ニアリー・シンメトリー・ハート——お前の手だけだよ……こんなゾクゾクさせられるの……

街田あんぐる

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15. とろ火はずるい……呼ばせてよ

1**

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 遥二にぱっと手を握られた、あの瞬間から梓の胸にはとろとろとした甘い火がうずいている。

 遥二の手は大きくて、ざらざらとしている。カサついているのとも違って、手のシワの一つひとつが深いのだろう。

 ——あの日……。

 あの日、大学の正門前で初めて梓は遥二の手を握った。いや、遥二から握ってくれたのだ。でもそれは気づかいからの行為で、梓の手を確認して、大きな手はぱっと離れていった。感触を味わう余裕なんてなかった。
 でも、遥二の手の大きさとあたたかさと優しさが梓の胸に焼きつくには十分だった。

 ——それだけで、遥二が好きになっちゃった。

 今日の公園デートでは、ずっと手を繋いでいた。甘くとろける火はときどきボッと燃え上がって、「もっと」をねだってしまいたくなった。

 梓の右手は気がつくと遥二の左手をやわやわとなぞってしまう。それにハッと気づいて、顔から火が出るほど恥ずかしくなって普通に握り直して、また気づいたら色っぽい触り方をしている。その繰り返し。

 心の火はとろとろと燃え続け、梓の胸のうち全部を甘く溶かしてしまうくらいだった。じりじりと欲しくなる。「もっと」を言いたくなる。
 なのに遥二は、ずっと何かを考え込んでいる様子だった。

 遥二は変わった。「遥二は考えることをサボってる」と言ったのは梓だ。そこから急に変わった。
 「ハグ屋さん」と称して会いに来てくれた。今までの受け身な遥二だったら、夜のベンチで待ってまで梓に会うなんて、思いつかないだろうに。

 細かい言葉遣いにも、気配りを感じるようになった。何が遥二を変えたんだろう。人ってそんなすぐに変わるだろうか。
 いや。遥二は昔から、本気を出すとすごいやつだった。勇気があって、新しい環境や人に思い切り飛び込んでゆけるのだ。

 梓は大学時代のエピソードを思い出した。梓と遥二が3年生で、書道サークルの執行代の年。急に顧問を見つけなければいけなくなったときのことだ。

 学内サークルは、必ず教員を顧問に置かなければならないという規則があった。先代の顧問が定年退職して、新しい顧問に引き継ぐところまではスムーズだった。
 だが、新しい顧問は急病で休職してしまった。病状からして連絡も取りづらい状況で、梓たちは顧問になってくれる教員を探さなくてはならなくなった。

 そのとき活躍したのが遥二だ。とにかくあらゆる授業の教員に聞いて回り、断られると、書道に興味がありそうな教員はいないかと食い下がったらしい。そして顧問を見つけてきた。書道サークルは存続の危機を免れたのだ。

 今回もきっとそういうことだ。変わろうと思って、その理想像にすぐに飛び込んでいったんだ。遥二は、すごい。

 梓自身の心も少し変わったように感じる。
 遥二に「こんなに尽くしちゃダメなんだよ!」と叫んだとき、梓は恐ろしかった。尽くすことは梓の中で、関係の崩壊とイコールだった。秋山のときがそうだった。

 でも遥二は「今日だけ」と線を引いて、胸で泣かせてくれた。そして梓の看病を受け入れてくれた。
 なんだかちょうどいい。

 クリームパンをうまく割れなかったとき、遥二に大きい方をあげたいと思った。秋山のときは、大きい方をあげるのが当然だった。あげないと嫌われると、常に怯えていた。
 遥二はそうじゃない。ただ、おいしいクリームパンを、多めに食べてほしい人。そして笑顔を見せてほしい、梓の好きな人。
 梓はなんだかとても「大丈夫」な気持ちになってきた。

 告白をしようと思った。
 大切な人だから、遥二の望むシチュエーションで告白したいと思った。梓にとって、遥二との関係はすごく特別で、できるだけのロマンチックを詰め込みたくなってしまったのだ。

 夕方の江の島デート。それってとっても素敵だ。
 なのに、ほんの伝達事項のつもりで清水先輩との旅行を口にしたら、遥二の様子がおかしくなった。上の空で江の島の打ち合わせをして、解散した。

 え……。キスもなし? 僕のドキドキはどうなるの?

 家に帰って手を洗っても、まだ遥二の手の感触を覚えている。
「うう……遥二」
 名前を読んでみる。心がたかぶる。恥ずかしくてたまらない。
 どきどきしながら、ずっと繋いでいた右手を頬に当てた。背中をぞくぞくぞくっと期待が走った。
 ああ。もうだめ。
 どうして「もっと」を言わせてくれなかったの。

 プレゼントにもらったカモミールのハンドクリームを取り出す。少しの罪悪感はあったけど、マッサージだけだから。
 クリームを手で温める。遥二がしてくれたように。それから塗り伸ばす。目を閉じて、遥二の手に触られているんだと想像する。

「は」

 息が漏れた。自分が興奮していることを、認めざるをえなかった。一旦認めてしまったら、もうタガが外れた。脳をじわじわと侵食していた快楽が、制御を外されてあふれ出した。

「遥二。きもちいい」

 名前を呼びながら、指を、手のひらのシワを、水かきを触る。こそこそとくすぐるように触ったり、爪をかりかりと立ててみたり。
 ああ、ここじゃ足りない。
 スラックスのジッパーを下ろして、すでに熱くなっていたものに触れる。

「遥二、遥二、すき、すきだよ」

 名前を呼ぶたびに気持ちが高まる。快楽のことしか考えられなくなって、目に生理的な涙が浮かぶ。荒い息が止まらない。自分が興奮していることに、さらに興奮をかき立てられる。

「あぁっ、遥二、もうだめっ……はぁ」

 虚脱感が強かった。遥二をオカズにしてしまったことの罪悪感。遥二のプレゼントをこんなふうに使ってしまった罪悪感。
 ぼんやりとかすんだ頭で布団にもぐり込む。

 ——遥二にしてほしかった。

 そんなことは言い出せない雰囲気だった。
 遥二は清水先輩に嫉妬しているのだろうか? 確かに僕はゲイだけど、男の友人と旅行くらい行く。まさか遥二は、「男と会うな」なんて束縛をするタイプなのだろうか?
 そうだったら……困るな。

「うう……」

 昂った身体は、まだ刺激を求めている。それに応えてやる気にはなれない。切ない。遥二の心は、通じ合えたと思ったら影に隠れてしまった。

 僕から訊かなきゃ。受け身じゃダメだと叱ったのは、僕なんだから。メッセージを送ってみよう。

『ねえ、実は今日、セックスしたかったな』
『清水先輩のこと、嫉妬してるの? 男と旅行に行くのはダメ?』

 恥ずかしいけれど、できるだけストレートに書いた。それが、大好きな遥二を手放さないためにできる小さな努力だと思ったから。
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