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第八章
ケダモノの鎖
しおりを挟むそんなわけないと、ディアナスは思う。
だけどそれは口にはできなかった。
彼女がそう言うのなら、それが真実であるべきだとそう思えたからだ。
「…セレナはちゃんと、自分で決めたんだね」
彼女に迷いがないのは、それが自分で選んだ道だからだ。
その決意はこれまでなにひとつ自分で決めてこなかったディアナスとはまるで違う。
ただ母の顔色を伺い母の為だけに忖度し、その他のものには何ひとつ目を向けてこなかった。
生まれ持った血に早々に未来を諦め自分の力では何ひとつ成し遂げてこなかった。
これまでのディアナスの人生は、他人に依存して成り立っていたものだった。その一番は“シンシア”だろう。
彼女は母とディアナスが作り上げた虚像の少女だ。
シンシアとして生きている間は難しいことは何も考えずに済んだ。ただひたすら現実から目を背けてきた。
未来を想像することはただ苦痛で、鍵の無い檻に居る方がはるかに安全で楽だったのだ。
少しずつゆっくりと熱がひいて、そうしてこの体がいかに空っぽだったかを思い知る。
生まれ持った呪いすらもなくなった今、自分はセレナにとってただの他人となったのだ。
「もう、ボクは…呪われた王子じゃない。セレナとの繋がりは、消えちゃった」
ディアナスの言葉にセレナは僅かに目を瞠る。
体を繋げることもせず、セレナが呑みこんだディアナスの精もそう多くはない。それでも、ディアナスの内から呪いが消えたことは確かだった。
セレナのまっすぐな視線を受けながら、そっと自分の心臓の上に手をあてる。そこには遠い日に母が残した消せない傷痕があるだけだった。
なんて皮肉なんだろう。まるで烙印みたいだ。
空っぽの体に残った唯一の痕が、自分の存在を否定している気がした。
決して自分を男として受け容れることのできなかった、母の妄執が。
他の兄弟たちと違い呪いによる苦痛なんて、ディアナスの体は殆ど感じていなかった。
意識してようやくその存在を確かめる程度。ひきつれる火傷の痕の方がディアナスの心を苛んでいた。もうずっと。
だったらどうして自分は呪いを受け継いだのだろう。何の為に、自分は。
結局最後に残ったのは自分の身ひとつとこの心だけ。
それでもこの血が繋いでくれたものもあった。
今目の前のこの出会いだ。
「……良かった」
戸惑いながらもセレナは、その口元を綻ばせた。
どこまでもお人好しだなと思う反面、途端に胸がざわつくのを感じる。
ひどく何かを掻き立てられるそれは、おそらく言葉にできない別れの合図だ。
手を離したら自分たちは、ここで終わりだ。
「そうだね、きっと…良いことなんだろうね。でも、ボクは…いま堪らなく、寂しいよ」
どうしてだか分からない。代わりに大切なものを失った気がする。
おそらくこの時がほんとうの、“シンシア”との別れだったのかもしれない。
彼女は今ようやくその役割を終えたのだ。
「…だから、セレナ」
少しずつ本来の彼を取り戻すディアナスの、それでも小さな呟きにセレナは耳を傾ける。
目の前の彼がいま、不安と心細さを抱えたひどく幼いこどものように感じたのだ。
だけどその瞳の奥には小さな灯が揺れている。いつかどこかで見た灯だ。
「あなたが、埋めて。この寂しさを」
ディアナスの言葉にセレナは目を丸くする。その言葉の意味を理解する前に、ディアナスの綺麗な顔が目の前に迫ってきた。反射的に身を退くセレナをディアナスは逃がさない。
「ま、待って、ディアナス…、でも、もう夜伽は…」
「言ったでしょう、ボクが望んでいるのは夜伽じゃない。それは今も変わらない。その証拠に、ほら」
言ってディアナスは、セレナの手をとってまた自分のものに導く。びくりとセレナは体を揺らしてとられた腕をひくも、男の力には及ばない。
