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6. だって、でも、お前が触るから……。
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3時間ほど前。
遥二が打ち合わせに参加してから数日後に、プロジェクトの懇親会が催された。カジュアルなイベントは、30代半ばの社員・清水の乾杯で幕を開けた。清水はさすが、篠原の尊敬するコピーライターだけあって、よどみない口上を述べてグラスを掲げる。
ああいう男がタイプなのかな。絵が描けるおれが好きなんじゃなくて、絵を生み出せるおれの手が好きなだけなのかな。付き合うなら口が達者な清水さんみたいな人がいいのかな。
席順は自由で、だからこそ篠原が清水の隣に座ったことにモヤモヤする。
あ、あの笑顔。おれだけに見せる顔じゃないんだ。清水さんの前でもああやって笑うんだ。
頭の中がぐるぐるする。そんな遥二に隣の席の女性が話しかけてくれる。田中さんという、遥二の数歳上くらいのデザイナーだ。彼女も広告代理店の社員である。
「あの、篠原さんって清水さんと仲いいですよね」
事情を探ろうと、遥二は田中に話を振った。
「ああー! そうですね~。篠原くんが新卒のときから先輩後輩ですからね~」
「清水さんって、ご結婚とかは……」
清水の手に、指輪ははまっていない。プライベートの質問ごめんなさい!と心の中で清水に謝罪しつつ、篠原のことが気になって田中に訊ねてしまった。
「いやいや! あの方は独身貴族ですよ~。いかにも、じゃないですか?」
確かに、ラフな服装が多い懇親会でもスーツでビシッと決めた清水は、男の余裕とモテそうな雰囲気を醸し出している。
「……あの、遊んでるらしいですよ」
田中は声をひそめて、心配そうな目を遥二に向けた。
「あ、へぇ~……」
遥二は田中の意図がよく分からないままあいづちを打ち、それから気づいた。おれが清水さんに好意を持ってると思われてる!?
「いや、そういうんじゃなくて……好奇心で」
「あ! すみません、とんだおせっかいを」
お互い恐縮してぺこぺこし合う。そこからなんとか会話を立て直し、話題はほかのメンバーの趣味などに移った。
加藤さんは美容オタク。あっちの佐藤さんはフットサルのチームに入ってる。こんなふうに田中が社員を紹介してくれる。
遥二はテキトーにあいづちを打ちながら、清水の手を遠くから眺めた。少し日に焼けた、厚みのある男の手。
……篠原が清水にも手フェチを発動したらどうしよう。篠原が清水に遊ばれて捨てられたらどうしよう……!!
やっぱりおれが篠原のハートを射止めないと。遥二は強く心に誓った。
宴会も中盤のころ。遥二は視界の隅で篠原を追いながらも、ほかのメンバーとの会話を楽しんでいた。
そこにやってきたのは、遥二と同じく社外から参加しているWebデザイナー。アルコールで顔を赤く染めて、陽気な口調で遥二に話しかけた。
「錫色先生、モテるでしょ~」
「え? いやいや……」
咄嗟に否定したが、遥二はモテる。コントラストのはっきりした、印象的なツリ目。クール系の顔立ちと179センチという長身で、シンプルなファッションがサマになる、まるでモデルのような存在感がある。ただし比較的女性にモテるのが嬉しくない。遥二はゲイなのだが。
Webデザイナーのセクハラまがいの質問に、内心では眉をひそめる。女性陣にこのオッサンが絡まないように、おれが適当に相手をしておくか……。
そう心の内でため息をついて、しばらくオッサンとモテるモテないの押し問答をした。上機嫌なWebデザイナーはしばらくすると遥二に飽きたのか、離れていった。
遥二はホッと、ダルい顔で息をついたのだが、その男が篠原の方へ向かったので顔をしかめた。軽い社交辞令の雑談のあと、恋バナ大好きな40代男性は、今度は篠原に目をつけた。
「篠原さんは? イイ人いないのー?」
「いや~。なかなか」
社交スマイルで篠原はソツなく答える。遥二はもっと無愛想に応対してしまったのだが。遥二は少し自分を顧みて反省した。
「堅実そうなのにー。どういう人がタイプとか」
「……自分で自分の面倒を見られる人ですね」
篠原の社交スマイルに、ピキッとヒビが入ったように見えた。周囲が慌てて篠原を会話から引き剥がす。
「篠原くん、ちょっとペース落としたら?」
「酔ってないです。次何飲みます? 僕注文するんで」
「いやいや……」
そういえば、篠原は若干酒癖が悪いんだった。酔ってるくせに「酔ってない」と言い張って飲み続ける。さすがに大学のころからセーブを覚えて、泥酔まではいかないのが常だったが。
篠原の表情が一瞬、ピリッと凍りついたのが目に焼きついている。
「『自分で自分の面倒を見られる人』がタイプ」
そう言ったとき、篠原の心の頑なな部分がチラリと覗いた気がした。
もしかして、おれって、自分で自分の面倒を見られないと思われてる? だから篠原はおれと付き合ってくれないの?
でも、どうして? いつ、そう判断されたの? おれが大学時代にやらかしたの? それとも再会した日の夜……?
