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本編
2.旅の前日【昇藤佳宅】
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玄関から室内ドアまでの、短い廊下に飾られた水彩画が映っている。
「藤佳ちゃん~旅行の準備終わった~?」
「ふふっ……もう少しだけ待って?」
「うん。分かった」
廊下と複数の水彩画が映ったまま、真理乃と藤佳のふわふわした声だけが聞こえる。
その後、一番手前の水彩画から順番に、ゆっくり一枚ずつ絵が映っていく。
青空の下、ピンクのポピーが咲く花畑。ヒマワリと入道雲。山茶花とメジロ。赤い椿と雪景色……花壇に咲いた紫のアネモネ。
曇り空とラベンダー畑。モノクロの薔薇園。屋敷に絡みつくアイビー。クローバー畑……一本のクロユリ。
ここからしばらくの間、クロユリの水彩画が映り続ける。
「廊下に飾ってる水彩画って全部、趣味で描いたの?」
「そうよ」
「どの水彩画にも花が描かれているけど、何か意味でもあるの? 花言葉とか……」
真理乃が遠慮気味に問いかける。
「えぇ……その時の心情を、花言葉で表しているわ」
藤佳の声にはどこか仄暗さが滲んでいる。
「そっか……」
真理乃は少し暗い声で相槌を打つ。
「お待たせ、真理乃。やっと準備が終わったわ」
数秒後、藤佳が真理乃に声をかける。
「はーい」
真理乃の返事と共に画面が動き、室内ドアとドアノブを掴む彼女の手だけが映る。その手が室内ドアを開くと、シンプルで綺麗な部屋が映った。
黒い部屋着姿の藤佳は、二人掛けの薄紫色の座椅子に座り、小さな木のテーブルにアルバムのような物を置いて見ている。彼女の傍らにはシンプルな黒いキャリーバックがある。
「それって……卒業アルバム……だよね? 小学生の頃の」
「えぇ、そうよ」
「そのアルバム、アタシも見ていい?」
「ふふっ……勿論よ。真理乃の為に、お姉ちゃんに送ってもらったんだから」
藤佳はそう言いながら卒業アルバムを少し横にずらす。
「ありがとう」
真理乃がお礼を言って、藤佳に近づく。目線が下がり、藤佳と真理乃以外にモザイクがかかった、卒業写真が映る。
「懐かしいなぁ……アタシ達って、何気に六年間ずっと同じクラスだったよね」
「えぇ、けれど初めて話したのは、六年生の修学旅行の時だったわね」
真理乃と藤佳の、小学生の頃を懐かしんでいるような声が聞こえる。
「……あの二人も同じクラスだったからね……」
真理乃の声から感情が消える。
「あぁ……真理乃の幼馴染と許婚ね……」
藤佳の少し低くなった声に反応するように、バッと彼女が映る。すると、藤佳はニコッと笑った。
「実は私、真理乃の幼馴染と許婚に嫌われていたのよ。多分、私が真理乃に恋しているのを、早い段階で二人は気づいていたからでしょうね。真理乃に話しかけようとした時、二人に睨まれて……。後で真理乃の幼馴染からは、『まりくんに近づかないで』って、はっきり言われたわ」
藤佳の声は穏やかで、口角は上がっているが、目は笑っていない。
「……その話は初耳なんだけど……」
真理乃の声はどこか戸惑っているようだった。
「わざわざ真理乃に言う必要はない話だと思っていたから……。けれど、もうこの際、話してもいいかなって思ったの。二人の写真を見たら、なんだかムカついちゃって……」
藤佳は少し舌を出して、まるで小さな子どものように微笑む。彼女につられるように笑う、真理乃の声が聞こえる。
「ちなみにだけど、いつアタシに話しかけようとしてくれたの?」
「入学式の後よ」
藤佳は爽やかな笑顔でさらりと答える。
「え! 入学式の日に、アタシに一目惚れしてくれたって話は聞いていたけど……。その後すぐに声をかけようとしてくれてたんだ」
真理乃の言葉に藤佳は少し照れくさそうに笑うと、「えぇ」と力強く頷いた。
「告白はまだする気はなかったけど、早く友だちにはなりたかったもの。けれど、下手に動くと、余計に二人のガードが固くなると思って……ずっとチャンスを窺っていたわ。まぁ、なかなかそのチャンスは巡ってこなかったけど……」
「それで修学旅行の……」
「ストップ。ここから先は明日、その場所に着いてから話しましょう」
藤佳は手の平を前に突き出し、真剣な表情で真理乃の言葉を制止する。
「うん。そうだね。へへっ……明日からの旅行、楽しみだなぁ」
「ふふっ……私も楽しみよ」
藤佳が妖艶にニコリと笑う。その刹那、映像がカクンッと、微かに揺れた。
「そ、そういえば……藤佳ちゃんはどこまで進んだの? 卒業制作」
真理乃の声が裏返っている。
「ふふっ……あともう少しで完成するわ。作業を進めた後に毎回、写真を撮っているのだけど、見てみる?」
「うん。見てみたい」
藤佳は「少し待ってて」と言うと、テーブルの上のスマホを手に取って操作する。
「これが最近、撮った完成間近の絵の写真よ。人物の表情がまだ全然、描けていないのだけど……」
そう言って藤佳はスマホの画面を正面に向ける。