再び触れる熱はまだ僅かに濡れた感触を残していた。セレナの手が触れた瞬間にディアナスが小さく息を漏らし、その金色の髪の隙間から青い瞳がセレナを射抜く。
先ほどまでの初めての情事に惑う少年の表情ではない。欲を知った男の顔だった。
「呪いが解けてもまだ、この体はあなたに欲情する」
セレナの手の中でまた熱が膨れる。セレナから目を逸らさずに、ディアナスは続けた。
「嫌なら、断って。もうボクたちを縛る鎖は無いんだから。それでもボクは、セレナとしたい。ただの男と女として…はじめては、セレナが良い。セレナがもらってくれるなら、だけど」
それだけを宣言して、そっと手を離したのはディアナスだった。
セレナの手はまだディアナスのものに触れたまま。躊躇い戸惑う気配を直に感じたままディアナスは更に続ける。
「ボクはもう選んでる。だからセレナも、決めて。ボクを…抱いてくれる? それともボクが、抱いても良い…?」
答えを求めるディアナスの、まっすぐな思いを痛いくらいに感じた。
手を離さなければと咄嗟に思った。わかっていた。
自分にディアナスの大事なものを奪う資格も覚悟もない。そう思うのに。
既にもう自分の内側のその火種が、触れている部分から熱を灯している。さっきディアナスから継いだばかりの呪いの欲が、今度は彼に反応してセレナの欲情をじわじわと煽りたてる。お腹の奥の一番寂しい部分から。
今更ながらその事実を知っているのはそういえばノヴァだけだった。継ぐのは呪いだけでなく、その欲もなのだと。
これまで夜伽をしてきた他の王子――ゼノスもアレスもそのことは知らないはずだ。そして今目の前にいるディアナスも。
――夜伽ではなく。
それでも自分としたいと彼は言った。
もう彼の内側からむりやり夜伽聖女に反応してしまう呪いは無いはずなのに。
その先に繋がる行為は明らかに今までとは別の意味を持つことになる。
ディアナスはもう呪われた王子ではない。
でも。
自分はそれでもまだ、夜伽聖女なのだ。
呪いがこの身にある限り。
ふと、先ほどのディアナスの言っていた言葉が胸の内によみがえる。
――呪われた王子と夜伽聖女を縛る鎖。
ディアナスは呪いが解かれたことで、その繋がりが消えたと思っているのだろう。それは同時に自分たちの関係も終わるのと同じことだ。夜伽以外に自分たちは繋がれない。
セレナもそう思っていた。呪いが解かれれば、それで関係は終わるのだと。もう自分は不要なのだと。
――でも。
「…ふしぎだね。どうしても切れないものが、あるなんて」
今度は自分が繋がれたのだ。かつての呪われた王子に。
だけどそれは、相手が自分に触れる意思があって初めて、再び繋がるもの。
それを望んだのは目の前に居るディアナスが初めてだった。
何の意味も為さないはずのその行為を望み、そしてセレナに触れたのは。
ゆっくりと顔を上げて今度はしっかりどディアナスの視線に返す。
ディアナスはその綺麗な顔を僅かに歪めながらセレナからの返事を待っていた。
「…セレナ…?」
何の意味もないと思っていたのは。
きっとセレナだけだったのだ。
ここには意味を望むひとが居る。ただの自分を欲しいと望むひとが。
「たぶん、ディアナスが思うほどの、綺麗な気持ちは返せないと思うんだけど…」
「……うん」
セレナの答えのはじまりに、ディアナスは一言だけ頷いて一層顔を歪めた。終わりを悟る顔だった。覚悟が足りなくて泣きそうになる。
だけどセレナが返したのはディアナスの想像とは別のものだった。
「ディアナスの方から切らないでくれるなら…繋いでいて欲しい、とは思う…」
「…? えっと、どういうこと? して良いってこと?」
セレナの中途半端な答えに焦れて距離を詰めるディアナスに、セレナは思わず笑ってその距離を埋めた。
そっと触れる唇は、驚くほどにこれまでとはどこか違い、自分からしたセレナの顔が徐々に赤みを帯びていく。まるで初心な少女の初めての口づけの後のように。
