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フラワーガールズ『プロローグ』
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そうしてようやく、雨が降ってきました。予報よりもかなり遅く、でも降り出せばあっという間に、この視界を覆い尽くしていく。
「……来たね」
道の向こうにわたしは彼女の姿を見つけます。遅かった。やっと来てくれた。これまでの付き合いからわかった事ですが、彼女は大事なところでは決断が鈍るようです。早く決めなければいけない事を、何故か躊躇して考え込んでしまいます。優柔不断というやつでしょうか。
「遅かったですね、忍冬さん」
ようやくお互いの姿が見える位置になって、わたしは彼女に声をかけます。
雨に濡れた白い髪。その間から生えた黒い犬の耳。スカートの中から伸びた尻尾。
初めて会った時を思い出します。わたしを助けた女の子。この街で一番長く一緒に過ごしたお友達。わたしの親友。親愛なる、《フュージョナー》。
彼女は何も言いません。じっとわたしの顔を見ています。悲しそうな、暗い瞳で。
……ああ、すごく苛々する。
「手紙、読んでくれましたか? 雨が降る前にって、書いたじゃないですか」
濡れるのは嫌いです。ぐしょぐしょになると気持ち悪くて、何も考えられなくなります。
「さあ、早く始めましょう。雨がひどくなる前に」
彼女がわたしを睨みます。そう、それでいい。さっきより、まだましな面構えです。
「……本当に、あんな結末しか見えていないの?」
激しくなり出した雨音よりも大きな声で、ようやく彼女は言いました。
今さら何を言うのでしょう。何もかも、きちんと書いたではないですか。
「結末は変えられないんですよ。わたしは、この目で見たんですから」
そう、この目で。この左目で。
「もう、こんな物も必要ない」
今まで左目を覆っていた眼帯にわたしは手をかけます。
どこにでもある普通の眼帯。彼女にもらった、初めての品。
「馬鹿な子ね。本当に、馬鹿な子……」
忍冬さんが左手に持った剣に手をかけます。以前見せてもらった、赤い鞘のレイピア。
嬉しくなりました。スカートのポケットから、わたしはナイフを取り出します。
この時のために用意した、特別切れ味の良いナイフ。やや大振りなその刃に、わたしの二つの瞳が映っています。黒と琥珀色の二つの瞳が。
ようやく望みが叶えられます。
「手加減はしませんよ。本気で来てください。本気の剣で」
わたしはナイフを構えます。もちろん負けるはずはありません。この左目がある限り、わたしは全てを見通せるのだから。
彼女は一度目を閉じて、小さく息をします。そして、言いました。
「――その忌々しい目に止めを刺すわ」
鞘からレイピアが抜かれます。雨に晒される白銀の剣。さながら中世の騎士のように、彼女はそれを自らの前に構えます。
わたしを見つめる彼女の瞳。何度その目を見た事でしょう。
初めて会った時から、何度その眼差しに魅了された事か。
勝つのは、わたしです。その剣を打ち破り、あなたの目を閉ざすのは――……
「きっと言えないだろうから、先に言っておくわ」
叩き付けられる雨音の中で、彼女の声が聞こえました。
「さようなら……花桃」
「……来たね」
道の向こうにわたしは彼女の姿を見つけます。遅かった。やっと来てくれた。これまでの付き合いからわかった事ですが、彼女は大事なところでは決断が鈍るようです。早く決めなければいけない事を、何故か躊躇して考え込んでしまいます。優柔不断というやつでしょうか。
「遅かったですね、忍冬さん」
ようやくお互いの姿が見える位置になって、わたしは彼女に声をかけます。
雨に濡れた白い髪。その間から生えた黒い犬の耳。スカートの中から伸びた尻尾。
初めて会った時を思い出します。わたしを助けた女の子。この街で一番長く一緒に過ごしたお友達。わたしの親友。親愛なる、《フュージョナー》。
彼女は何も言いません。じっとわたしの顔を見ています。悲しそうな、暗い瞳で。
……ああ、すごく苛々する。
「手紙、読んでくれましたか? 雨が降る前にって、書いたじゃないですか」
濡れるのは嫌いです。ぐしょぐしょになると気持ち悪くて、何も考えられなくなります。
「さあ、早く始めましょう。雨がひどくなる前に」
彼女がわたしを睨みます。そう、それでいい。さっきより、まだましな面構えです。
「……本当に、あんな結末しか見えていないの?」
激しくなり出した雨音よりも大きな声で、ようやく彼女は言いました。
今さら何を言うのでしょう。何もかも、きちんと書いたではないですか。
「結末は変えられないんですよ。わたしは、この目で見たんですから」
そう、この目で。この左目で。
「もう、こんな物も必要ない」
今まで左目を覆っていた眼帯にわたしは手をかけます。
どこにでもある普通の眼帯。彼女にもらった、初めての品。
「馬鹿な子ね。本当に、馬鹿な子……」
忍冬さんが左手に持った剣に手をかけます。以前見せてもらった、赤い鞘のレイピア。
嬉しくなりました。スカートのポケットから、わたしはナイフを取り出します。
この時のために用意した、特別切れ味の良いナイフ。やや大振りなその刃に、わたしの二つの瞳が映っています。黒と琥珀色の二つの瞳が。
ようやく望みが叶えられます。
「手加減はしませんよ。本気で来てください。本気の剣で」
わたしはナイフを構えます。もちろん負けるはずはありません。この左目がある限り、わたしは全てを見通せるのだから。
彼女は一度目を閉じて、小さく息をします。そして、言いました。
「――その忌々しい目に止めを刺すわ」
鞘からレイピアが抜かれます。雨に晒される白銀の剣。さながら中世の騎士のように、彼女はそれを自らの前に構えます。
わたしを見つめる彼女の瞳。何度その目を見た事でしょう。
初めて会った時から、何度その眼差しに魅了された事か。
勝つのは、わたしです。その剣を打ち破り、あなたの目を閉ざすのは――……
「きっと言えないだろうから、先に言っておくわ」
叩き付けられる雨音の中で、彼女の声が聞こえました。
「さようなら……花桃」
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