アイより愛し~きみは青の王国より~

藤原いつか

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第9章 別れと出会いと古の

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―――――――…

 翌日の昼ごろ、あたしはアクアマリー号のブリッジに居た。
 メンバーは船長のレイズと副船長と航海士、そしてあたしとクオンの5人。
 集まったのは目的地についての確認の為だった。

「北の海まで行くのに5日間、目的地の深層の祠まではそこから約3日はかかると推測してる。だがそれ以上かかる可能性もある。目的地までの情報が少ない上に北の海は海の神々が多く出現する場所であるせいか、指針が狂いやすくひどく不安定な場だ。慎重に進む必要もある。それにお前らの“調査”ってのもどれくらいかかるのか分からねぇしな」
「そ、そんなにかかるの?!」

 それは予想外な日数だった。
 帰ってくるのに半月近く、ヘタしたら一か月かかるかもしれない。
 その間に戦争が始まったりしてしまわないだろうか。

「指針に関しては私の魔法と貴石である程度の精度は保てます。なので往復の航路のスピードはもう少し上がると見て頂いて構いません。今一番厄介なのは“妨害”です」

 口を出したのはクオンだった。
 クオンが意味する“妨害”が誰のことなのかはすぐに想像がついた。
 シアのお義兄さん――シエルさん達のことだ。
 それに、アールやリュウも居る。

「…一応訊くが、この前のアズールの奴らがまた来るって言いたいのか?」

 レイズがクオンを半ば睨むような形で見つめる。
 あたしとクオンの目的の裏にはシアが居るけれど、現状レイズ達はそれを知らない。
 知らせるべきではないとも判断してる。
 国家事情に巻き込むのは危険だからだ。
 それを踏まえてレイズがその名前を出したのは、何か思うことがあってだろうと思う。
 単純にあたし自身が彼らに狙われているという実情もあるのかもしれないけれど。

「そう認識して頂いて問題ないかと。彼らが狙っているのはマオであり、そしてこの国の“情報”です。場所も場所ですので必ずなんらかの接触はあるとみています」

 クオンの熱の無い声が、やけに響く。
 北の海はアズールとの国境が近い。
 レイズが一層眉間の皺を深くし、口元に手をあてて暫く考え込んだ後ゆっくり顔を上げてクオンを見つめた。

「クオン、お前はマオの師なんだろ? いざとなったらマオを守れるか?」
「優先順位の問題になります」
「弟子の命より王命の方が大事か。流石王国騎士だな」

 その言葉にどきりとする。
 レイズが言う王命とは単純に国家命令のことだろう。

「現状私の判断では、マオの保全も優先事項だと考えています。マオを失うことはシェルスフィアの貴重な戦力を失うのと同義です。最終的に、相手側に一切情報を与えず、こちらにとって有益な情報を持ち帰る。これが私の最優先事項です。最悪マオ自身を失ってもマオの力をあちらに渡すわけにはいきません」

 あくまで冷静に言ったクオンのそれは、きっと本心だろう。
 その意味を読み取った周りの面々が僅かに目を瞠りクオンを見つめる。
 あたしの事も優先的に守ってくれるけれど、あたしの…というより、トリティアの力がアズールの手に落ちるくらいなら、あたしを殺すということだ。
 クオンならシアやこの国の為に本当にやりそうだ。
 実際リシュカさんも同じような判断をする人だったし。
 ふと、“それ”はおそらくリシュカさんの密命なのではと思った。
 一番に口を開いたのは、やはりレイズだ。

「…マオも戦線に送るのか」
「この国の魔導師の資格を持つ者は駆り出されるでしょう。戦場が海上となった場合、騎士や兵士より戦果を期待できますから」

 クオンの答えにレイズは僅かに瞼を伏せる。
 満る緊迫感。
 誰も言葉を発しない。

「――それがお前の責務だと言うなら、俺たちに口出すべきことは無いし、戦争に関することは尚更お前に言っても仕方ねぇ。だけどな、覚えておけクオン。この船の上に居る以上、仲間の命以上に優先すべきことは無い。これは船のルールだ」

 クオンはやはり表情を崩さない。
 まるで襲う寸前の獣のような目でレイズに睨まれて尚。
 表情を崩すのは周りに居る他の船員ばかりだ。

「善処はします。最初にお約束した通り、この船と船員を守ること…それが私の役目でもありますから」
「ならいい」

 吐き捨てるように言ったレイズのその一言で、その場は解散となった。
 レイズの想いとクオンの想いは残念ながら別のところにある。
 このふたりがぶつかるのは仕方のないことなのかもしれない。

「マオ、後でイリヤを俺のとこに連れてこい」

 ブリッジを後にしようとしたところでレイズに声をかけられる。
 足を止め頭だけで振り返りながら「イリヤ?」と訊き返す。

「通過儀礼だ。あいつは一応この船のルールを順守する意思はあるようだからな」
「そっか、刺青」
「俺はこの後部屋に篭るから手が空いたらでいい。あいつは海水の扱いには長けてたから船での仕事は忙しそうだしな。今回の船員配備に伴って鍵がかかる部屋も増やした。俺の隣りの部屋をお前らふたりで使え」

 言ってレイズは、何かを放って寄越した。
 慌てて受け取ったそれは部屋の鍵だった。
 レイズの気遣いに感謝する。
 いつまでもレイズの部屋を使っているのは流石に申し訳なかったのだ。

「ひとつしか無いから持ち歩くときは調整しろよ」
「わかった、ありがとう」
「間違って俺の部屋来んなよ。来たら襲うからな」
「…! 行かないよバカ!」

 言ったレイズは相変わらずあたしを子ども扱いする目で意地悪く笑って見下ろしている。
 それに思わず反応してしまうあたしも、やはりまだ子どもなのだろうけれど。

「刺青いれる時はあたしも立ち会うからね! イリヤとふたりきりにはさせないから!」
「本人がイヤがんなきゃ別にいい。おまえよりは触り甲斐がありそうで楽しみだ」

 飄々と言うレイズはさっきまでの空気を上手に切り替えて笑っている。
 それにほっとしたような気持ちもあったけれど、聞き捨てならないセリフを聞いた気がした。
 だけどあたしが何か言うよりはやく、レイズの顔から笑みが消える。

「出航は明日だ。準備は怠るなよ」

 至極真面目な顔でそう言ったので、あたしもつられるように表情を引き締めて頷く。
 誰ひとり欠けることなく、この場所に戻ってくる。
 きっとレイズの最優先事項。
 その為にはあたし自身もやるべきことがある。
 今のあたしの、“最優先事項”だ。

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