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13. 3秒よりも長いハグで満たして
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「だ~~ッッ!! 納品完了!!」
ベッドに大の字になって、遥二は納期に勝利した喜びを叫んだ。そして泥のように眠り……。
起きたらくしゃみと鼻水が止まらなくなっていた。大の字になったまま、布団もかけずに12時間寝てしまったのだ。
身体がだるい。頭が重くてガンガンと痛む。こんなときに限ってゼリー飲料などの簡単に食べられるものは切らしている。仕事中に全部消費してしまったのだ。風邪薬も家に置いていない。
急ぎの仕事はないはずだ、と仕事用のチャットとメールをチェックする。その間も頭に手を当てて「うう……」とうなり、頭痛に耐える。
よし、今日はもう外に出ない。仕事もしなくてオッケー。寝て治すに限る。
そう決めた遥二は、水しか口にせずベッドにもぐり込んだ。固形のものを食べる気になれなかったのだ。ジュースの類も家に置いていないし、どうしようもなかった。
子どものころ、風邪で学校を休んで、一人の家で天井を眺めていたときの心細さを思い出す。今はあのときと違って、本気を出せばコンビニでなんでも食べたいものを買える。でも仕事から帰ってきて面倒を見てくれる両親はいない。
子どものころと今、どっちが心細いだろうな。そんなことを暇つぶしに考えて、遥二は自分が結構弱っていることに気づいた。
——あ。さみしいかも。
大人になると、風邪のとき甘える相手もなかなか見つからない。
不正会計が報じられたのが月曜日。今日は……水曜日? 木曜日だっけ?
とにかく今、梓は忙しい。
あのプロジェクトがボツになったら梓の会社のスケジュールがすべて狂ってしまう。そのあたりの調整をしたり、その間に別のプロジェクトに助っ人で呼ばれたりしているようなのだ。
——梓に会いたいなあ。すごくさみしい。
熱でぼんやりした頭で、子どものように素直に思う。でも忙しい人を呼び出すわけにはいかない。
……清水さんの退職まで、あと1週間と数日。本当は今週末にもデートを取り付けて、そこでだいぶ進展させなければと思っていたのに。不正会計問題が発生して、遥二の計画も狂ってしまった。
心細い気持ちを持て余して、イラストレーター名義のSNSアカウントに「風邪引いたー」と投稿した。
そしてスマホを放り出し、悪寒に震えて布団をしっかりかき寄せ、遥二は眠りについた。
薄い膜がかかったようにぼんやりと揺れる意識。そこに割り込んでくるけたたましい音。うるさいなあ、と遥二はしっかり目をつむって聞こえないフリをした。
あ、まただ。うるさいうるさい。目をうっすら開けたところで遥二の意識は覚醒した。通話の呼び出し音だ!
完全に焦って、相手も確認せずに通話ボタンを押す。
「はい、中島です」
かさかさに乾いた喉からひび割れた声が出た。
「遥二!? そんなに風邪ひどいの!?」
「梓!?」
「大丈夫? 投稿を見て電話したんだけど。寝てた? 起こした?」
心配そうな梓は遥二を質問攻めにする。その間に遥二は数回空咳をして、普段の声を取り戻した。
「寝てた……けど、今何時? 何曜日?」
「金曜日だよ」
「えっ!?」
丸一日寝てたのか、と焦ったが、よくよくデジタル時計を見てみれば、納品を済ませたのが木曜日。風邪を引いて目覚めたのが金曜日だった。今は19時を過ぎたところ。半日以上寝ていたことになる。
「遥二ごめん、僕が駅前で待たせたから」
「いやいや! おれが梓をハグしたかったの」
「そんな……」
「『ごめんね』じゃなくて『ありがとう』が聞きたい気分」
「遥二……。ありがとう」
通話越しにも伝わってくる、穏やかで幸福な声だった。
「ついでに『好きだよ』も聞きたい気分」
調子に乗って遥二は要求する。
「それは会って言うよ」
「?」
「買い出し行ってくるから、住所教えて」
「えっ! いやいやいや……。忙しいでしょ」
遥二は全力で遠慮した。ブラック企業勤めの経験からすると、こういうのはめちゃくちゃ忙しくなるタイミングだ。自分に構うより、少しでも休んでほしい。
「今日はもう退勤させてもらった」
「でも……」
「今日は僕が『買い出し屋さん』ってことで」
「……分かった」
