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1.  俺、異世界に巻きこまれる

―― 宰相がやってきた ――

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 老女の顔が、さっと青ざめた。
「アレク様に、会いに来たのじゃな」
 宰相様というのが、再生の依頼者だろうか?
 老女たちのあわてぶりを見ると、地位のある重要人物に違いない。

「コウヘイ殿、急で申し訳ないのじゃが、さっきの話の通り、今からアレク様のふりをしてほしい。なに、蘇生できたか、見にくるだけじゃ。前々から、蘇生後は、軽い記憶の混乱が起こるかもしれぬ――というてある。そのままにしておれば、大丈夫じゃ」
 俺の心臓は、はねあがった。
 引き受けはしたものの、こんなに早く実践の場が、やってくるとは。ばれたら即殺される、という言葉が頭の中を駆けめぐった。
 俺の不安な様子をみて、
「宰相様は、やり手じゃが、魔法にはうとい。御しやすい相手じゃ。落ち着くのじゃ……」 
 言いながら、老女たちは、ほうきで床をはいたり、ゴミ箱を目立たぬところへ押しやったり、宰相様を迎える準備に余念がない。
 宰相の名前がアベルという名前で、国王の補佐役であり、行政を行う中心人物である事を、かろうじて教わったところで、ドアの開く音がした。

 ドアの手前にある暗幕のようなぶ厚いたれ幕を、おそらく部下と思われる、鎧を着こみ、剣を腰に差した男ふたりが、持ち上げた。
 アベル宰相は、少し首をちぢめて、たれ幕をくぐり抜けると、力強い足どりで、俺の横たわる寝台のそばに来た。色白だが、がっしりした体格の男で、真ん中に寄った大きな目とひき結んだ唇から、強い意志力が感じられた。

  アベル宰相は、俺の顔をじっとにらみ、問いかけた。
「アレク様、身体はなんともないでしょうか?」
 俺は、何もいわず、うなずいた。横たわったまま、今、気づいたかのように宰相を見上げる。
 頭痛がしているかのように、額に手のひらをあて顔をしかめる。

「大丈夫なのか?」
 老女たちに、アベル宰相が尋ねる。
 不安が、微妙な声の震えにあらわれている。肌の色つやや、表情を確認したいのか、かがんで、顔を近づけてきた。
 ――近すぎる。いまにも、宰相の突き出た鼻が、俺の鼻にあたりそうだった。
「ご安心ください。……蘇生後の体調不良は、いつものことです。戻ってきた魂が、身体になじむまで、時間がかかるのです」
 老女のひとりが答える。
「そうか。……なら、いいが」 
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