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第五話「王宮での歓迎と、静かな注目」
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白亜の宮殿が、朝の陽に照らされて輝いていた。
アランザール王国の王城――アレストリア宮。中央塔を中心に、左右対称に広がる美しい建築は、武の国という印象とは異なり、まるで芸術品のような気品を漂わせている。
「ようこそ、王都へ。リディア様」
近衛長・ゼスの声に導かれ、馬車の扉が開かれる。
リディアはゆっくりと降り立ち、深紅のマントの裾を整える。
その姿に、控えていた侍女や護衛兵たちが、わずかに息を呑んだ。
美しさではない。立ち姿に滲み出る凛とした風格――
まるでここが“元々の居場所”であったかのような、圧倒的な存在感。
「陛下はすでに執務に入っておられます。午前のうちに公式な挨拶の儀を行う予定です。
それまで、館のご案内をさせていただきます」
「お願いします。……できれば、簡素に済ませていただけると」
リディアの言葉に、ゼスは思わず口元を緩めた。
「ええ、“実務派”であられることは、陛下からもお聞きしています」
館内は静かだった。豪奢ではあるが無駄のない装飾に、リディアはすぐにこの国の王がどのような美意識を持つかを察した。
(秩序と均整。華美よりも機能性を重んじる国家。なるほど、これが“彼の築こうとする国”なのね)
案内された客間では、控えの侍女が待っていた。
年若いが、礼儀をわきまえたその侍女――マーニャは、彼女に深く頭を下げた。
「リディア様、これよりお部屋のご案内とお支度をお手伝いさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「……こちらこそ。今日から、よろしくね」
マーニャがぱっと顔を上げ、目を輝かせる。
異国の高貴な女性が、名もなき侍女に対して真摯に挨拶を返すことなど、そうあるものではない。
その日、リディアの言動は城内のあちこちで噂となった。
「物腰は優雅だが、驕らない」「言葉が柔らかく、けれど一切の無駄がない」――
そして、何よりも“目の色が違う”と。
(……見られている)
昼下がり、庭園を案内されたときのこと。
遠巻きに見つめてくる視線の多さに、リディアはすぐに気づいた。
近衛兵、侍女、庭師、女官――
そして、上階の回廊から覗く、数人の貴族令嬢たち。
(当然でしょうね。異国から突然“王妃候補”が現れたのですもの)
だが、彼女は視線に動じることなく、花々に目を向けた。
真っ白なリリウムの花が、風に揺れていた。
「この国の花は、日本とはずいぶん違いますわね」
誰にともなく呟いた言葉に、マーニャが返す。
「え、日本……とは?」
「あら、失礼。“旧き言葉”で、“遠くの国”という意味なの」
微笑みながら、意味深な嘘を交えた。
彼女の出生について、余計な詮索をされぬよう、これもまた必要な“外交戦術”だった。
その日の夕刻。
王の執務室にて、リディアは正式に“王妃候補として迎え入れられた”ことを宣言された。
「リディア・エルグレインは、本日をもってアランザール王国の王妃候補として迎え入れる。
以後、王宮内においてはその身分に準じた待遇を持って扱うこととする」
王の一声は、静かだが重みがあった。
貴族たちの反応はさまざまだった。
明確な反発はなくとも、視線には警戒と探るような色が混じっている。
だが、リディアは動じない。
受けた視線を静かに受け止め、礼を欠かすことなく、微笑だけを残した。
(いいわ。ここが、私の“新しい戦場”)
その内心を、誰も知ることはなかった。
アランザール王国の王城――アレストリア宮。中央塔を中心に、左右対称に広がる美しい建築は、武の国という印象とは異なり、まるで芸術品のような気品を漂わせている。
「ようこそ、王都へ。リディア様」
近衛長・ゼスの声に導かれ、馬車の扉が開かれる。
リディアはゆっくりと降り立ち、深紅のマントの裾を整える。
その姿に、控えていた侍女や護衛兵たちが、わずかに息を呑んだ。
美しさではない。立ち姿に滲み出る凛とした風格――
まるでここが“元々の居場所”であったかのような、圧倒的な存在感。
「陛下はすでに執務に入っておられます。午前のうちに公式な挨拶の儀を行う予定です。
それまで、館のご案内をさせていただきます」
「お願いします。……できれば、簡素に済ませていただけると」
リディアの言葉に、ゼスは思わず口元を緩めた。
「ええ、“実務派”であられることは、陛下からもお聞きしています」
館内は静かだった。豪奢ではあるが無駄のない装飾に、リディアはすぐにこの国の王がどのような美意識を持つかを察した。
(秩序と均整。華美よりも機能性を重んじる国家。なるほど、これが“彼の築こうとする国”なのね)
案内された客間では、控えの侍女が待っていた。
年若いが、礼儀をわきまえたその侍女――マーニャは、彼女に深く頭を下げた。
「リディア様、これよりお部屋のご案内とお支度をお手伝いさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「……こちらこそ。今日から、よろしくね」
マーニャがぱっと顔を上げ、目を輝かせる。
異国の高貴な女性が、名もなき侍女に対して真摯に挨拶を返すことなど、そうあるものではない。
その日、リディアの言動は城内のあちこちで噂となった。
「物腰は優雅だが、驕らない」「言葉が柔らかく、けれど一切の無駄がない」――
そして、何よりも“目の色が違う”と。
(……見られている)
昼下がり、庭園を案内されたときのこと。
遠巻きに見つめてくる視線の多さに、リディアはすぐに気づいた。
近衛兵、侍女、庭師、女官――
そして、上階の回廊から覗く、数人の貴族令嬢たち。
(当然でしょうね。異国から突然“王妃候補”が現れたのですもの)
だが、彼女は視線に動じることなく、花々に目を向けた。
真っ白なリリウムの花が、風に揺れていた。
「この国の花は、日本とはずいぶん違いますわね」
誰にともなく呟いた言葉に、マーニャが返す。
「え、日本……とは?」
「あら、失礼。“旧き言葉”で、“遠くの国”という意味なの」
微笑みながら、意味深な嘘を交えた。
彼女の出生について、余計な詮索をされぬよう、これもまた必要な“外交戦術”だった。
その日の夕刻。
王の執務室にて、リディアは正式に“王妃候補として迎え入れられた”ことを宣言された。
「リディア・エルグレインは、本日をもってアランザール王国の王妃候補として迎え入れる。
以後、王宮内においてはその身分に準じた待遇を持って扱うこととする」
王の一声は、静かだが重みがあった。
貴族たちの反応はさまざまだった。
明確な反発はなくとも、視線には警戒と探るような色が混じっている。
だが、リディアは動じない。
受けた視線を静かに受け止め、礼を欠かすことなく、微笑だけを残した。
(いいわ。ここが、私の“新しい戦場”)
その内心を、誰も知ることはなかった。
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