2人分のくすくす笑いが、遥二の部屋の空気を明るくした。
自分が言い出したテクニックで丸め込まれてしまった。遥二は苦笑して、住所をメッセージで送った。
ベッドに大の字になって、遥二は納期に勝利した喜びを叫んだ。そして泥のように眠り……。
起きたらくしゃみと鼻水が止まらなくなっていた。大の字になったまま、布団もかけずに12時間寝てしまったのだ。
身体がだるい。頭が重くてガンガンと痛む。こんなときに限ってゼリー飲料などの簡単に食べられるものは切らしている。仕事中に全部消費してしまったのだ。風邪薬も家に置いていない。
急ぎの仕事はないはずだ、と仕事用のチャットとメールをチェックする。その間も頭に手を当てて「うう……」とうなり、頭痛に耐える。
よし、今日はもう外に出ない。仕事もしなくてオッケー。寝て治すに限る。
そう決めた遥二は、水しか口にせずベッドにもぐり込んだ。固形のものを食べる気になれなかったのだ。ジュースの類も家に置いていないし、どうしようもなかった。
子どものころ、風邪で学校を休んで、一人の家で天井を眺めていたときの心細さを思い出す。今はあのときと違って、本気を出せばコンビニでなんでも食べたいものを買える。でも仕事から帰ってきて面倒を見てくれる両親はいない。
子どものころと今、どっちが心細いだろうな。そんなことを暇つぶしに考えて、遥二は自分が結構弱っていることに気づいた。
——あ。さみしいかも。
大人になると、風邪のとき甘える相手もなかなか見つからない。
不正会計が報じられたのが月曜日。今日は……水曜日? 木曜日だっけ?
とにかく今、梓は忙しい。
あのプロジェクトがボツになったら梓の会社のスケジュールがすべて狂ってしまう。そのあたりの調整をしたり、その間に別のプロジェクトに助っ人で呼ばれたりしているようなのだ。
——梓に会いたいなあ。すごくさみしい。
熱でぼんやりした頭で、子どものように素直に思う。でも忙しい人を呼び出すわけにはいかない。
……清水さんの退職まで、あと1週間と数日。本当は今週末にもデートを取り付けて、そこでだいぶ進展させなければと思っていたのに。不正会計問題が発生して、遥二の計画も狂ってしまった。
心細い気持ちを持て余して、イラストレーター名義のSNSアカウントに「風邪引いたー」と投稿した。
そしてスマホを放り出し、悪寒に震えて布団をしっかりかき寄せ、遥二は眠りについた。
薄い膜がかかったようにぼんやりと揺れる意識。そこに割り込んでくるけたたましい音。うるさいなあ、と遥二はしっかり目をつむって聞こえないフリをした。
あ、まただ。うるさいうるさい。目をうっすら開けたところで遥二の意識は覚醒した。通話の呼び出し音だ!
完全に焦って、相手も確認せずに通話ボタンを押す。
「はい、中島です」
かさかさに乾いた喉からひび割れた声が出た。
「遥二!? そんなに風邪ひどいの!?」
「梓!?」
「大丈夫? 投稿を見て電話したんだけど。寝てた? 起こした?」
心配そうな梓は遥二を質問攻めにする。その間に遥二は数回空咳をして、普段の声を取り戻した。
「寝てた……けど、今何時? 何曜日?」
「金曜日だよ」
「えっ!?」
丸一日寝てたのか、と焦ったが、よくよくデジタル時計を見てみれば、納品を済ませたのが木曜日。風邪を引いて目覚めたのが金曜日だった。今は19時を過ぎたところ。半日以上寝ていたことになる。
「遥二ごめん、僕が駅前で待たせたから」
「いやいや! おれが梓をハグしたかったの」
「そんな……」
「『ごめんね』じゃなくて『ありがとう』が聞きたい気分」
「遥二……。ありがとう」
通話越しにも伝わってくる、穏やかで幸福な声だった。
「ついでに『好きだよ』も聞きたい気分」
調子に乗って遥二は要求する。
「それは会って言うよ」
「?」
「買い出し行ってくるから、住所教えて」
「えっ! いやいやいや……。忙しいでしょ」
遥二は全力で遠慮した。ブラック企業勤めの経験からすると、こういうのはめちゃくちゃ忙しくなるタイミングだ。自分に構うより、少しでも休んでほしい。
「今日はもう退勤させてもらった」
「でも……」
「今日は僕が『買い出し屋さん』ってことで」
「……分かった」
2人分のくすくす笑いが、遥二の部屋の空気を明るくした。
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