MEAL GAME -ミール ゲーム-

双守桔梗

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第三章 執着のテンシ

第43話 ノワール・ローザ=パーシャリティー③

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「ノワにぃ! つないで、おうちのなか、おさんぽしよ~」
 ある日はミナトに触手を掴まれ、家の中を一緒に冒険した。

「ノワにぃ! ごはんのまえは、をあらわないとメ! だよ~」
 またある日はミナトに叱られ、洗面所に連行されて触手を洗わされた。

「ノワにぃの、モチモチのサラサラできもちい~」
 ミナトがノワールに抱きつき、触手に頬を擦り寄せ、ニコニコしているのは日常茶飯事だ。

 そんな風に、ミナトはとてもノワールに懐いている。最初こそ、その事にノワールは少し戸惑っていたが、だんだんと嬉しい気持ちの方が強くなっていく。しかし、ただ一つ、どうしても理解できない事がある。

 ミナトがよく口にする『おてて』が何なのか、ノワールには分からない──。

「ノワにぃ、つぎはあそびをしよ~!」
「……ミナトくん、『おてて』とは一体、何だァ?」

 ──ゆえにある日の夕方。児童向けアニメ『グミエモンマンじゅにあ』を見終わった直後。ミナトがまた『おてて』と言うものだから、ノワールはとうとうその意味を問うた。

 ノワールの問いに、ミナトは目をぱちくりさせた。その後、そっとノワールの触手を掴んで、「これって『おてて』じゃないの?」と言いながらムニムニと握る。

 そこでようやくノワールは、ミナトが触手の事を『おてて』と言っているのだと気がついた。

「む……もしや、ミナトくんが言っている『おてて』とは、私のの事なのかァ?」
「うん!」
「ふむ……ミナトくん、その『おてて』とは一体、どういう意味なんだい?」
 ノワールはミナトの言葉の意味を完璧に理解したくて、触手体から顔をヌッと出して、いつもと違う真面目な声音で質問をする。その問いにミナトは「おてて」と言いながら、自分の小さな手をノワールの目の前にかざす。

「は……私の触手が、手……だと……?」
「うん!」
「ふむ……ミナトくんはどうしてが『おてて』だと思ったのかな?」
 ノワールの新たな問いに、ミナトは触手を両手で優しく包み込み、ニコッと笑う。

「おててで~いっしょにごはんたべたり~おえかきしたりするからだよ~。それにこーんなにたくさんあるから、『お』だとおもったんだ~」
 どこか自信に満ちたミナトの笑顔と言葉にノワールは戸惑い、自分の触手を見つめる。

が手だと……? こんなにも、ヒトと違う見た目のコレが……? 食事ができたり、絵を描けたところで、なんだと言うのだ。こんなにも……ヒトと姿形が違うコレのどこが、手だと言うんだァ……)

 ノワールはミカと大和やまとの苗字をつけてもらった日から、彼女らの家族の一員となった自覚は持ち始めた。それでも、自分には手がない事は密かにずっと気にしており、ミカ達にもそれだけは打ち明けられないでいた。そんな中で、ミナトに触手が『おてて』だと言われ、ノワールは複雑な心境になっている。

 流れる沈黙。最初に口を開いたのは、ミナトだった。

「ノワにぃはおててっていわれるの、イヤだった……?」
 ミナトは触手をぎゅっと握り、上目遣いでノワールに問いかける。不安そうに揺れるミナトの瞳を見て、ノワールは慌てて全身を横に振る。

「そうではない……ただ、こんなにもヒトと違うを……私はおててだとは思えなくてなァ……。私は……ヒトではないのだから……」
 落ち込み気味のノワールの返事に、ミナトはなぜかムッと唇を尖らせた。かと思えば、そのままの顔でミナトは両手を広げる。

「ノワにぃ、オレのこと、ぎゅってして?」
「へ……?」
 ノワールは戸惑いながらも言われた通りに、複数の触手でミナトを優しく抱きしめる。

「つぎはオレのあたまをなでて?」
 ミナトに言われるがままに今度は彼の頭を、ノワールは一本の触手でそっと撫でた。すると、ミナトは先程までの不満そうな表情を引っ込めて、「へへへ~」と心底、嬉しそうに微笑む。だが、ノワールの方はずっと戸惑っている。

