振り向いてよ、僕のきら星

街田あんぐる

文字の大きさ
50 / 99
第18話 愛と憎

1

しおりを挟む
 空港まで見送りに行くなんてしなかった。「おめでとう。いってらっしゃい」と心から言える自信が少しもなかったから。衣真くんは夏が終わりかけた今日から1年間、フランスに留学する。
 3年生の6月に正式に留学が決まったと言われて僕は、衣真くんから心を離しておこうとしている。
 残暑の中を大学まで歩いて、しんとした一角にある遺跡みたいな建物の2階へ上がる。カウンセリング・ルームのデスクには植物が置いてある。土の表面は化粧石である。僕は4ヶ月ここへ通う間に、この植物が本物なのかフェイクグリーンなのかを考えてきたが、どうもフェイクグリーンな気がしてきた。
 カウンセラーに「衣真くんから心を離すように」と言われてからそう努めているのだ。僕は3年生になってからゼミに出席するのが難しくなって家に引きこもりがちで、心配した教員が大学のカウンセリング・ルームを紹介してくれたので通ってみている。衣真くんとの事情を他人に打ち明けるのは初めてで、言葉にしてみると自分がどれほど衣真くんに執着していて、衣真くんがどれほど自分の考えに固執しているかがよく分かった。
 衣真くんと距離を置くのは苦しかった。キャンパス内に花が咲いていると衣真くんに見せてあげたくなって、それからああ衣真くんから離れるんだ、と思う。最初のうちは写真を撮って送りたい気持ちがあったけど、カウンセラーに心を離すように言われたのを思い出して送らずにおく。そのうち花の写真なんて送らない方が自然に思えてきた。
 このまま衣真くんと、代え難い友人として信じ合っていられたら、それが一番いいのかもしれない。カウンセラーにそう言うと「心をケアしてあげてくださいね」と言われる。前に僕が同じことを衣真くんに言ったのを思い出す。衣真くんが自分の心に嘘をついて心を傷つけていたときに言ったのだ。僕は自分の心に嘘をついているから、カウンセラーはそう言うんだろうか。僕はようやく「代え難い友人」という正解にたどり着いて、ひと息つこうというところなのに。
 僕は衣真くんのようにはなれないし、衣真くんも僕みたいに平凡な人間にはなれない。半分星のまま「善」を信じて生きている。僕たち2人が変わらないままよい関係を築いていくには、恋人という関係は距離が近すぎる。衣真くんは最初から正しかったんだと思う。
 衣真くんのSNSもミュートした。衣真くんが僕のいない一年をおもしろおかしく過ごしている様子なんて知りたくなかったから。カウンセラーに報告したら「いいことだと思います」と言われた。
 でも僕と衣真くんは別のSNSでもつながっていて、家に帰って普段見ない方を開いたら、いつもの癖で口をキュッと結んだ笑顔の衣真くんの隣でインド系のイケメンが笑っていた。投稿には書いていないけれど、2人は恋人なんだろうと思った。そのとき僕の心はぶわっと沸き立って、カウンセリング・ルームで少しずつ積み上げた冷静な気持ちは霧散して、スマホをベッドに叩きつけた。
「好きだ」
 浅く息をつかないと死にそうだった。
「すきだ」
 ばくばくと打つ心臓から押し出された血液がその勢いのまま涙になったみたいに大粒の涙がとめどなくこぼれた。
「す、き、……だ……!」
 膝を打つ勢いで床に崩れ落ちて、ベッドに顔を埋めた。白いシーツに涙が染み込んでいく。ここで衣真くんとふたり抱き合えたらどんなにすてきだろうと思う。でも衣真くんと抱き合っていいのは僕じゃない。資格がない。
 泣きに泣いたので息をつく暇がなくて死ぬかと思った。酸素が入ってこなくてえずいてしまって、トイレに駆け込んで吐いた。このまま泣きすぎて窒息して死ぬんだと思う。衣真くんの恋のために死ねるならそれでいい。あの崇高なひとに僕の命を捧げて死ねるのが嬉しかった。
 でもだんだんしゃくり上げるのが落ち着いて、僕はただ泣きすぎて吐いただけだった。酸欠の頭で「す・き・だ」という3文字が永遠に吐き出されるレシートみたいにぐるぐる回っていた。
 カウンセラーにあったことをそのまま話して、衣真くんへの恋は殺しようがないのだと説明した。一度もカウンセラーの顔を見なかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

