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第六話「王都の噂、王太子の焦り」
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王都グラン・エレメア。
エルグレイン公爵令嬢の婚約破棄劇から、わずか数日――
それは、静かに、しかし確実に王都の空気を変えていた。
「聞きました? 公爵令嬢が隣国に渡ったって」
「ええ、アランザール王国の王が“正式に迎えた”と……まさか王妃候補ですって?」
昼下がりのティーサロン。
香り高い茶葉よりも甘やかなのは、貴婦人たちの好奇心だった。
「王太子殿下は一体どうなさるのかしらね……。『真実の愛』の方と、うまくやっておられるの?」
「ふふ、あちらの“ご令嬢”も、最近はめっきりお姿をお見かけしませんのよ」
笑いを押し殺すようにして、扇の奥で唇を歪める女たち。
その視線の先には、何もいなかった――いや、何も“残らなかった”というべきか。
王宮の一室。
ユリウスは、机に肘をついたまま、何度目か分からない書簡を読み返していた。
「……やはり、向こうは正式な招待だったのか」
アランザール王国――
王都アレストリアの王室より届いた外交文書は、リディア・エルグレイン嬢を“王妃候補として迎え入れた”ことを、正式に記していた。
否応なく、彼女は「他国の王妃候補」となった。
(どうして、リディアが……)
何もかもが予定外だった。
いや――自分の中では、あの夜、リディアは泣き崩れるとすら思っていた。
「それがどうだ。微笑み、背を向けて……そしてもう、“王妃”か」
嫉妬なのか、後悔なのか。
自分でも分からない。
「ユリウス様」
部屋の奥から、小さな声がした。
ベージュのドレスに身を包んだ少女――ミレイナ・コレットが、視線を落としたまま立っている。
「今日は……お会いできて嬉しいです」
「ああ……」
気のない返事が返る。
ミレイナは、それでも微笑んだ。まるでそれを“愛の証”だと信じ込むように。
けれど、どこかぎこちないその仕草に、ユリウスはふと目を細めた。
「……最近、外に出ていないそうだな」
「……人が……多くて、なんとなく怖くて」
「そうか」
それ以上、言葉はなかった。
ミレイナの微笑が、ほんのわずかに揺らぐ。
(やっぱり……)
誰よりも、それを先に気づいていたのは彼女だった。
ユリウスの視線が、自分を通り越して“何か別のもの”を見ていることを。
けれど、それを認めてしまえば――すべてが崩れてしまう。
だから、笑うしかなかった。
その日の夜、王城の書庫では、一人の侍女が手紙を盗み見ていた。
送り主はエルグレイン邸、宛先はアランザール王国。
「ふふ……これで、“彼女の居場所”も把握できるわ」
その侍女の背には、別の紋章が縫い込まれていた。
王宮に潜む、旧貴族派の刺客――その存在が、まだ誰にも知られていない頃だった。
エルグレイン公爵令嬢の婚約破棄劇から、わずか数日――
それは、静かに、しかし確実に王都の空気を変えていた。
「聞きました? 公爵令嬢が隣国に渡ったって」
「ええ、アランザール王国の王が“正式に迎えた”と……まさか王妃候補ですって?」
昼下がりのティーサロン。
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「王太子殿下は一体どうなさるのかしらね……。『真実の愛』の方と、うまくやっておられるの?」
「ふふ、あちらの“ご令嬢”も、最近はめっきりお姿をお見かけしませんのよ」
笑いを押し殺すようにして、扇の奥で唇を歪める女たち。
その視線の先には、何もいなかった――いや、何も“残らなかった”というべきか。
王宮の一室。
ユリウスは、机に肘をついたまま、何度目か分からない書簡を読み返していた。
「……やはり、向こうは正式な招待だったのか」
アランザール王国――
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否応なく、彼女は「他国の王妃候補」となった。
(どうして、リディアが……)
何もかもが予定外だった。
いや――自分の中では、あの夜、リディアは泣き崩れるとすら思っていた。
「それがどうだ。微笑み、背を向けて……そしてもう、“王妃”か」
嫉妬なのか、後悔なのか。
自分でも分からない。
「ユリウス様」
部屋の奥から、小さな声がした。
ベージュのドレスに身を包んだ少女――ミレイナ・コレットが、視線を落としたまま立っている。
「今日は……お会いできて嬉しいです」
「ああ……」
気のない返事が返る。
ミレイナは、それでも微笑んだ。まるでそれを“愛の証”だと信じ込むように。
けれど、どこかぎこちないその仕草に、ユリウスはふと目を細めた。
「……最近、外に出ていないそうだな」
「……人が……多くて、なんとなく怖くて」
「そうか」
それ以上、言葉はなかった。
ミレイナの微笑が、ほんのわずかに揺らぐ。
(やっぱり……)
誰よりも、それを先に気づいていたのは彼女だった。
ユリウスの視線が、自分を通り越して“何か別のもの”を見ていることを。
けれど、それを認めてしまえば――すべてが崩れてしまう。
だから、笑うしかなかった。
その日の夜、王城の書庫では、一人の侍女が手紙を盗み見ていた。
送り主はエルグレイン邸、宛先はアランザール王国。
「ふふ……これで、“彼女の居場所”も把握できるわ」
その侍女の背には、別の紋章が縫い込まれていた。
王宮に潜む、旧貴族派の刺客――その存在が、まだ誰にも知られていない頃だった。
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