12 / 22
第十二話「ユリウスの暴走と陰謀」
しおりを挟む
祝賀の宴が明けた翌朝、王宮の空気にはどこか張り詰めたものがあった。
夜空を彩った花火の余韻はすでに消え、代わりに残っていたのは――静かな“ざわめき”だった。
王が、異国の令嬢を婚約者として正式に指名した。
それは宮廷全体にとっても、外交関係者にとっても、想定を超えた出来事だった。
一方、使節団に与えられた離宮の一室で、ユリウス・フェルナンドは焦燥を隠しきれずにいた。
「どうして……」
昨夜の宣言、リディアの毅然とした態度、そして――自分の内に渦巻く、説明のつかない“感情”。
「リディアが、あんな顔で笑うなんて……あのときは、俺の前では……あんなふうに笑ったことは、一度だって……」
机に拳を叩きつけた。
だが、それで何かが戻るわけでもない。
「……“あの夜”を、選び間違えたのか?」
背後から、遠慮がちな声がかかった。
「ユリウス様」
ミレイナだった。昨夜の舞踏会でも、終始、彼の傍に控えていた彼女。
けれど、会話はなかった。視線も交わされなかった。
彼女の中に積もり続けた“何か”は、静かに形を持ちはじめていた。
「どうして……リディア様ばかり、誰もが認めるのですか?
私のほうが、ずっと――」
「ミレイナ」
ユリウスの声が、低く遮る。
「……お前は、あの場に立てなかった」
ミレイナの表情が、音もなく崩れる。
「でも……私、あなたの“真実の愛”だったはずじゃ……!」
「それは……お前が“昔のリディア”に見えたからだ。
けれど、もう……彼女は前を向いていた。俺だけが、止まっていたんだ」
言いながら、ユリウスは自嘲気味に笑った。
そしてそのとき、脳裏に浮かんだのは、王城の回廊でリディアと交わした最後の言葉。
《どうぞ、お気をつけて》
あれは優しさではない。
“もう二度と交わることはない”という、最後の別れだった。
その夜、ユリウスは一人の男と密かに接触していた。
「……リディア・エルグレイン嬢の行動を、常時監視してほしい。正式な命ではない。……個人的な“観察”だ」
男は静かに頷き、言った。
「陛下には知られたくない、ということで?」
「……そうだ。王の耳には入れるな」
その命が、“王妃候補への非公式な諜報行為”であることは承知していた。
だが、それでも彼は止まれなかった。いや、止まることを“許されない”と思っていた。
彼女が、完全に“自分の世界から消えてしまう”前に。
そしてその頃、王宮の一角。
ミレイナは誰もいない中庭で、壊れた花瓶を見つめていた。
その手には、小さな金細工のブローチ。
それはかつて、ユリウスが彼女に贈ったもので――
リディアの退場の夜に、無理やり“勝者の証”として手渡されたものだった。
「……私が、勝ったはずだったのに」
その囁きは、夜風に溶けて消えていった。
王宮という美しき劇場の舞台裏に、
今、ひとつ、またひとつ、歪んだ影が広がりはじめていた。
夜空を彩った花火の余韻はすでに消え、代わりに残っていたのは――静かな“ざわめき”だった。
王が、異国の令嬢を婚約者として正式に指名した。
それは宮廷全体にとっても、外交関係者にとっても、想定を超えた出来事だった。
一方、使節団に与えられた離宮の一室で、ユリウス・フェルナンドは焦燥を隠しきれずにいた。
「どうして……」
昨夜の宣言、リディアの毅然とした態度、そして――自分の内に渦巻く、説明のつかない“感情”。
「リディアが、あんな顔で笑うなんて……あのときは、俺の前では……あんなふうに笑ったことは、一度だって……」
机に拳を叩きつけた。
だが、それで何かが戻るわけでもない。
「……“あの夜”を、選び間違えたのか?」
背後から、遠慮がちな声がかかった。
「ユリウス様」
ミレイナだった。昨夜の舞踏会でも、終始、彼の傍に控えていた彼女。
けれど、会話はなかった。視線も交わされなかった。
彼女の中に積もり続けた“何か”は、静かに形を持ちはじめていた。
「どうして……リディア様ばかり、誰もが認めるのですか?
