この七日間はノンフィクションです。ただし、七つの嘘が紛れています。

双守桔梗

文字の大きさ
5 / 11
本編

2.旅の前日【昇藤佳宅】

しおりを挟む
 玄関から室内ドアまでの、短い廊下に飾られた水彩画が映っている。

とうちゃん~旅行の準備終わった~?」
「ふふっ……もう少しだけ待って?」
「うん。分かった」
 廊下と複数の水彩画が映ったまま、と藤佳のふわふわした声だけが聞こえる。

 その後、一番手前の水彩画から順番に、ゆっくり一枚ずつ絵が映っていく。

 青空の下、ピンクのポピーが咲く花畑。ヒマワリと入道雲。山茶花とメジロ。赤い椿と雪景色……花壇に咲いた紫のアネモネ。

 曇り空とラベンダー畑。モノクロの薔薇園。屋敷に絡みつくアイビー。クローバー畑……一本のクロユリ。

 ここからしばらくの間、クロユリの水彩画が映り続ける。

「廊下に飾ってる水彩画って全部、趣味で描いたの?」
「そうよ」
「どの水彩画にも花が描かれているけど、何か意味でもあるの? 花言葉とか……」
 真理乃が遠慮気味に問いかける。

「えぇ……その時の心情を、花言葉で表しているわ」
 藤佳の声にはどこか仄暗さが滲んでいる。
「そっか……」
 真理乃は少し暗い声で相槌を打つ。

「お待たせ、真理乃。やっと準備が終わったわ」
 数秒後、藤佳が真理乃に声をかける。
「はーい」
 真理乃の返事と共に画面が動き、室内ドアとドアノブを掴む彼女の手だけが映る。その手が室内ドアを開くと、シンプルで綺麗な部屋が映った。

 黒い部屋着姿の藤佳は、二人掛けの薄紫色の座椅子に座り、小さな木のテーブルにアルバムのような物を置いて見ている。彼女の傍らにはシンプルな黒いキャリーバックがある。

「それって……卒業アルバム……だよね? 小学生の頃の」
「えぇ、そうよ」
「そのアルバム、アタシも見ていい?」
「ふふっ……勿論よ。真理乃の為に、お姉ちゃんに送ってもらったんだから」
 藤佳はそう言いながら卒業アルバムを少し横にずらす。

「ありがとう」
 真理乃がお礼を言って、藤佳に近づく。目線が下がり、藤佳と真理乃以外にモザイクがかかった、卒業写真が映る。

「懐かしいなぁ……アタシ達って、何気に六年間ずっと同じクラスだったよね」
「えぇ、けれど初めて話したのは、六年生の修学旅行の時だったわね」
 真理乃と藤佳の、小学生の頃を懐かしんでいるような声が聞こえる。

「……あの二人も同じクラスだったからね……」
 真理乃の声から感情が消える。
「あぁ……真理乃の幼馴染と許婚ね……」
 藤佳の少し低くなった声に反応するように、バッと彼女が映る。すると、藤佳はニコッと笑った。

「実は私、真理乃の幼馴染と許婚に嫌われていたのよ。多分、私が真理乃に恋しているのを、早い段階で二人は気づいていたからでしょうね。真理乃に話しかけようとした時、二人に睨まれて……。後で真理乃の幼馴染からは、『に近づかないで』って、はっきり言われたわ」
 藤佳の声は穏やかで、口角は上がっているが、目は笑っていない。

「……その話は初耳なんだけど……」
 真理乃の声はどこか戸惑っているようだった。

「わざわざ真理乃に言う必要はない話だと思っていたから……。けれど、もうこの際、話してもいいかなって思ったの。二人の写真を見たら、なんだかムカついちゃって……」
 藤佳は少し舌を出して、まるで小さな子どものように微笑む。彼女につられるように笑う、真理乃の声が聞こえる。

「ちなみにだけど、いつアタシに話しかけようとしてくれたの?」
「入学式の後よ」
 藤佳は爽やかな笑顔でさらりと答える。

「え! 入学式の日に、アタシに一目惚れしてくれたって話は聞いていたけど……。その後すぐに声をかけようとしてくれてたんだ」
 真理乃の言葉に藤佳は少し照れくさそうに笑うと、「えぇ」と力強く頷いた。

「告白はまだする気はなかったけど、早く友だちにはなりたかったもの。けれど、下手に動くと、余計に二人のガードが固くなると思って……ずっとチャンスを窺っていたわ。まぁ、なかなかそのチャンスは巡ってこなかったけど……」
「それで修学旅行の……」
「ストップ。ここから先は明日、その場所に着いてから話しましょう」
 藤佳は手の平を前に突き出し、真剣な表情で真理乃の言葉を制止する。

「うん。そうだね。へへっ……明日からの旅行、楽しみだなぁ」
「ふふっ……私も楽しみよ」
 藤佳が妖艶にニコリと笑う。その刹那、映像がカクンッと、微かに揺れた。

「そ、そういえば……藤佳ちゃんはどこまで進んだの? 卒業制作」
 真理乃の声が裏返っている。

「ふふっ……あともう少しで完成するわ。作業を進めた後に毎回、写真を撮っているのだけど、見てみる?」
「うん。見てみたい」
 藤佳は「少し待ってて」と言うと、テーブルの上のスマホを手に取って操作する。

「これが最近、撮った完成間近の絵の写真よ。人物の表情がまだ全然、描けていないのだけど……」
 そう言って藤佳はスマホの画面を正面に向ける。

 スマホに映っているのは、藤の花とジャスミンに囲まれた、表情が描かれていない二人の女性の水彩画だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話

穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。

処理中です...