「ミナトくん――」
「ほらね! おててでしょ?」
 ノワールはミナトに真意を確かめようと口を開いたものの、彼の言葉に遮られてしまう。そして、なぜかドヤ顔で胸を張るミナトを見て、ますます困惑する。

「えっと……ミナトくん……『ほらね』と言われても……」
「え~わかんないの~。オレのこと、ぎゅっとできて、あたまをなでてくれたんだから、おててでまちがいないでしょ? ってことだよ~」
「ミナトくんを抱きしめられて、君の頭を撫でる事ができるから、おててだと……?」
「うん! オレがいうんだから、ぜったいそうだよ~」

 自分の胸をポンと叩き、自信たっぷりの口調でミナトがそんな事を言うものだから、ノワールはだんだんおかしくなってくる。触手体をプルプル震わせ、少し前から笑いを堪えていたミカと大和と共に、とうとう吹き出してしまう。

「その自信は……一体……どこから湧いてくるんだァ?」
「え~? だってオレ、ノワにぃのこと、だいすきだもん!」
 あまりに真っ直ぐなミナトの答えに、ノワール達は笑いを引っ込め、今度は思わず微笑んだ。

 その瞬間、ノワールの心にまた、ぽわぽわと温かくて少し切ない感情キモチが広がった。

「ミナトくんは本当に私の事が大好きなんだなァ」
「うん。だいすき!」
 一切、迷いのないミナトの返答に、ノワールは照れ気味に自分の鼻をかく。

「その……ミナトくんは……私のどこがそんなに好きなのかな?」
「ぜんぶだいすき!」
「全部……その、特に大好きなところを教えてくれないかァ?」
「それはね~すごいところ! ノワにぃはすごいんだよ~。だって、こんなにもたくさんのおててがあるから、オレのこといーぱいぎゅーってできるし、だってできるもん。すっごくすごいんだよ~」

 ミナトは両腕で大きく円を描きながら、ニコニコ顔でノワールの凄さを表現する。それを見ていたミカは、「ほんっとミナトはノワールの事が大好きね」と微笑む。すると大和は頷きながら、「そうだね~」と穏やかな声で言った。

 ノワールは最初、ミナトの勢いに圧され気味だったが、彼の笑顔を見ている内にじんわりと心が温かくなる。それからミナトの言葉に『抱っこ』と言うワードが入っていた事で、ずっと抱えていた悩みがスッと消えていく。

「ふふ……うむ! ミナトくんがそう言うのなら、私は凄いのだろう! うむうむ! ……私にも、君を抱っこ出来る手が、あったのだなァ……」
 どこか泣きそうな声でそう言ったノワールの体を、ミナトはぎゅっと抱きしめてよしよしと撫でる。ノワールは恐る恐るミナトの背中に複数の触手を伸ばし、包み込むように優しく抱きしめて、一筋の涙を流した。

 その日以降、ノワールとミナトの仲は急速に深まっていく。遊んだり、ご飯を食べたりして一緒の時間を長く過ごし、ノワールはすっかりなばり家に馴染んでいった。



 ミナトが小学生になると勉強する姿を隣で眺め、共に家事の手伝いもするようになる。ミナトがクラスメイトの男の子と揉めて、ミカと大和にたしなめられた際には、それでもノワールだけは最後まで彼の味方でいた。

 友人と遊びに出かけたミナトの帰りを、待ち焦がれた日もあった。隠家全員で家族旅行にも行った。運動会などの学校行事では、ミカや大和のカバンの中に入った状態でこっそりミナトを応援する。

 修学旅行などでミナトがいない夜は泣いてしまい、ミカと大和に慰められた。ミナトが帰ってきたら彼に抱きつき、頭を撫でられてデレデレする。



 背丈が伸び、中学生になってもミナトのほわほわ温かく、真っすぐな性格は変わらず、ノワールはそれがうれしかった。何より、ミナトがいつまでも笑顔で『大好き』だと言ってくれるのが、堪らなくうれしい。

 ノワールは心の底から幸せな日々を送っていた。そう、あの日までは……。
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