振り向いてよ、僕のきら星

街田あんぐる

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第19話 ナイン・ナイン

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『理系広場で薔薇の花束を渡されるのは嫌ですか?』
 修士1年生になった僕が研究室でうだうだしていたときに衣真くんからメッセージが届き、僕は急にしゃっきりした。衣真くんの恋人がゴネてなかなか別れられないらしく半年が経ったけれど、ついに僕に薔薇の花束を持ってきてくれるのだ。衣真くんがくれる薔薇なら場所なんて本当にどうでもいい。サプライズでもよかったけど、僕が嫌かもしれないと思って確認を取ってくれるところも好きだ。『全然嫌じゃないよ』と返信して、時間を打ち合わせた。
 そして晩夏の夕方、まだ大学は夏休みで学生はまばら、犬の散歩をしている人の方が多いくらい。理系エリアには建物に囲まれた芝生広場があって、衣真くんはいくつもある銅像のひとつの下で待っていた。薔薇の花束を抱えて。
「早暉くん!」
 僕の方へかわいいひとが走ってきてくれる図なんてあまりにすてきでくらくらする。とってもかわいい。衣真くんが声を上げたので周りの人が衣真くんの方を見て、腕の中の薔薇に気づいて注目し始める。そんなことはどうでもよくて、衣真くんは僕のもとへ駆けつけて花束を捧げるように持つ。夏の名残の光線が花びらの一枚一枚を透かして、飴細工みたいに綺麗だ。
「『薔薇の花束を持ってくる』って言ったの、覚えてる?」
「伊豆の旅館で喧嘩したとき」
「覚えててくれたの!」
 衣真くんは泣きそうな顔で笑うけど、僕の方が泣きたいくらいなんだ。
「時間がかかってごめんなさい。僕とお付き合い、してくれませんか」
「ずっとずっとしたかったよ!!」
 4年分の愛とたっぷりの憎しみが、終わらないコードみたいにスクロールして止まらない。端々に衣真くんの笑顔が書き込まれていて、そのたびにスクリーンは僕のときめきの鼓動に合わせてちかっと光る。テキストエディタに星が流れて、どんどん増えて流星群になる。愛もたっぷりの憎しみもかき消すくらいの炎の流星が画面を埋め尽くして、僕の心臓も燃えている。
 流星の熱が目の奥に宿ったみたいに熱くて、僕はひと粒涙をこぼした。衣真くんが手を伸ばして指でそのひと粒をすくってくれる。綺麗で愛の深い、星のようなひと。やっとその愛を躊躇わず僕に向けてくれたね。
 ああ、僕は衣真くんが嫌いで嫌いで、一生引きずるくらい大好きだ。
「衣真くん。ありがとう」
「ありがとう、早暉くん」
 僕は花束を受け取って、片腕で衣真くんを抱きしめた。衣真くんの身体は見かけによらず胸郭がしっかりしている。好きなひとの「知らない」がひとつ「知ってる」に更新されただけで胸がいっぱいになる。
 キスしていいかな、と思っていたのに、柴犬を連れた女性が僕たちに拍手してくれて周囲の人たちがつられてぱらぱらと拍手を始めたのでさすがに無理だった。
 僕は片腕に薔薇、片手に衣真くんの手を握って——衣真くんの手はやわらかく厚くて、またひとつ「知らない」が「知ってる」に更新される——逃げ出した。
「ねえ、花瓶は持ってるの?」
「持ってないな。どこで買うんだろう」
「商店街へ行こう。焼き物屋さんか古道具屋さんにあるよ」
「いいね。初デートにぴったりだね」
「うん」
 僕はわざと「デート」なんて言って、衣真くんは分かりやすく赤くなって口をキュッと結んだので、僕は衣真くんがかわいすぎて頭がおかしくなりそうだった。
 僕たちは賑やかな商店街で、白くて下は丸くて途中からゆったりとくびれる花瓶を買った。
 家に帰って花瓶に活けるときに、薔薇は9輪なのだと分かる。どうして9輪にしたんだろう。花束としてバランスがいいから? 予算の都合? 9って縁起が悪くないか? などと思って「薔薇 9輪」で検索して、僕は自分の無知を恥じた。薔薇は本数ごとに花言葉が違うのだそうだ。そして9輪の薔薇は「いつまでも一緒にいたい」。
 僕は衣真くんの想いに胸をかれて、心臓の上に手を当てた。衣真くんは、もう「100パーセント別れる」なんて投げやりに思ってはいないのだと分かる。別れる確度は99パーセントかもしれない。98パーセントかもしれない。でも2パーセントでも1パーセントでも、少しだけ僕を信頼して心を預けてくれたからには、絶対に「やっぱり100パーセントだった」とは言わせないと誓うよ。


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