私のほうが、ずっと――」
「ミレイナ」
ユリウスの声が、低く遮る。
「……お前は、あの場に立てなかった」
ミレイナの表情が、音もなく崩れる。
「でも……私、あなたの“真実の愛”だったはずじゃ……!」
「それは……お前が“昔のリディア”に見えたからだ。
けれど、もう……彼女は前を向いていた。俺だけが、止まっていたんだ」
言いながら、ユリウスは自嘲気味に笑った。
そしてそのとき、脳裏に浮かんだのは、王城の回廊でリディアと交わした最後の言葉。
《どうぞ、お気をつけて》
あれは優しさではない。
“もう二度と交わることはない”という、最後の別れだった。
その夜、ユリウスは一人の男と密かに接触していた。
「……リディア・エルグレイン嬢の行動を、常時監視してほしい。正式な命ではない。……個人的な“観察”だ」
男は静かに頷き、言った。
「陛下には知られたくない、ということで?」
「……そうだ。王の耳には入れるな」
その命が、“王妃候補への非公式な諜報行為”であることは承知していた。
だが、それでも彼は止まれなかった。いや、止まることを“許されない”と思っていた。
彼女が、完全に“自分の世界から消えてしまう”前に。
そしてその頃、王宮の一角。
ミレイナは誰もいない中庭で、壊れた花瓶を見つめていた。
その手には、小さな金細工のブローチ。
それはかつて、ユリウスが彼女に贈ったもので――
リディアの退場の夜に、無理やり“勝者の証”として手渡されたものだった。
「……私が、勝ったはずだったのに」
その囁きは、夜風に溶けて消えていった。
王宮という美しき劇場の舞台裏に、
今、ひとつ、またひとつ、歪んだ影が広がりはじめていた。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
「俺にしがみつくのはやめろ」と言われて恋が覚めたので、しがみつかずにリリースします。相容れないとほざくあなたは、今、私に捨てられましたわ
西野歌夏
恋愛
前世でフラれた記憶を思いだしたフローラ・ガトバンは、18歳の伯爵令嬢だ。今まさにデジャブのように同じ光景を見ていた。
エイトレンスのアルベルト王太子にまつわるストーリーです。
※の付いたタイトルは、あからさまな性的表現を含みます。苦手な方はお気をつけていただければと思います。
2025.5.29 完結いたしました。
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。
継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。
しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。
彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。
2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
貧乏神と呼ばれて虐げられていた私でしたが、お屋敷を追い出されたあとは幼馴染のお兄様に溺愛されています
柚木ゆず
恋愛
「シャーリィっ、なにもかもお前のせいだ! この貧乏神め!!」
私には生まれつき周りの金運を下げてしまう体質があるとされ、とても裕福だったフェルティール子爵家の総資産を3分の1にしてしまった元凶と言われ続けました。
その体質にお父様達が気付いた8歳の時から――10年前から私の日常は一変し、物置部屋が自室となって社交界にも出してもらえず……。ついには今日、一切の悪影響がなく家族の縁を切れるタイミングになるや、私はお屋敷から追い出されてしまいました。
ですが、そんな私に――
「大丈夫、何も心配はいらない。俺と一緒に暮らそう」
ワズリエア子爵家の、ノラン様。大好きな幼馴染のお兄様が、手を差し伸べてくださったのでした。
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。
鷹凪きら
恋愛
「力を失いかけた聖女を、いつまでも生かしておくと思ったか?」
聖女の力を使い果たしたヴェータ国の王女シェラは、王となった兄から廃棄宣告を受ける。
死を覚悟したが、一人の男によって強引に連れ去られたことにより、命を繋ぎとめた。
シェラをさらったのは、敵国であるアレストリアの王太子ルディオ。
「君が生きたいと願うなら、ひとつだけ方法がある」
それは彼と結婚し、敵国アレストリアの王太子妃となること。
生き延びるために、シェラは提案を受け入れる。
これは互いの利益のための契約結婚。
初めから分かっていたはずなのに、彼の優しさに惹かれていってしまう。
しかしある事件をきっかけに、ルディオはシェラと距離をとり始めて……?
……分かりました。
この際ですから、いっそあたって砕けてみましょう。
夫を好きになったっていいですよね?
シェラはひっそりと決意を固める。
彼が恐ろしい呪いを抱えているとも知らずに……
※『ネコ科王子の手なずけ方』シリーズの三作目、王太子編となります。
主人公が変わっているので、単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる