食らい付いたに過ぎない。反撃が来た。叉反は走り出した。銃声が嫌に鮮明に聞こえる。
接近して、確実に当てる。三連続立て続けに引いた。一番手前の男が倒れた。
残り二人がすかさず下がり、叉反はその後を追う。一人の膝を撃ち抜き、崩れ落ちたところを撃つ。一人の肩を破壊し、その衝撃で踊るような背中を撃つ。
敵は次々と来た。残弾をカウントしながら、叉反は冷静に彼らを撃ち続けた。魂が戦闘の場から離れ、ただ体が自動的に動いているかのようだ。階段の影に隠れながら撃ち続け、足元に転がった拳銃を拾ってはまた撃つ。崩壊寸前のビルの中に、これだけの人が残っているのは驚きだ。たとえ死んでも、叉反達を足止めする気なのか。
硝煙と銃声がべったりと体に張り付く。時間経過を忘れる。銃弾を避け、撃ち続ける――
気付いた時には、撃ち合いは終わっていた。目の前にも、後ろにも、人が倒れていた。
殺さずに済ます事は出来る。努力すれば。そのための技術も磨いた。
だから急所は外すように撃ったはずだ。
だが、彼らが生きているかどうかなど確認したくない。
その覚悟が、叉反にはない。
「終わったか」
気が付くと、〝亡霊〟が深田を背負って後ろに立っていた。息をつき、叉反は頷いた。
「行こう」
〝亡霊〟は駆け出した。叉反は黙ってその後に続いた。
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