スマホに映っているのは、藤の花とジャスミンに囲まれた、表情が描かれていない二人の女性の水彩画だった。
「藤佳ちゃん~旅行の準備終わった~?」
「ふふっ……もう少しだけ待って?」
「うん。分かった」
廊下と複数の水彩画が映ったまま、真理乃と藤佳のふわふわした声だけが聞こえる。
その後、一番手前の水彩画から順番に、ゆっくり一枚ずつ絵が映っていく。
青空の下、ピンクのポピーが咲く花畑。ヒマワリと入道雲。山茶花とメジロ。赤い椿と雪景色……花壇に咲いた紫のアネモネ。
曇り空とラベンダー畑。モノクロの薔薇園。屋敷に絡みつくアイビー。クローバー畑……一本のクロユリ。
ここからしばらくの間、クロユリの水彩画が映り続ける。
「廊下に飾ってる水彩画って全部、趣味で描いたの?」
「そうよ」
「どの水彩画にも花が描かれているけど、何か意味でもあるの? 花言葉とか……」
真理乃が遠慮気味に問いかける。
「えぇ……その時の心情を、花言葉で表しているわ」
藤佳の声にはどこか仄暗さが滲んでいる。
「そっか……」
真理乃は少し暗い声で相槌を打つ。
「お待たせ、真理乃。やっと準備が終わったわ」
数秒後、藤佳が真理乃に声をかける。
「はーい」
真理乃の返事と共に画面が動き、室内ドアとドアノブを掴む彼女の手だけが映る。その手が室内ドアを開くと、シンプルで綺麗な部屋が映った。
黒い部屋着姿の藤佳は、二人掛けの薄紫色の座椅子に座り、小さな木のテーブルにアルバムのような物を置いて見ている。彼女の傍らにはシンプルな黒いキャリーバックがある。
「それって……卒業アルバム……だよね? 小学生の頃の」
「えぇ、そうよ」
「そのアルバム、アタシも見ていい?」
「ふふっ……勿論よ。真理乃の為に、お姉ちゃんに送ってもらったんだから」
藤佳はそう言いながら卒業アルバムを少し横にずらす。
「ありがとう」
真理乃がお礼を言って、藤佳に近づく。目線が下がり、藤佳と真理乃以外にモザイクがかかった、卒業写真が映る。
「懐かしいなぁ……アタシ達って、何気に六年間ずっと同じクラスだったよね」
「えぇ、けれど初めて話したのは、六年生の修学旅行の時だったわね」
真理乃と藤佳の、小学生の頃を懐かしんでいるような声が聞こえる。
「……あの二人も同じクラスだったからね……」
真理乃の声から感情が消える。
「あぁ……真理乃の幼馴染と許婚ね……」
藤佳の少し低くなった声に反応するように、バッと彼女が映る。すると、藤佳はニコッと笑った。
「実は私、真理乃の幼馴染と許婚に嫌われていたのよ。多分、私が真理乃に恋しているのを、早い段階で二人は気づいていたからでしょうね。真理乃に話しかけようとした時、二人に睨まれて……。後で真理乃の幼馴染からは、『まりくんに近づかないで』って、はっきり言われたわ」
藤佳の声は穏やかで、口角は上がっているが、目は笑っていない。
「……その話は初耳なんだけど……」
真理乃の声はどこか戸惑っているようだった。
「わざわざ真理乃に言う必要はない話だと思っていたから……。けれど、もうこの際、話してもいいかなって思ったの。二人の写真を見たら、なんだかムカついちゃって……」
藤佳は少し舌を出して、まるで小さな子どものように微笑む。彼女につられるように笑う、真理乃の声が聞こえる。
「ちなみにだけど、いつアタシに話しかけようとしてくれたの?」
「入学式の後よ」
藤佳は爽やかな笑顔でさらりと答える。
「え! 入学式の日に、アタシに一目惚れしてくれたって話は聞いていたけど……。その後すぐに声をかけようとしてくれてたんだ」
真理乃の言葉に藤佳は少し照れくさそうに笑うと、「えぇ」と力強く頷いた。
「告白はまだする気はなかったけど、早く友だちにはなりたかったもの。けれど、下手に動くと、余計に二人のガードが固くなると思って……ずっとチャンスを窺っていたわ。まぁ、なかなかそのチャンスは巡ってこなかったけど……」
「それで修学旅行の……」
「ストップ。ここから先は明日、その場所に着いてから話しましょう」
藤佳は手の平を前に突き出し、真剣な表情で真理乃の言葉を制止する。
「うん。そうだね。へへっ……明日からの旅行、楽しみだなぁ」
「ふふっ……私も楽しみよ」
藤佳が妖艶にニコリと笑う。その刹那、映像がカクンッと、微かに揺れた。
「そ、そういえば……藤佳ちゃんはどこまで進んだの? 卒業制作」
真理乃の声が裏返っている。
「ふふっ……あともう少しで完成するわ。作業を進めた後に毎回、写真を撮っているのだけど、見てみる?」
「うん。見てみたい」
藤佳は「少し待ってて」と言うと、テーブルの上のスマホを手に取って操作する。
「これが最近、撮った完成間近の絵の写真よ。人物の表情がまだ全然、描けていないのだけど……」
そう言って藤佳はスマホの画面を正面に向ける。
スマホに映っているのは、藤の花とジャスミンに囲まれた、表情が描かれていない二人の女性の水彩画だった。
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