そんなセレナの反応にディアナスは目を丸くして、それからまた泣きそうにくしゃりと顔を歪めた。ずるい、と小さく呟いて。
それからセレナは顔を赤くしたまま、それでもきちんとディアナスに答えを返した。
「…して、ディアナス。わたしも、望んでいる。同じものは返せなくても。…今は、この答えで良い…?」
受け容れてしまえば後はもう、体はまっすぐ正直に情欲へと落ちていくだけだった。
さっきと同じ距離なのに、目に移る世界はまるで違った景色。例えただの錯覚だとしても。
「…ッ、いいよ、今はそれで、良い。それだけで…」
受け容れるだけだったセレナの、初めて見せたディアナスを求める心と体。
それはきっと愛でも恋でもないだろう。
ただ必要だと思うその気持ちだけは嘘ではなく、差し伸べられた手をディアナスは震える手でとって、その気持ちが零れてしまわないように必死に受けとめてつよく抱き締めた。
***
「…っ、ま、待って…それ、もう、やだ…!」
羞恥に染まる声と共にセレナが小さく身じろぎして、ベッドがぎしりと鳴って軋む。ひとつだけの蝋燭の明かりがふたりの影を月夜に色濃く浮かべていた。
セレナはドレスもまだ身につけたまま、大きなベッドの端に追いやられている。かさむドレスの裾を汚さないよう抱えながら必死に首を振ってディアナスにやめてと訴えるけれど、ディアナスが聞き入れてくれる気配は微塵もない。
ディアナスはベッドに来るまでに身に付けていた衣服は殆ど脱ぎ捨てて、半裸で開いたセレナの脚に間に頭を埋めていた。セレナは片方の手でディアナスの金色の髪を指に絡ませながら押し退けようと力を込めるも、すぐにディアナスにその思考も力も奪われてしまう。ドレスの開かれた部分から覗くその肌は、あちこち赤く染まっていた。
ディアナスはセレナの太腿の内側に赤い痕を散らしている。
足の指先から始めたそれは、セレナが何度止めてもきかなかった。ゆっくりと爪先からディアナスは、セレナの晒すすべてに歯を立て吸い付き自分の痕を刻みつけていく。幼稚な独占欲の現れのように。
小さな痛みすらも快感として拾ってしまうセレナの体は既に上手く力がはいらない。
ディアナスの丁寧でいて焦らすような愛撫は経験不足というよりもただの自己欲求の塊だった。ただディアナスがセレナのすべてを知る為に、ゆっくりと痕を刻んでいるに過ぎない。
それでもやがてその唇は、セレナの最も弱い部分に行き着く。
その光景を目の前に、脚の付け根を一際きつく吸い上げたディアナスの、腰の奥がじんと痺れた。
セレナの鳴き声に導かれるまま、下着の上から触れるだけの唇を落とす。
「ディア、ナ…ッ、ぁ…!」
ぎゅう、とセレナの両脚が、震えながら間に居るディアナスを挟みこむ。
両手でそれを抑えながら甘い香りに誘われるまま、ディアナスはそこに舌を這わせた。ぴちゃりと濡れた音がやけに近くで聞こえた気がして眩暈がする。
セレナが高く喘いで泣いて、その声が腰に重たく響く。それだけで頭がどうにかなりそうだった。
呼吸と理性を乱しながら薄い布地から滲みだす蜜を吸い上げる。それを幾度か繰り返し、下着を指先でずらして今度は直接。温かなぬかるみへと舌を差し込むと、奥から更に密は溢れた。
セレナが声にならない悲鳴を上げる。
「……!」
「…すごい、ね。こんなに、溢れてくる」
知識も経験もないディアナスは無我夢中で本能のままにセレナの快楽の一番深いところを探るけれど、それはまだどこかたどたどしく手探りで。
先に我慢できなくなってしまったのはディアナスの方だった。口元を拭いながらようやく体を起こして開いたセレナの内側に自分の体を収める。
セレナの荒い呼吸と濡れた唇に自分のを寄せて、覆いかぶさりながらキスをねだる。触れるだけだった唇の隙間から舌を差し込んだのはディアナスのほうから。だけどそれを躊躇いがちにでも絡めてきたセレナにディアナスは喉の奥で小さく声を漏らした。
キスだけで、舌先だけでこんなにも簡単に、おかしくなれる。
