1 / 11
序章
1.彼女
しおりを挟む
四角い枠が映したのは……息をのむ程、美しい横顔だった。
パイプオルガンがある吹き抜けのホール。壁に展示されている、学生が描いた絵。その中の、特にお気に入りの『藤と白いジャスミン』の水彩画。藤の花がジャスミンを求めるように、つるを伸ばしているところが好き。
客席にもなるコンクリートの階段。そこの中段に座って静かに本を読む女の子に、わたしは目が留まり、思わずスマホを向けてしまった。
透き通るような白い肌。藤色のリボンでハーフアップにした長い綺麗な黒髪。白いセーター、薄紫色のロングスカート、黒いショートブーツ。姿勢よく本を読んでいるだけなのに……その女の子はとても絵になる。
頭の隅では、無断で他人を撮り続けるなんて失礼だと解っていても、わたしはその女の子から目が離せない。
わたしの存在に気づいたのか、女の子は顔を上げてこっちを見た。それから微かに目を見開いた後、ふわりと笑う。
女の子は白いブックカバーをつけた本に、藤の絵が描かれた栞を挟んで閉じた。そして、本をカバンの中に仕舞ってから立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。歩く姿も美しく、尚もわたしは女の子を撮り続ける。
「あ、あの……ごめんなさ……」
目の前で女の子が立ち止まった事で、わたしはようやくハッと我に返り、慌てて言葉を発した。けれども、女の子に人差し指で唇に触れられた瞬間、思わず口を閉ざしてしまう。
唇を撫でられる感触に、彼女の悪戯っぽい笑みに、なぜかドキドキしてしまう。目が合わせられなくて、視線を逸らす。視界の隅に映る女の子が、楽しげに笑った気がした。
「私に何か御用かしら?」
女の子がそう言葉を発した。声もとても綺麗だ。女の子の指が、わたしの唇から離れる。
「ごめんなさい……! あまりにも綺麗だったから……勿論、撮った映像は目の前で消します」
わたしが頭を下げると、女の子は「消す必要はないわ」と言って笑った。
「いやでも……」
「それより、他に何か言いたい事はない?」
「え……」
女の子の問いに戸惑いながら、わたしは頭を上げる。すると、わたしより背の高い女の子が、視線を合わせるように屈んでいた。澄んだ黒い瞳と目が合う。
「あ……」
その次の瞬間、わたしの頭の中に、失っていた記憶が流れ込んできた。それと並行するように、自分が誰を撮りたいのかを思い出し、次に卒業制作の案も思い浮かんだ。
アタシはスマホを握りしめ、女の子の瞳を見つめ返す。
女の子は『何も言わなくても解っている』と言いたげに、アタシの両手にそっと触れて頷いた。無邪気な、幼い子どもみたいな笑顔を浮かべて。
その表情を目にした事で、アタシは何がなんでも絶対に撮りたくなった。
彼女を主人公にした、アタシ達の●●物語を。
パイプオルガンがある吹き抜けのホール。壁に展示されている、学生が描いた絵。その中の、特にお気に入りの『藤と白いジャスミン』の水彩画。藤の花がジャスミンを求めるように、つるを伸ばしているところが好き。
客席にもなるコンクリートの階段。そこの中段に座って静かに本を読む女の子に、わたしは目が留まり、思わずスマホを向けてしまった。
透き通るような白い肌。藤色のリボンでハーフアップにした長い綺麗な黒髪。白いセーター、薄紫色のロングスカート、黒いショートブーツ。姿勢よく本を読んでいるだけなのに……その女の子はとても絵になる。
頭の隅では、無断で他人を撮り続けるなんて失礼だと解っていても、わたしはその女の子から目が離せない。
わたしの存在に気づいたのか、女の子は顔を上げてこっちを見た。それから微かに目を見開いた後、ふわりと笑う。
女の子は白いブックカバーをつけた本に、藤の絵が描かれた栞を挟んで閉じた。そして、本をカバンの中に仕舞ってから立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。歩く姿も美しく、尚もわたしは女の子を撮り続ける。
「あ、あの……ごめんなさ……」
目の前で女の子が立ち止まった事で、わたしはようやくハッと我に返り、慌てて言葉を発した。けれども、女の子に人差し指で唇に触れられた瞬間、思わず口を閉ざしてしまう。
唇を撫でられる感触に、彼女の悪戯っぽい笑みに、なぜかドキドキしてしまう。目が合わせられなくて、視線を逸らす。視界の隅に映る女の子が、楽しげに笑った気がした。
「私に何か御用かしら?」
女の子がそう言葉を発した。声もとても綺麗だ。女の子の指が、わたしの唇から離れる。
「ごめんなさい……! あまりにも綺麗だったから……勿論、撮った映像は目の前で消します」
わたしが頭を下げると、女の子は「消す必要はないわ」と言って笑った。
「いやでも……」
「それより、他に何か言いたい事はない?」
「え……」
女の子の問いに戸惑いながら、わたしは頭を上げる。すると、わたしより背の高い女の子が、視線を合わせるように屈んでいた。澄んだ黒い瞳と目が合う。
「あ……」
その次の瞬間、わたしの頭の中に、失っていた記憶が流れ込んできた。それと並行するように、自分が誰を撮りたいのかを思い出し、次に卒業制作の案も思い浮かんだ。
アタシはスマホを握りしめ、女の子の瞳を見つめ返す。
女の子は『何も言わなくても解っている』と言いたげに、アタシの両手にそっと触れて頷いた。無邪気な、幼い子どもみたいな笑顔を浮かべて。
その表情を目にした事で、アタシは何がなんでも絶対に撮りたくなった。
彼女を主人公にした、アタシ達の●●物語を。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。
そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。
夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。
それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになるのでご安心ください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ダメな君のそばには私
蓮水千夜
恋愛
ダメ男より私と付き合えばいいじゃない!
友人はダメ男ばかり引き寄せるダメ男ホイホイだった!?
職場の同僚で友人の陽奈と一緒にカフェに来ていた雪乃は、恋愛経験ゼロなのに何故か恋愛相談を持ちかけられて──!?
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」
三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。
クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。
中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。
※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。
12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。
身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる