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第二話

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 錬成を重ねて一番品質の良い魔法薬を5つほど持ち込んだ。
 屋敷から一番近い街の、たまたま目についた商店。
 値段によてっては他の商店をあたろうか……扱いは同じでも、少しでも高値で買い取ってくれる所が良い。
 今夜のごはん代がかかっているのだ。できれば日用品も買い足したい。

「ただ今回は、物が物というか……僕が鑑定する限りでこんな純度の高い媚薬、なかなかお目にかかれないんだよねぇ。他に持ってかれても嫌だしなぁ」

「び、媚薬……? えっ、これ媚薬なんですか……?!」
「お嬢さん、自分が何を持ち込んだか把握してないんですか?」
「そ、そんなもの作った覚えありません……!」

 疲労回復薬として作った魔法薬持ち込んだつもりだ。
 媚薬を作ろうだなんて、まず考え自体がありえない。

 そもそも媚薬というのは高難易度の錬成薬なのだ。魔法学院中退、錬金術師の資格をとったばかりのひよっこに作れるわけない。

「う~~~ん意図的でないということは……稀にいる、レアスキル持ちだったのかな? レベルや技術とは関係なく無意識化で発動しちゃうもので、後天的に発現したものは制御も少し難しいんですよねぇ……」
「で、でも、学院での授業で作った時は、とくになんとも……」
「あぁ、王都の? 王都は特別な結界が何重にもあるからなぁ……特定の効果以外は打ち消す魔法とかが発動してたのかもしれない。あとは錬金レベルが一定数に達して解放されたスキルか……」
「……っ」


 確かに追放されてからバカみたいに錬成しまくった。
 錬金レベルを上げたかったし、お金も欲しかったし。はやく商品レベルの魔法薬を作りたかったのだ。

 辺境の屋敷に越してきてから一週間、魔力がなくなるまでひたすら錬成しまくった。技術を上げるにはそれが一番だと思ったからだ。
 あまりに夢中で錬成物の変化や違和感に一切気づかずここまで来てしまった。
 ひよっことはいえ錬金術師であれば必要な材料と手順さえ踏めたば心者向けの魔法薬くらい生成できる。
 というか今でも分からないし理解できない。商人の手にしているものが、本当に媚薬だなんて。


「これだけ催淫効果が漏れ出てると、周りへの影響もすごそうだねぇ。ユニークスキルは本人には効かないから気付かなかったのかもしれないけど……よく襲われたりしなかったですね」
「……ひとり暮らしなもので……」
「失敗作だと思っていても効果は有効なので、お家にまだ残ってるなら破棄した方が良いですよ」
「そうします……あ、あなたは、その、大丈夫なの?」
「僕は職業柄耐性持ってますんで」
「なるほど……」

 不幸中の幸いというやつかもしれない。
 追放中で良かった。ひとり暮らしで良かった。
 へたしたら自分の周りのあちこちで間違いが起こりまくっていたかもしれない。そんなことになったらもう国にはいられない。

 途方に暮れた気持ちになりながら、目の前で鑑定されたばかりの自分のスキルの紙を見つめる。
 まだ鑑定書として発行できる正式なものではなく、仮で視てもらった段階だ。今の自分のレベル鑑定が錬成物の買い取りに必要だった。

 【ユニークスキル「催淫付与」】

 今いちピンときていなかったけれど、商人が言うにはその手で作り出したものに催淫効果を無意識に付与してしまうスキルらしい。

「催淫効果っていうのは、つまりは己の欲望を高める効果のことです。使い方次第で毒にも薬にもなる」
「薬にもなるんですか? これが……」
「どの国でも高値で取引される希少品ですよ。作れる人がなかなかいないからね。悪いことにもまぁ、相手によっては使われたりもするけど……貴族サマとか王室からの需要がけっこうあったりする。後継問題とかがありますらねぇあそこは」
「な、なるほど……?」
「とにかくそのスキルをきちんと扱えるようになるまで、気をつけてくださいね。あまり人と接触しない方が良いですよ? 今のあなたじゃ歩いているだけで襲われかねない。見たところ魔法も得意ではなさそうですし?」
「で、でもわたし、まだこのあたりに越してきたばかりで、食料の買い出しとか……」

