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第3話 こころの深いひと
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「ね、おしゃれな伊藤くんに、お願いをしても構わない?」
衣真くんは僕をうかがう目つきで見た。衣真くんのお願いなんて、なんでも聞いてあげるのに。
僕は改めて衣真くんの顔立ちを見た。目はどちらかと言うと小ぶりでくりっとしている。鼻は丸っこく、ちょんと顔についている。小さめな口から覗く前歯は、少し高さがずれている。
そして、目の奥に知性を宿し、深い深い心を持ち、まつ毛の先にちかちかが光る。
衣真くんは、綺麗だなあ。
「……伊藤くん?」
考え込んでしまって、心配そうな衣真くんに顔を覗き込まれる。
「あ、ごめん! お願いならなんでも言って」
「ほんと! あのね、服を選んでほしい」
「もちろん!」
僕ははしゃいで答えた。僕はファッションがどうしようもなく好きだ。母がアパレル業界に勤めていて、幼い頃からあれやこれやと着せ替えられてきたものだから。人に服を見立てるなんて、楽しくて仕方ないのだ。
綺麗な衣真くんなら、なおさらに。
「衣真くんはいつもどこで服を買うの? 一緒に買いに行こうよ」
そう言いながら、今度は衣真くんの全身を眺める。今日はポロシャツに濃いインディゴのストレートデニム。クラシックなスニーカーを履いている。
いつも衣真くんはこんな感じだ。襟付きのトップスに、ストレートなデニムかスラックス。足元は革のスニーカー。クラシックなスタイルが好きなように見えて、どことなく着こなしが甘いのが気になっていた。
「いつもはね……あのね、大学生にもなって恥ずかしいんだけど、高校時代に両親に買ってもらった服を着てるの」
衣真くんは照れ笑いして肩をすくめた。納得感のある説明だった。
「別に恥ずかしくないよ。一年生の5月だし。だいたいは高校で買ってもらった服でなんとかしてるんでしょ。僕もそういう服の方が多いよ」
「そうなんだ……でも、ぼくの格好、変じゃないかな」
微妙な表情をする衣真くんは、自分の魅力は外見じゃなくて中身だってことに気づいてないのかなあ。
「変じゃないよ! おしゃれなご両親だね」
着こなしはイマイチだが、アイテム一つひとつはいいものだ。ポロシャツとスニーカーは一目でブランドものだと分かる。
衣真くんのご両親は二人とも大学教授。大学教授の年収って、イメージがつかないけど……。とにかく、育ちがおぼっちゃんなおかげで、大学デビューをそこそこクリアする人もいるんだなあ。僕は若干失礼なことを思った。
「よかった~。でも一人で服を買ってみたい! でもほんとの一人は無理だから着いてきてー!」
手を合わせて頼みこまなくても、僕は衣真くんのショッピングに付き合うってことにワクワクが止まらないのに。
「もちろん! 週末は?」
「土曜日いけます!」
思わず頬が緩む。このかっこよくてかわいらしくて綺麗な人に、どんな服を着てもらおうかな……。
「どんな場所に着ていく服が欲しいの?」
それくらいは事前に把握しておきたい。衣真くんのおしゃれデビューのために、万全の下準備で臨むつもりだ。
「えっとね……」
衣真くんはちょっとはにかんで目を逸らした。伏せた目のまつ毛は細かく繊細で、軽く結んだ唇がかわいい。
僕はいつのまにか、衣真くんを「かわいい」と思うことに抵抗がなくなっていた。
「普段着でもいいよ?」
「ううん。……デートに着ていく服、が欲しいの」
音も立てずに、僕の足を温めていたさざ波が引いていった。
「デート、ああ、素敵だね、そっか、衣真くんは素敵だもんね、どんなお相手なの?」
切れ切れに言葉をひねり出して、自分が何を質問したのかもよく分からなかった。
「バンドマンなの。バンドのボーカル」
「エッ!? 軽音楽サークルの人ってこと?」
「ううん。ぼくが高校の頃からライブハウスに通ってるバンドの、ギターボーカルの人。物販で話すうちに仲よくなって、大学生になったお祝いに遊びに行こうって言ってくれたの」
衣真くんは照れて仕方ないって顔で、口角が上がるのを抑えきれない様子で話す。
「だからね、デートかはわからないんだけど。『かわいいね』って言ってくれるからそうなんじゃないかなって。だからおしゃれをして、かわいいって思ってほしい」
「そっか……。ちなみに『付き合ってはいけない3B』って知ってる?」
僕は衣真くんが奔放な恋愛に突っ込んでいこうとしているのにショックを受けて、できるだけやんわりと、せめてなんらかのアドバイスはしておきたかった。
「バンドマン、美容師、バーテンダーでしょ。でも、そういう常套句にとらわれるのは『よい生き方』だと思わない。相手の心だけを見なくちゃ」
衣真くんの高潔さは、同時に危うさでもあると僕は悟った。
「そっか……でも気をつけてね」
僕に言えることはこれしか残っていなかった。
衣真くんはキスしたことあるんだろうか。それ以上のことは……? 衣真くんの「初めて」が軽薄に奪われて、悲しい思い出になってしまったらどうしよう!?
