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第9章 別れと出会いと古の
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しおりを挟む義理の弟の海里は無口で無愛想でどちらかと言えばクオンに似ている。
まぁあたしも人のこと言えないし、海里からしたら大きなお世話だろう。
あちらには仲良くなる気なんて無いのだから。
「マオの家族はどんな人たちですか?」
あまり家族について語る気は無かったのだけれど、どうやらジャスパーは興味をひかれたらしく大きな瞳をきらきらと輝かせてこちらを見つめてくる。
その様子に嫌な予感を感じ思わず距離をとってしまう。
「あんまり楽しく無い話だと思うよ」
「いいんです、聞いてみたいだけですから」
しまったなぁと思いつつも、ジャスパーがしっかとあたしの空いている方の手を握り逃がしてくれそうに無い。
それになんとなくジャスパーのお願いを無下にできなかった。
ジャスパーにはもう、帰る場所も家族も居ないのだ。
小さく溜息をつきながら、カップの中に残っていた果実酒を一口口に含む。
やっぱり甘い。
甘くて重たくて、少しだけ喉の奥が苦しい。
「……あたしね、最近まではずっと、お父さんとふたり暮らしだったの。お母さんはあたしが小さい頃に死んじゃって。お父さんがお母さんの分まで、頑張って“お母さん”してくれてたよ。不器用なのにキャラ弁作ってくれたり、学校行事にも必ず仕事を休んで来てくれてた。だからあたしはお父さんとふたりで寂しいとか思ったことはあんまり無かったな。でも最近、家族が増えたの。新しいお母さんと、弟と妹。弟はちょうどジャスパーと同じくらいで、妹はまだ7さい。はじめ家族が増えて嬉しかったのは本当だよ、でも…たぶん、嫌われてる。正直あたしも好きじゃないし。お互い様なんだよね」
そう、分かっている。
お互い様なんだ。
どっちが先かは分からないけれど、お互いを好きになれないのは。
だからきっとどっちが悪いかなんてない。
「でもふたりはお父さんのことは大好きみたいで。だから余計にあたしがジャマなんじゃないかな。妹…湊なんか始終お父さんにくっついてるもん。日曜日がくる度に遠出してさ。弟の海里は無口で無愛想で何考えてるのか分からないけど、しっかり湊の擁護だけはするし。ずっとお母さんと3人の母子家庭だったっていうから寂しい思いはしてたんだろうし、その気持ちは分かるよ、あたしだって。お父さんは既に湊にデレデレあまあまだし、お義母さん勿論良い人だしね。最初の内は上手くやってた。でも一緒に暮らす内にだんだん…合わなくなっていって…」
最初は、いつだっけ。あんまり覚えてない。
気にしないようにしていたから。あんまり考えないようにしていたから。
ジャスパーが握っていた手の温もりが強くなる。
だけど不思議とその感覚が遠いものに思えた。
痛いくらいに真っ直ぐな視線があたしの横顔に突き刺さる。
あたしの話す内容に、たぶんジャスパーにはよく分からない単語も混じっている。
だけどジャスパーはただ黙ったまま、あたしの話を聞いてくれた。
「いやがらせみたいなの、され出して…あたしのこと気に喰わないみたいなんだよね。クレヨン折られたとか、大事なぬいぐるみを高い場所に置かれたとか、それをあたしがやったって嘘つくの。そういうホント小さなやつ。子どもなんだよね、分かってるんだ。一応あたし、“おねーちゃん”だし、あたしが我慢すればいいって。海里もちゃっかり湊をかばうし、本当の兄妹だから当たり前なんだろうけど。お義母さんは勿論自分の子どもの方を信じるし、お父さんも流石に小さい子を疑えないみたいで。だけど、だけどせめてお父さんくらい…」
そこまで言ってようやくあたしは、自分の目から涙が零れていることに気付いた。
どうして。
そんなつもり、ぜんぜん無かったのに。
やっぱりこの果実酒の所為だ。
喉の奥に絡みついて上手く息ができない。
だからきっと、こんなに苦しい。
「お父さんにだけは…信じてほしかった…」
じゃないとあたし、ひとりぼっちだよ。
あの家で、あたしのこと誰も信じてくれないあの場所で。
どうやって笑えばいいの。接すればいいの。
あたしが居なくなったあの家は、それでもきっと問題なく“幸せな家庭”が今日も続いてる。
むしろあたしが居ないほうがずっと平穏で楽しくて幸せなのかもしれない。
「…ちゃんとそれ、言いましたか? お父さんに」
「…言えない。だって、あたし以外のみんな、それで幸せなんだもん。あたしだって別に、幸せを壊したいわけじゃない。少なくともお父さんには幸せになって欲しい。今まで苦労してあたしのこと育ててくれた分」
「でもそれは“家族”とはいえません。それでいいんですか? いいわけないでしょう。マオ、ぼく達だってもう立派な“家族”なんですよ。家族の内の誰かがひとりでも幸せじゃないなんてイヤです」
言って少しだけ背伸びをしたジャスパーがあたしの涙を拭ってくれた。
あたしは体に上手く力が入らなくて指一本動かせない。
どうしてこんなことになったんだっけ。
ああだから、家族の話なんてイヤだったんだ。
惨めになるだけだから。
結局ひとりだって、思い知らされるだけだから。
「マオ、言いたいことはちゃんと言わないとダメです。いつ伝えられなくなるのか分からないんですから」
ぎゅっと、握るその手は小さく震えていた。
少しだけ俯いていたジャスパーは、それでも顔を上げてあたしに微笑みかける。
その瞳に遠くの明かりが揺れていた。
「勿論ぼく達も家族ですけれど…本当の家族は、どんなに離れていたって、遠くに居たって…最後は帰り着く場所です。無条件で迎えてくれる大切な場所です。それを忘れないください、マオ」
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