 敷地内の庭で多少の自給自足はしているけれど、基本錬成に使用する薬草ばかりで食料用の野菜なんかはまだ根付いてもいない。王都を出る時に持ってきた非常食や調味料もこの一週間で残り僅かとなってしまった。追放の身なのでお金もそんなに持っていない。
 魔法薬を買い取ってもらったお金でそのまま買い出しして帰ろうと思っていたのだ。
 推察の通り魔力はあるけれど魔法は不得意だった。唯一得意だったのが錬金術くらいで。

「なら僕が届けてあげますよ。その代わりの条件と言ってはなんですが、この魔法薬、うちだけに卸してくれません? 今は値段も安定しないけど、定期的に高品質の生成が確認できたらそこそこの値をつけるってお約束しますよ。うちでの買い取り専売にしてくれるなら、納品物を受け取りに行って、ついでに食料も届けてあげます」
「え……と、届けてくれるんですか? うちまで??」
「僕としては他の商人に接触される方が避けたいんですよ。これだけ純度と効果の高い媚薬、奪い合いだ」

 わざわざ街に出向かなくて済むというのは大変有難い。目立ちたくない追放生活だ。錬成だけしていれば良いなんて好都合この上ない。人との接触を避けられるのは願ってもない提案。

 だけど話が出来過ぎている。

 正直いきなり専売は微妙だ。この魔法薬に催淫効果があると言っているのは今現在この人だけ。
 わたし自身に鑑定スキルは無いので、この人の言葉を証明しようが無いのだ。
 鑑定士としての身分証明である指輪は本物のようだけれど……世間知らずのわたしにはまだ判別は難しい。偽物の可能性だってゼロじゃない。

 鑑定書にしてくれれば多少信頼もできるのだけれど……すんなりしてくれる雰囲気でもない。今この条件を持ち掛けられているかぎり。

「今日この街にたまたま僕がいて運が良かったですよ、お嬢さん。僕ほどの鑑定士兼商売人はそういないと思うけどなぁ。スキル耐性持ちも」

 暗に他の鑑定士にところに行けば、スキル効果で襲われかねないと言っているのだろう。
 けれど本当は、そんな迷惑なスキルなんてなかったら──

「あ、僕の鑑定結果を疑ってます? ほんとうに催淫効果なんてあるのかって? じゃあ証明して見せましょうか? どれだけ耐性があっても直接摂取したらさすがに抗えない。飲んでみても良いですよ、その魔法薬。その変わりお嬢さんに責任とってもら──」
「わーーーーー!!! わわわ、わかりました! お、お願いします!!!」
「あら残念。でもこれでお得意様だ。よろしくお嬢さん、他の商人に浮気しないでくださいね」

 いまいち胡散臭いと思ってしまうのでは、色付きの丸メガネと長い前髪でその表情の殆どが隠されているからかもしれない。
 灰色のフードからはこの国では珍しい白髪が覗いているけれど、フードの下で更に布で巻いて頭を隠していることから、おそらく隠してはいるつもりなのだろう。こうして顔をつきあわせると分かるていど。この人もたぶん『ワケあり』なのかもしれない。

 信用できる相手かを判断する余力がないので、とにかく今は受け入れるしかなかった。
 結果その場で専売や報酬の契約を交わして、持ち込んだ分はすべて買い取ってもらって、サービスだと数日分の食料をもらってこの日の取引は終了した。ついでにその場で鑑定書まで発行してくれた。一応本物の鑑定士だった。

 国と協会から認められた資格を持つ鑑定士の鑑定書は絶対だ。魔法の誓約で偽ることはできない。
 ということは。
 わたしの特殊スキルは本当に「催淫付与」という迷惑なものであるらしい事が確定してしまった。

 商人さんはリュカと名乗った。
 希少な媚薬専売特許のお礼にと『トラブル対策』用にいくつかのアイテムをもらえたのでそこまで悪い人ではないのかもしれない。魔法の扱いが得意でないわたしにも発動できる、自衛用や防護用のアイテムを入手できたのは助かった。


「レアなスキルはわるーい人に利用もされやすいから、しっかり気をつけた方が良いですよ」
「……ご忠告どうも……」


 わたしの『ひっそり錬金術師生活』は、なかなか波乱の幕開けとなった。

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