「うん。こまめに父に連絡する約束だから。心配してくれてありがとう」
「エッ!? お父さんにバンドマンとデートする話したの!?」
「うん」
「それでお父さんはOKなの!?」
「うちは基本的に不干渉だけど、今回はさすがに心配された。だから連絡する」
「そっか……。でも、ご両親と仲よくてよかった」
少しだけ実家と比較してしまって、ちくりと胸が痛んだ。
「うん。僕は両親も好き。尊敬してるんだ」
ちくり。ああ、衣真くんは、綺麗でまぶしくて、ちょっと目が痛いな。
「そっか。えっと、でも衣真くんの普段着が『かわいい』って言ってくれる人なら、そのままでいいんじゃない?」
「そういうものかな。デート服って、いつもと違う側面を見せてドキッとさせるものじゃないの?」
デート服のなんたるかを語る衣真くんは、たぶん高校時代も恋人がいたんだろう。みんなこの人の綺麗さにあてられちゃうんだ。
ショッピングの打ち合わせに時間を取られて、読書会は大して進まなかった。来週の約束をして、ラウンジを出て別れる。
またゆるんできたピンを雑に差し直したら頭皮にぐさっと食い込んだ。顔をしかめる。僕をくすぐったい気持ちにさせたあのさざ波は消えてしまった。
さざめく波なんてなかったみたいに、僕は乾いた砂地に立っていた。指の間の砂利をわざと味わうように指を動かす。そんなイメージが浮かんだ。
なんなんだろう。
どうしてこんなに、心がざりざりと軋むんだろう。
衣真くんは僕をうかがう目つきで見た。衣真くんのお願いなんて、なんでも聞いてあげるのに。
僕は改めて衣真くんの顔立ちを見た。目はどちらかと言うと小ぶりでくりっとしている。鼻は丸っこく、ちょんと顔についている。小さめな口から覗く前歯は、少し高さがずれている。
そして、目の奥に知性を宿し、深い深い心を持ち、まつ毛の先にちかちかが光る。
衣真くんは、綺麗だなあ。
「……伊藤くん?」
考え込んでしまって、心配そうな衣真くんに顔を覗き込まれる。
「あ、ごめん! お願いならなんでも言って」
「ほんと! あのね、服を選んでほしい」
「もちろん!」
僕ははしゃいで答えた。僕はファッションがどうしようもなく好きだ。母がアパレル業界に勤めていて、幼い頃からあれやこれやと着せ替えられてきたものだから。人に服を見立てるなんて、楽しくて仕方ないのだ。
綺麗な衣真くんなら、なおさらに。
「衣真くんはいつもどこで服を買うの? 一緒に買いに行こうよ」
そう言いながら、今度は衣真くんの全身を眺める。今日はポロシャツに濃いインディゴのストレートデニム。クラシックなスニーカーを履いている。
いつも衣真くんはこんな感じだ。襟付きのトップスに、ストレートなデニムかスラックス。足元は革のスニーカー。クラシックなスタイルが好きなように見えて、どことなく着こなしが甘いのが気になっていた。
「いつもはね……あのね、大学生にもなって恥ずかしいんだけど、高校時代に両親に買ってもらった服を着てるの」
衣真くんは照れ笑いして肩をすくめた。納得感のある説明だった。
「別に恥ずかしくないよ。一年生の5月だし。だいたいは高校で買ってもらった服でなんとかしてるんでしょ。僕もそういう服の方が多いよ」
「そうなんだ……でも、ぼくの格好、変じゃないかな」
微妙な表情をする衣真くんは、自分の魅力は外見じゃなくて中身だってことに気づいてないのかなあ。
「変じゃないよ! おしゃれなご両親だね」
着こなしはイマイチだが、アイテム一つひとつはいいものだ。ポロシャツとスニーカーは一目でブランドものだと分かる。
衣真くんのご両親は二人とも大学教授。大学教授の年収って、イメージがつかないけど……。とにかく、育ちがおぼっちゃんなおかげで、大学デビューをそこそこクリアする人もいるんだなあ。僕は若干失礼なことを思った。
「よかった~。でも一人で服を買ってみたい! でもほんとの一人は無理だから着いてきてー!」
手を合わせて頼みこまなくても、僕は衣真くんのショッピングに付き合うってことにワクワクが止まらないのに。
