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第35話 愛という軸
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——こんな悩み、僕ひとりで抱えていればそのうち消えてなくなる。
そう思うのだけれど、どうしても衣真くんの笑顔が恋しい。目の奥に宿った星を見せてほしい。自分の最寄駅を乗り過ごして、衣真くんのおうちの最寄駅で降りた。通話ボタンを押して待つ。
「早暉くん? どうしたの?」
衣真くんの心配そうな声が聞こえてくる。衣真くんの優しい心根は少しも変わっていない。それだけで僕は安心で息をつく。
「心配ごとができて、衣真くんのおうちの最寄駅にいるんだ。公園で話せないかな」
「いいよ! すぐに行くね」
「ほんと? 急にごめんなさい」
「早暉くんが僕に心配ごとを伝えてくれるのは、僕たちの関係にとって非常に大切なことだよ。待ってて」
衣真くんが通話を切り、僕はシャッターを閉めたたい焼き屋の前を通り過ぎて公園のベンチに座って待った。酔って火照った頬に三月の夜風は少し冷たい。トレンチコートのボタンを閉めて、ポケットに手を入れて待っていた。
とっとっと軽い足音がして、衣真くんが駆け足でやってくる。
「お待たせ!」
「ありがとう」
僕は立ち上がって、駆け出して衣真くんを抱きしめた。
「ほら、冷えてる。頬もこんなに冷えてる……」
衣真くんがあたたかい手を僕の頬に当てたので、僕はこんなときなのに嬉しくてどきどきした。
「お白湯とあったかい緑茶とどっちがいい?」
衣真くんはポケットから三五〇ミリリットルのペットボトルを二本出して、僕の両手に押し付ける。
「……緑茶もらおうかな。衣真くんは優しいね」
「冷えひえになって待ってるだろうなと思ったの!」
衣真くんは緑茶を僕に握らせてベンチに座る。
「それで? お悩みごとは?」
「えーと……。衣真くんはびっくりするくらい優しいね。少しも変わってない。愛をたくさん分け与えられるひとだ」
「ありがとう。それが心配?」
「ううん。僕は衣真くんを、自分に都合のいいようにねじ曲げているんじゃないかって思ったんだ。僕のために生き方を変えてもらって、僕の好きな服を贈ったら着てくれて、ほかにも僕のために変えてくれたところがあるんじゃない?」
「そんなことないよ。確かに僕は変わりたいと思って、いま一生懸命実践しているけれど、それは早暉くんと一緒にいるためだよ。だから根底では僕は何も変わってない。さっき言ってくれたように、僕は早暉くんに愛を分け与えたいから変わりたいと思った。つまり、僕の『愛』という軸は少しもブレてない」
「うん。衣真くんの声を聞いた途端に、そうかもしれないと分かった」
「なーんだ。僕に会いたかっただけか」
衣真くんがニコニコ言うから、僕はベンチの上で衣真くんにぴったりくっついた。
「衣真くんの口から聞きたかった。ありがとう」
「僕は自分が変わっていくのが分かって怖いけれども、同時に自分が少しも変わっていないのが分かるから早暉くんのそばにいられるんだよ」
「よかった。愛してる」
「うん。今までの誰も『衣真くんも変わってよ』なんて言ってくれなかった。僕が金科玉条を振りかざすと感情的に怒るか逃げ出すかのどっちかだった。早暉くんは違う。僕が自分の芯を失わないままで、少しずつ変わることを教えてくれる」
「そっか」
僕たちは見つめ合って、僕が衣真くんの額にキスをした。たくさんのうつくしい思考が詰まって、都会の夜景のように休むことなく煌めく衣真くんの脳に敬意を表して。
「ちょっと早いけど、お誕生日プレゼントを渡していいかな。今日受け取ってきたんだ」
「え! もちろんいいよ! ありがとう!」
僕はプレゼント用の紙袋にブレザーを包み直して衣真くんに渡した。
「お誕生日おめでとう、衣真くん」
「ありがとう。中を見ていい?」
「もちろん」
「ジャケットだ! ボタンがかっこいい。似合うかな?」
「衣真くんは清潔で知的だからとても似合うよ」
「そっか~。自分では選ばないから、嬉しいな」
「嬉しい?」
「うん」
「僕の好きなように着せ替えられてるとか思わない?」
「思わないよ! 早暉くんはいつも僕の思いつかない素敵なものをくれる」
「ならいいんだ」
僕は安心して、衣真くんを抱きしめた。
「早暉くん。僕が愛のひとでもなくなったら、人に分け与える愛すらも失ったら、そのときは叱ってね」
衣真くんは僕の腕の中で、僕の胸に身体を預けて言う。
「うん。約束するよ」
「早暉くんと一緒だから、表層的には変わっても根底は変わらずにいられる。早暉くんがそこを愛してくれているって分かるから」