分からない。でも篠原はすごく痛そうな顔をしてた。きっと「自分で自分の面倒を『見られない』」人との恋愛があったんだ。
それが篠原の心にグッサリ刺さって、それだからまだ篠原はあんな顔をして、アルコールでごまかそうとする。
おれが繰り返しちゃダメだ。ちゃんと順番通りにやろう。おれが篠原に何をやらかしたのか聞こう。そして謝ろう。それから、改めて好意を伝えて、デートをして、それから篠原とまたイイことを……。
そんな「順番通り」の決意も、酒の入った頭では長続きしなかった。
遥二が打ち合わせに参加してから数日後に、プロジェクトの懇親会が催された。カジュアルなイベントは、30代半ばの社員・清水の乾杯で幕を開けた。清水はさすが、篠原の尊敬するコピーライターだけあって、よどみない口上を述べてグラスを掲げる。
ああいう男がタイプなのかな。絵が描けるおれが好きなんじゃなくて、絵を生み出せるおれの手が好きなだけなのかな。付き合うなら口が達者な清水さんみたいな人がいいのかな。
席順は自由で、だからこそ篠原が清水の隣に座ったことにモヤモヤする。
あ、あの笑顔。おれだけに見せる顔じゃないんだ。清水さんの前でもああやって笑うんだ。
頭の中がぐるぐるする。そんな遥二に隣の席の女性が話しかけてくれる。田中さんという、遥二の数歳上くらいのデザイナーだ。彼女も広告代理店の社員である。
「あの、篠原さんって清水さんと仲いいですよね」
事情を探ろうと、遥二は田中に話を振った。
「ああー! そうですね~。篠原くんが新卒のときから先輩後輩ですからね~」
「清水さんって、ご結婚とかは……」
清水の手に、指輪ははまっていない。プライベートの質問ごめんなさい!と心の中で清水に謝罪しつつ、篠原のことが気になって田中に訊ねてしまった。
「いやいや! あの方は独身貴族ですよ~。いかにも、じゃないですか?」
確かに、ラフな服装が多い懇親会でもスーツでビシッと決めた清水は、男の余裕とモテそうな雰囲気を醸し出している。
「……あの、遊んでるらしいですよ」
田中は声をひそめて、心配そうな目を遥二に向けた。
「あ、へぇ~……」
遥二は田中の意図がよく分からないままあいづちを打ち、それから気づいた。おれが清水さんに好意を持ってると思われてる!?
「いや、そういうんじゃなくて……好奇心で」
「あ! すみません、とんだおせっかいを」
お互い恐縮してぺこぺこし合う。そこからなんとか会話を立て直し、話題はほかのメンバーの趣味などに移った。
加藤さんは美容オタク。あっちの佐藤さんはフットサルのチームに入ってる。こんなふうに田中が社員を紹介してくれる。
遥二はテキトーにあいづちを打ちながら、清水の手を遠くから眺めた。少し日に焼けた、厚みのある男の手。
……篠原が清水にも手フェチを発動したらどうしよう。篠原が清水に遊ばれて捨てられたらどうしよう……!!
やっぱりおれが篠原のハートを射止めないと。遥二は強く心に誓った。
宴会も中盤のころ。遥二は視界の隅で篠原を追いながらも、ほかのメンバーとの会話を楽しんでいた。
そこにやってきたのは、遥二と同じく社外から参加しているWebデザイナー。アルコールで顔を赤く染めて、陽気な口調で遥二に話しかけた。
「錫色先生、モテるでしょ~」
「え? いやいや……」
咄嗟に否定したが、遥二はモテる。コントラストのはっきりした、印象的なツリ目。クール系の顔立ちと179センチという長身で、シンプルなファッションがサマになる、まるでモデルのような存在感がある。ただし比較的女性にモテるのが嬉しくない。遥二はゲイなのだが。
Webデザイナーのセクハラまがいの質問に、内心では眉をひそめる。女性陣にこのオッサンが絡まないように、おれが適当に相手をしておくか……。
そう心の内でため息をついて、しばらくオッサンとモテるモテないの押し問答をした。上機嫌なWebデザイナーはしばらくすると遥二に飽きたのか、離れていった。
遥二はホッと、ダルい顔で息をついたのだが、その男が篠原の方へ向かったので顔をしかめた。軽い社交辞令の雑談のあと、恋バナ大好きな40代男性は、今度は篠原に目をつけた。
「篠原さんは? イイ人いないのー?」
「いや~。なかなか」
社交スマイルで篠原はソツなく答える。遥二はもっと無愛想に応対してしまったのだが。遥二は少し自分を顧みて反省した。
「堅実そうなのにー。どういう人がタイプとか」
「……自分で自分の面倒を見られる人ですね」
篠原の社交スマイルに、ピキッとヒビが入ったように見えた。周囲が慌てて篠原を会話から引き剥がす。
「篠原くん、ちょっとペース落としたら?」
「酔ってないです。次何飲みます? 僕注文するんで」
「いやいや……」
そういえば、篠原は若干酒癖が悪いんだった。酔ってるくせに「酔ってない」と言い張って飲み続ける。さすがに大学のころからセーブを覚えて、泥酔まではいかないのが常だったが。
篠原の表情が一瞬、ピリッと凍りついたのが目に焼きついている。
「『自分で自分の面倒を見られる人』がタイプ」
そう言ったとき、篠原の心の頑なな部分がチラリと覗いた気がした。
もしかして、おれって、自分で自分の面倒を見られないと思われてる? だから篠原はおれと付き合ってくれないの?
でも、どうして? いつ、そう判断されたの? おれが大学時代にやらかしたの? それとも再会した日の夜……?
分からない。でも篠原はすごく痛そうな顔をしてた。きっと「自分で自分の面倒を『見られない』」人との恋愛があったんだ。
それが篠原の心にグッサリ刺さって、それだからまだ篠原はあんな顔をして、アルコールでごまかそうとする。
おれが繰り返しちゃダメだ。ちゃんと順番通りにやろう。おれが篠原に何をやらかしたのか聞こう。そして謝ろう。それから、改めて好意を伝えて、デートをして、それから篠原とまたイイことを……。
そんな「順番通り」の決意も、酒の入った頭では長続きしなかった。
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