双葉の恋 -crossroads of fate-

真田晃
BL
バイト先である、小さな喫茶店。 いつもの席でいつもの珈琲を注文する営業マンの彼に、僕は淡い想いを寄せていた。 しかし、恋人に酷い捨てられ方をされた過去があり、その傷が未だ癒えずにいる。 営業マンの彼、誠のと距離が縮まる中、僕を捨てた元彼、悠と突然の再会。 僕を捨てた筈なのに。変わらぬ態度と初めて見る殆さに、無下に突き放す事が出来ずにいた。 誠との関係が進展していく中、悠と過ごす内に次第に明らかになっていくあの日の『真実』。 それは余りに残酷な運命で、僕の想像を遥かに越えるものだった── ※これは、フィクションです。 想像で描かれたものであり、現実とは異なります。 ** 旧概要 バイト先の喫茶店にいつも来る スーツ姿の気になる彼。 僕をこの道に引き込んでおきながら 結婚してしまった元彼。 その間で悪戯に揺れ動く、僕の運命のお話。 僕たちの行く末は、なんと、お題次第!? (お題次第で話が進みますので、詳細に書けなかったり、飛んだり、やきもきする所があるかと思います…ご了承を) *ブログにて、キャライメージ画を載せております。(メーカーで作成) もしご興味がありましたら、見てやって下さい。 あるアプリでお題小説チャレンジをしています 毎日チームリーダーが3つのお題を出し、それを全て使ってSSを作ります その中で生まれたお話 何だか勿体ないので上げる事にしました 見切り発車で始まった為、どうなるか作者もわかりません… 毎日更新出来るように頑張ります! 注:タイトルにあるのがお題です

夢の続きの話をしよう

木原あざみ
BL
歯止めのきかなくなる前に離れようと思った。 隣になんていたくないと思った。 ** サッカー選手×大学生。すれ違い過多の両方向片思いなお話です。他サイトにて完結済みの作品を転載しています。本編総文字数25万字強。 表紙は同人誌にした際に木久劇美和さまに描いていただいたものを使用しています(※こちらに載せている本文は同人誌用に改稿する前のものになります)。

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

箱入りオメガの受難

おもちDX
BL
社会人の瑠璃は突然の発情期を知らないアルファの男と過ごしてしまう。記憶にないが瑠璃は大学生の地味系男子、琥珀と致してしまったらしい。 元の生活に戻ろうとするも、琥珀はストーカーのように付きまといだし、なぜか瑠璃はだんだん絆されていってしまう。 ある日瑠璃は、発情期を見知らぬイケメンと過ごす夢を見て混乱に陥る。これはあの日の記憶?知らない相手は誰? 不器用なアルファとオメガのドタバタ勘違いラブストーリー。 現代オメガバース ※R要素は限りなく薄いです。 この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。ありがたいことに、グローバルコミック賞をいただきました。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

【R18+BL】sweet poison ~愛という毒に身を侵されて……~

hosimure
BL
「オレは…死にたくなかったんだよ。羽月」 主人公の茜(あかね)陽一(よういち)は、かつて恋人の智弥(ともや)羽月(はづき)に無理心中を強制させられた過去を持っていた。 恋人を失った五年間を過ごしていたが、ある日、働いている会社に一つの取り引きが持ちかけられる。 仕事をする為に、陽一は単身で相手の会社へ向かった。 するとそこにいたのは、五年前に亡くなったと聞かされた、最愛で最悪の恋人・羽月だった。

そうだ課長、俺と結婚してください

藤吉めぐみ
BL
運命の番を信じるアルファ×運命なんか信じないアルファスペックのオメガ 社内、社外問わずモテるアルファの匡史は、一見遊んでいるように見えるが、運命の番を信じ、その相手に自分を見つけて欲しいという理由から、目立つように心がけ、色々な出会いの場にも顔を出している。 そんな匡史の働く職場に課長として赴任してきた池上。彼もアルファで、匡史よりもスペックが高いとすぐに噂になり、自分の存在が霞むことに不安を覚える匡史。 気に入らないという理由で池上に近づくが、なぜか池上から香りを感じて惹かれてしまい―― 運命の番を信じるアルファと運命なんか信じないアルファ嫌いのオメガのオフィスラブです。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

【完結】いつだって二人きりがよかった

ひなごとり
BL
高校二年生の未雲(みくも)は、あることがきっかけで転校生の柊明(しゅうめい)と出会い行動を共にするようになる。夏休みの間は観光と称して二人で会っていたが、美形で愛想も良く成績優秀な柊明とは新学期が始まれば自ずと関係も薄くなるだろうと未雲は考えていた。 しかし、学校が始まってどれだけの生徒に話しかけられようと柊明は未雲を優先した。 いつか終わりが来るものだと自分に言い聞かせても、未雲はどんどん彼との関わりにのめり込んでいき、ついには後戻りできないところまで落ちていく。 同級生だった二人が互いに依存、執着してすれ違って、間違えたり葛藤したりしながらも時間をかけて成長していく話。 高校生編と大学生編があります。 完結しました! ※2025.10.28 改稿 ◇ ◇ ◇ ◇ お気に入りなど反応ありがとうございます。感想もいただけると嬉しいです! もしよろしければX(旧Twitter)のフォローお願いします!→@Mi144_kaf

処理中です...