「そうだね。衣真くんは本当に賢いね」
衣真くんが持ってきてくれたあたたかい飲み物を飲み終わるまで、少しだけ公園で話していた。
そう思うのだけれど、どうしても衣真くんの笑顔が恋しい。目の奥に宿った星を見せてほしい。自分の最寄駅を乗り過ごして、衣真くんのおうちの最寄駅で降りた。通話ボタンを押して待つ。
「早暉くん? どうしたの?」
衣真くんの心配そうな声が聞こえてくる。衣真くんの優しい心根は少しも変わっていない。それだけで僕は安心で息をつく。
「心配ごとができて、衣真くんのおうちの最寄駅にいるんだ。公園で話せないかな」
「いいよ! すぐに行くね」
「ほんと? 急にごめんなさい」
「早暉くんが僕に心配ごとを伝えてくれるのは、僕たちの関係にとって非常に大切なことだよ。待ってて」
衣真くんが通話を切り、僕はシャッターを閉めたたい焼き屋の前を通り過ぎて公園のベンチに座って待った。酔って火照った頬に三月の夜風は少し冷たい。トレンチコートのボタンを閉めて、ポケットに手を入れて待っていた。
とっとっと軽い足音がして、衣真くんが駆け足でやってくる。
「お待たせ!」
「ありがとう」
僕は立ち上がって、駆け出して衣真くんを抱きしめた。
「ほら、冷えてる。頬もこんなに冷えてる……」
衣真くんがあたたかい手を僕の頬に当てたので、僕はこんなときなのに嬉しくてどきどきした。
「お白湯とあったかい緑茶とどっちがいい?」
衣真くんはポケットから三五〇ミリリットルのペットボトルを二本出して、僕の両手に押し付ける。
「……緑茶もらおうかな。衣真くんは優しいね」
「冷えひえになって待ってるだろうなと思ったの!」
衣真くんは緑茶を僕に握らせてベンチに座る。
「それで? お悩みごとは?」
「えーと……。衣真くんはびっくりするくらい優しいね。少しも変わってない。愛をたくさん分け与えられるひとだ」
「ありがとう。それが心配?」
「ううん。僕は衣真くんを、自分に都合のいいようにねじ曲げているんじゃないかって思ったんだ。僕のために生き方を変えてもらって、僕の好きな服を贈ったら着てくれて、ほかにも僕のために変えてくれたところがあるんじゃない?」
「そんなことないよ。確かに僕は変わりたいと思って、いま一生懸命実践しているけれど、それは早暉くんと一緒にいるためだよ。だから根底では僕は何も変わってない。さっき言ってくれたように、僕は早暉くんに愛を分け与えたいから変わりたいと思った。つまり、僕の『愛』という軸は少しもブレてない」
「うん。衣真くんの声を聞いた途端に、そうかもしれないと分かった」
「なーんだ。僕に会いたかっただけか」
衣真くんがニコニコ言うから、僕はベンチの上で衣真くんにぴったりくっついた。
「衣真くんの口から聞きたかった。ありがとう」
「僕は自分が変わっていくのが分かって怖いけれども、同時に自分が少しも変わっていないのが分かるから早暉くんのそばにいられるんだよ」
「よかった。愛してる」
「うん。今までの誰も『衣真くんも変わってよ』なんて言ってくれなかった。僕が金科玉条を振りかざすと感情的に怒るか逃げ出すかのどっちかだった。早暉くんは違う。僕が自分の芯を失わないままで、少しずつ変わることを教えてくれる」
「そっか」
僕たちは見つめ合って、僕が衣真くんの額にキスをした。たくさんのうつくしい思考が詰まって、都会の夜景のように休むことなく煌めく衣真くんの脳に敬意を表して。
「ちょっと早いけど、お誕生日プレゼントを渡していいかな。今日受け取ってきたんだ」
「え! もちろんいいよ! ありがとう!」
僕はプレゼント用の紙袋にブレザーを包み直して衣真くんに渡した。
「お誕生日おめでとう、衣真くん」
「ありがとう。中を見ていい?」
「もちろん」
「ジャケットだ! ボタンがかっこいい。似合うかな?」
「衣真くんは清潔で知的だからとても似合うよ」
「そっか~。自分では選ばないから、嬉しいな」
「嬉しい?」
「うん」
「僕の好きなように着せ替えられてるとか思わない?」
「思わないよ! 早暉くんはいつも僕の思いつかない素敵なものをくれる」
「ならいいんだ」
僕は安心して、衣真くんを抱きしめた。
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「うん。約束するよ」
「早暉くんと一緒だから、表層的には変わっても根底は変わらずにいられる。早暉くんがそこを愛してくれているって分かるから」
「そうだね。衣真くんは本当に賢いね」
衣真くんが持ってきてくれたあたたかい飲み物を飲み終わるまで、少しだけ公園で話していた。
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