自分のものを取り出して、自分の唾液とセレナの内側から溢れる蜜で充分に濡れたそこへ、宛がう。
これ以上の愛撫も前戯ももう保たない。きっとセレナを満足させてあげられていない。分かっていてももう無理だった。
かたく張り詰める先端がセレナの入り口に触れただけでもう、腰がくだけそうだった。
「…ご、めん…もう、いれたい」
ぶるりと、喉を震わせて。顔を赤くしながら吐き出したディアナスに、セレナは小さく頷くだけで応える。
まだ少年といえるディアナスの色欲に溺れ色気を撒き散らす綺麗な顔は、それだけでセレナの腹の奥を煽るのに十分だった。
ディアナスの華奢な体躯からは想像できない力強さで腰が持ち上げられる。
痛いくらいの緊張と、期待と恐怖とどうにもならない激情。それらすべてを纏ってディアナスが、セレナの内《なか》を押し広げて挿入ってくる。
ぐぶり、と。最初の音はセレナの内側から。その後の濡れた音は繋がった部分から聞こえてきた。
ディアナスはその光景を見逃さないように凝視したまま腰を推し進める。きつく歯を食いしばりながら。
「…ぁ、はい、っちゃ……っ」
呑み込まれていく。もはや自分以外の意思で、食べられてしまう。そんな馬鹿みたいなことを思いながら。
最奥にいきついた感触とぴったりと体が密着した瞬間に、ディアナスはせり上がる快楽に怯えて咄嗟に息を詰めた。それから身を屈めて片方の腕をつきながら、セレナの首筋に顔を埋めて必死に肩で息をする。
むりだ。動けない。
僅かでも動いたら達するというよりむしろ、死んでしまいそうだった。
死ぬ気はないけれどそれぐらいに刺激が想像以上で気持ち良くて本当にもうどうにかなってしまいそうで。もしかしたら動かなくてもいってしまう。ひとりで。
包み込まれるその温かさにかたく目を瞑り、だけどその心地良さは一瞬で快楽に塗り潰される。セレナの内側がうねるように自分のものを締め付けて、思わず目を見開いて腰をひいた。
それだけで、もう。
ディアナスはその一瞬の刺激で達してしまった。
引き抜いた先、セレナの白い腹の上に自分の欲が放たれる。
「……ッ、あぁ…」
浅く呼吸しながら目の前の光景に信じられない思いがこみ上げる。
せめていくなら抜かなければ良かったという後悔と、一方的でしかないあまりの稚拙さと忍耐力のなさに情けなさが滲む。
自分だけ行為に溺れても意味がない。だけどおかげで少し冷静になれた。
「…ディ、ア…」
「…それ、良いな。そのまま呼んで。ディアって」
「え…」
はじめての行為に半ば混乱気味に昂っていた感情に振り回されていた思考が、一瞬の熱の解放と共に呼吸と理性を取り戻す。
ゆっくりと頭と体に酸素を巡らせ、改めてディアナスは僅かに身を起こし目の前の光景を見下ろした。
自分の贈ったドレスを乱され肌を晒し、上気した頬と涙目で自分を見上げるセレナはあきれるほどにいやらしくて綺麗だった。呼吸に紛れて喉が鳴る。
今、ここには。ふたりだけの世界だ。求め合う男女がふたりだけ。
彼女が自分のはじめてのひとで良かった。さっきのは自分の中でノーカウントにしようと決めた。はじめては、ここから。
動きを止めて自分を見下ろすディアナスに戸惑う気配をみせるセレナに、ディアナスは薄く笑って唇を寄せ、その下で先ほど自分が吐き出した自分の欲をセレナの秘所に丁寧に塗り込む。殆ど無意識の行為で、セレナが小さく体を反応させた。悲鳴はディアナスの舌に絡め取られる。
そっと離した唇から銀糸がひいて、見たこともないような顔でディアナスは笑った。
「…ごめん、今度は」
ぐ、っとまた。衰えをみせない自分のものを宛がって、セレナの入り口に押し付ける。小さく漏らすセレナの声が今度はやけによく聞こえた気がした。
大丈夫。今度はきっと、ひとり置いていったりしない。
「いっしょにいこう」
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