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6.  アレクとなった俺、伯爵令嬢に会う

―― エミリー嬢と俺 3 ――

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 アレクが、実はアレクではないことに気づいているのかもしれない。

「個人としての面識がなくとも、国に尽くしている方のご子息だからな……王族の義務として、火葬に立ち会わせてもらった」
 俺が、にこやかな顔で答えると、
「葬祭ギルドの、グスタフ兄さまの担当にも、会ってきました。――亡くなった当日に死亡診断書が用意されていたと……。あまりにも、早すぎはしませんか? 死亡診断書を作成するなんて、ふつうは、火葬の直前です」

 エミリー嬢は、追求の手をゆるめてくれない。おそらく、ここまで調べてきたことすべてを使って、俺に喋らせようと、必死になっているようだ。
「そのあたりの事は、私に訊かれても、わからないな。優秀な侍従がいて、素早く作ったのではないかな」
 自分でも、のらりくらりといいぬけていると思う。逆の立場なら、頭に血が昇るだろう。案の定、エミリー嬢の顔が、険しくなってきた。

「――レンゲルで、兄の屋敷のそばで、あなたをみました。わたしの事を覚えていませんか?」
 レンゲルで、エミリー嬢にあったことはない。
 はったりだろうか? 
 俺は、頭をしぼった。会った記憶はない。が、エミリー嬢と、どこかですれ違い、彼女だけが気づいたという可能性はある。

 考えても、しかたがない。すぐに答えないと、疑惑を持たれる。
「あなたのような綺麗な方と出会っていたら、覚えているはずだ。それに、グスタフ殿の屋敷の場所など、私は知らない。知らないから、屋敷のそばには、行きようがない」
 エミリー嬢は、鬼の首でもとったような顔をして、俺を追い詰める言葉を放った。
「あなたは、馬車に乗って、亡くなった兄上の屋敷の方角から来て、歩いていた私たちとすれちがった」
「人違いでは? 私と同じ髪色、肌の色の者は、大勢いる」
 エミリーは、振り返り、侍女に何事かささやいた。

「護衛の者が覚えていたのです。父上がつけてくれた護衛が数人、いつも隠れてついてきているのです。信頼できる者たちです。その者たちは、王族の顔は、すべて覚えています。――すれ違う馬車や馬に乗った人物の顔を覚え込むように、その者たちは、仕込まれているのです」
 俺は、動じていないふりをして、
「本当に、そのような者がいるのか? まあ、辺境伯なら、娘のためにそれぐらい、するかもしれないが……」

 そのとき、エミリー嬢の侍女が、中年の男性を連れて戻ってきた。
 


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