「もちろん! 週末は?」
「土曜日いけます!」
思わず頬が緩む。このかっこよくてかわいらしくて綺麗な人に、どんな服を着てもらおうかな……。
「どんな場所に着ていく服が欲しいの?」
それくらいは事前に把握しておきたい。衣真くんのおしゃれデビューのために、万全の下準備で臨むつもりだ。
「えっとね……」
衣真くんはちょっとはにかんで目を逸らした。伏せた目のまつ毛は細かく繊細で、軽く結んだ唇がかわいい。
僕はいつのまにか、衣真くんを「かわいい」と思うことに抵抗がなくなっていた。
「普段着でもいいよ?」
「ううん。……デートに着ていく服、が欲しいの」
音も立てずに、僕の足を温めていたさざ波が引いていった。
「デート、ああ、素敵だね、そっか、衣真くんは素敵だもんね、どんなお相手なの?」
切れ切れに言葉をひねり出して、自分が何を質問したのかもよく分からなかった。
「バンドマンなの。バンドのボーカル」
「エッ!? 軽音楽サークルの人ってこと?」
「ううん。ぼくが高校の頃からライブハウスに通ってるバンドの、ギターボーカルの人。物販で話すうちに仲よくなって、大学生になったお祝いに遊びに行こうって言ってくれたの」
衣真くんは照れて仕方ないって顔で、口角が上がるのを抑えきれない様子で話す。
「だからね、デートかはわからないんだけど。『かわいいね』って言ってくれるからそうなんじゃないかなって。だからおしゃれをして、かわいいって思ってほしい」
「そっか……。ちなみに『付き合ってはいけない3B』って知ってる?」
僕は衣真くんが奔放な恋愛に突っ込んでいこうとしているのにショックを受けて、できるだけやんわりと、せめてなんらかのアドバイスはしておきたかった。
「バンドマン、美容師、バーテンダーでしょ。でも、そういう常套句にとらわれるのは『よい生き方』だと思わない。相手の心だけを見なくちゃ」
衣真くんの高潔さは、同時に危うさでもあると僕は悟った。
「そっか……でも気をつけてね」
僕に言えることはこれしか残っていなかった。
衣真くんはキスしたことあるんだろうか。それ以上のことは……? 衣真くんの「初めて」が軽薄に奪われて、悲しい思い出になってしまったらどうしよう!?
「うん。こまめに父に連絡する約束だから。心配してくれてありがとう」
「エッ!? お父さんにバンドマンとデートする話したの!?」
「うん」
「それでお父さんはOKなの!?」
「うちは基本的に不干渉だけど、今回はさすがに心配された。だから連絡する」
「そっか……。でも、ご両親と仲よくてよかった」
少しだけ実家と比較してしまって、ちくりと胸が痛んだ。
「うん。僕は両親も好き。尊敬してるんだ」
ちくり。ああ、衣真くんは、綺麗でまぶしくて、ちょっと目が痛いな。
「そっか。えっと、でも衣真くんの普段着が『かわいい』って言ってくれる人なら、そのままでいいんじゃない?」
「そういうものかな。デート服って、いつもと違う側面を見せてドキッとさせるものじゃないの?」
デート服のなんたるかを語る衣真くんは、たぶん高校時代も恋人がいたんだろう。みんなこの人の綺麗さにあてられちゃうんだ。
ショッピングの打ち合わせに時間を取られて、読書会は大して進まなかった。来週の約束をして、ラウンジを出て別れる。
またゆるんできたピンを雑に差し直したら頭皮にぐさっと食い込んだ。顔をしかめる。僕をくすぐったい気持ちにさせたあのさざ波は消えてしまった。
さざめく波なんてなかったみたいに、僕は乾いた砂地に立っていた。指の間の砂利をわざと味わうように指を動かす。そんなイメージが浮かんだ。
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どうしてこんなに、心がざりざりと軋むんだろう。
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