50 / 119
第9章 別れと出会いと古の
5
しおりを挟む―――――――…
翌日の昼ごろ、あたしはアクアマリー号のブリッジに居た。
メンバーは船長のレイズと副船長と航海士、そしてあたしとクオンの5人。
集まったのは目的地についての確認の為だった。
「北の海まで行くのに5日間、目的地の深層の祠まではそこから約3日はかかると推測してる。だがそれ以上かかる可能性もある。目的地までの情報が少ない上に北の海は海の神々が多く出現する場所であるせいか、指針が狂いやすくひどく不安定な場だ。慎重に進む必要もある。それにお前らの“調査”ってのもどれくらいかかるのか分からねぇしな」
「そ、そんなにかかるの?!」
それは予想外な日数だった。
帰ってくるのに半月近く、ヘタしたら一か月かかるかもしれない。
その間に戦争が始まったりしてしまわないだろうか。
「指針に関しては私の魔法と貴石である程度の精度は保てます。なので往復の航路のスピードはもう少し上がると見て頂いて構いません。今一番厄介なのは“妨害”です」
口を出したのはクオンだった。
クオンが意味する“妨害”が誰のことなのかはすぐに想像がついた。
シアのお義兄さん――シエルさん達のことだ。
それに、アールやリュウも居る。
「…一応訊くが、この前のアズールの奴らがまた来るって言いたいのか?」
レイズがクオンを半ば睨むような形で見つめる。
あたしとクオンの目的の裏にはシアが居るけれど、現状レイズ達はそれを知らない。
知らせるべきではないとも判断してる。
国家事情に巻き込むのは危険だからだ。
それを踏まえてレイズがその名前を出したのは、何か思うことがあってだろうと思う。
単純にあたし自身が彼らに狙われているという実情もあるのかもしれないけれど。
「そう認識して頂いて問題ないかと。彼らが狙っているのはマオであり、そしてこの国の“情報”です。場所も場所ですので必ずなんらかの接触はあるとみています」
クオンの熱の無い声が、やけに響く。
北の海はアズールとの国境が近い。
レイズが一層眉間の皺を深くし、口元に手をあてて暫く考え込んだ後ゆっくり顔を上げてクオンを見つめた。
「クオン、お前はマオの師なんだろ? いざとなったらマオを守れるか?」
「優先順位の問題になります」
「弟子の命より王命の方が大事か。流石王国騎士だな」
その言葉にどきりとする。
レイズが言う王命とは単純に国家命令のことだろう。
「現状私の判断では、マオの保全も優先事項だと考えています。マオを失うことはシェルスフィアの貴重な戦力を失うのと同義です。最終的に、相手側に一切情報を与えず、こちらにとって有益な情報を持ち帰る。これが私の最優先事項です。最悪マオ自身を失ってもマオの力をあちらに渡すわけにはいきません」
あくまで冷静に言ったクオンのそれは、きっと本心だろう。
その意味を読み取った周りの面々が僅かに目を瞠りクオンを見つめる。
あたしの事も優先的に守ってくれるけれど、あたしの…というより、トリティアの力がアズールの手に落ちるくらいなら、あたしを殺すということだ。
クオンならシアやこの国の為に本当にやりそうだ。
実際リシュカさんも同じような判断をする人だったし。
ふと、“それ”はおそらくリシュカさんの密命なのではと思った。
一番に口を開いたのは、やはりレイズだ。
「…マオも戦線に送るのか」
「この国の魔導師の資格を持つ者は駆り出されるでしょう。戦場が海上となった場合、騎士や兵士より戦果を期待できますから」
クオンの答えにレイズは僅かに瞼を伏せる。
満る緊迫感。
誰も言葉を発しない。
「――それがお前の責務だと言うなら、俺たちに口出すべきことは無いし、戦争に関することは尚更お前に言っても仕方ねぇ。だけどな、覚えておけクオン。この船の上に居る以上、仲間の命以上に優先すべきことは無い。これは船のルールだ」
クオンはやはり表情を崩さない。
まるで襲う寸前の獣のような目でレイズに睨まれて尚。
表情を崩すのは周りに居る他の船員ばかりだ。
「善処はします。最初にお約束した通り、この船と船員を守ること…それが私の役目でもありますから」
「ならいい」
吐き捨てるように言ったレイズのその一言で、その場は解散となった。
レイズの想いとクオンの想いは残念ながら別のところにある。
このふたりがぶつかるのは仕方のないことなのかもしれない。
「マオ、後でイリヤを俺のとこに連れてこい」
ブリッジを後にしようとしたところでレイズに声をかけられる。
足を止め頭だけで振り返りながら「イリヤ?」と訊き返す。
「通過儀礼だ。あいつは一応この船のルールを順守する意思はあるようだからな」
「そっか、刺青」
「俺はこの後部屋に篭るから手が空いたらでいい。あいつは海水の扱いには長けてたから船での仕事は忙しそうだしな。今回の船員配備に伴って鍵がかかる部屋も増やした。俺の隣りの部屋をお前らふたりで使え」
言ってレイズは、何かを放って寄越した。
慌てて受け取ったそれは部屋の鍵だった。
レイズの気遣いに感謝する。
いつまでもレイズの部屋を使っているのは流石に申し訳なかったのだ。
「ひとつしか無いから持ち歩くときは調整しろよ」
「わかった、ありがとう」
「間違って俺の部屋来んなよ。来たら襲うからな」
「…! 行かないよバカ!」
言ったレイズは相変わらずあたしを子ども扱いする目で意地悪く笑って見下ろしている。
それに思わず反応してしまうあたしも、やはりまだ子どもなのだろうけれど。
「刺青いれる時はあたしも立ち会うからね! イリヤとふたりきりにはさせないから!」
「本人がイヤがんなきゃ別にいい。おまえよりは触り甲斐がありそうで楽しみだ」
飄々と言うレイズはさっきまでの空気を上手に切り替えて笑っている。
それにほっとしたような気持ちもあったけれど、聞き捨てならないセリフを聞いた気がした。
だけどあたしが何か言うよりはやく、レイズの顔から笑みが消える。
「出航は明日だ。準備は怠るなよ」
至極真面目な顔でそう言ったので、あたしもつられるように表情を引き締めて頷く。
誰ひとり欠けることなく、この場所に戻ってくる。
きっとレイズの最優先事項。
その為にはあたし自身もやるべきことがある。
今のあたしの、“最優先事項”だ。
0
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる