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第十一話「カイ王の宣言」
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舞踏会の最中、大広間の奥に位置する王座の間へと、人々の視線が自然と集まり始めていた。
中央に座す王、カイ・アランザールが、杯を静かに置いたその仕草――
それが、“始まり”の合図だった。
「皆の者、少し耳を貸してほしい」
低く落ち着いた声が、広間の隅々まで届く。
喧騒がすっと引き、貴族たちは自ずと会話を止めてカイの言葉に集中した。
「本日、この宴において、我が王国より一つの発表を行う」
ざわめきが生まれる。誰もが“何が来るのか”と息を呑んだ。
リディアの隣で控えていた近衛長・ゼスは、小さく頷き、ひとつ後ろに下がった。
マーニャも緊張した面持ちで、リディアの肩越しに王を見つめている。
そして――カイは立ち上がった。
「リディア・エルグレイン」
その名が響いた瞬間、会場の空気がはっきりと変わった。
かつて“婚約を破棄された令嬢”として一部に語られていた名が、今や“王の口から”呼ばれたのだ。
「彼女は王命により、我が国の王妃候補として迎えられた存在である。
だが今宵、私はそれ以上の立場を――“私の伴侶”としての意思を、この場で表明する」
――沈黙。
それは一瞬であったが、あまりにも重く、緊迫した静けさだった。
「私は、リディア・エルグレインを、我が国の正式な“王妃候補”として認めるだけでなく、
国王たる私の“婚約者”として、王国全土に告げる」
どよめきが起こる。
王妃候補という“試験的な存在”ではなく――“王の婚約者”という公式な宣言。
「……っ!」
会場の片隅、ミレイナが顔を強張らせていた。
ユリウスもまた、目に見えて動揺を隠せず、手にした杯が揺れる。
貴族たちは、無言で互いの目を見交わしていた。
あの若き王が、これほど明確に意志を示したのは初めてだった。
その隣で、リディアは静かに立ち上がる。
深紅のドレスが揺れ、背筋を真っ直ぐに伸ばして、彼女は一歩、前に出た。
「……陛下の御心、確かに承りました。
その重みにふさわしき者であるよう、努力いたします」
それは、決意と受諾の言葉。
微笑は一切なかった。けれど、その声には揺るぎない品格があった。
拍手は、やがて一人、二人と広がり――やがて王宮全体を包むようになった。
夜空に咲いたのは、祝賀の花火。
それは祝祭の証であり、同時に“新しい時代の訪れ”を告げる光でもあった。
舞踏会の終わり、リディアは回廊を一人で歩いていた。
その足音を追うように、ユリウスが姿を現す。
「……なぜ、君なんだ」
唐突な問いに、リディアは振り返らないまま答える。
「陛下が、私を選んだ理由ですか? それとも、あなたが私を選ばなかった理由?」
ユリウスは言葉に詰まる。
「……後悔してる。あの夜のことを」
「ええ。だから私は、“後悔なさらぬように”と、あの場で申し上げましたわ」
ゆるやかに振り返ったその瞳には、もはや愛も怒りもなかった。
ただ、過去を超えて立つ者だけが持つ静けさが宿っていた。
「ごきげんよう、王太子殿下。……どうぞ、お気をつけて」
リディアは踵を返し、月明かりの廊下を歩き出す。
彼女の歩みは、もう誰にも止められない。
中央に座す王、カイ・アランザールが、杯を静かに置いたその仕草――
それが、“始まり”の合図だった。
「皆の者、少し耳を貸してほしい」
低く落ち着いた声が、広間の隅々まで届く。
喧騒がすっと引き、貴族たちは自ずと会話を止めてカイの言葉に集中した。
「本日、この宴において、我が王国より一つの発表を行う」
ざわめきが生まれる。誰もが“何が来るのか”と息を呑んだ。
リディアの隣で控えていた近衛長・ゼスは、小さく頷き、ひとつ後ろに下がった。
マーニャも緊張した面持ちで、リディアの肩越しに王を見つめている。
そして――カイは立ち上がった。
「リディア・エルグレイン」
その名が響いた瞬間、会場の空気がはっきりと変わった。
かつて“婚約を破棄された令嬢”として一部に語られていた名が、今や“王の口から”呼ばれたのだ。
「彼女は王命により、我が国の王妃候補として迎えられた存在である。
だが今宵、私はそれ以上の立場を――“私の伴侶”としての意思を、この場で表明する」
――沈黙。
それは一瞬であったが、あまりにも重く、緊迫した静けさだった。
「私は、リディア・エルグレインを、我が国の正式な“王妃候補”として認めるだけでなく、
国王たる私の“婚約者”として、王国全土に告げる」
どよめきが起こる。
王妃候補という“試験的な存在”ではなく――“王の婚約者”という公式な宣言。
「……っ!」
会場の片隅、ミレイナが顔を強張らせていた。
ユリウスもまた、目に見えて動揺を隠せず、手にした杯が揺れる。
貴族たちは、無言で互いの目を見交わしていた。
あの若き王が、これほど明確に意志を示したのは初めてだった。
その隣で、リディアは静かに立ち上がる。
深紅のドレスが揺れ、背筋を真っ直ぐに伸ばして、彼女は一歩、前に出た。
「……陛下の御心、確かに承りました。
その重みにふさわしき者であるよう、努力いたします」
それは、決意と受諾の言葉。
微笑は一切なかった。けれど、その声には揺るぎない品格があった。
拍手は、やがて一人、二人と広がり――やがて王宮全体を包むようになった。
夜空に咲いたのは、祝賀の花火。
それは祝祭の証であり、同時に“新しい時代の訪れ”を告げる光でもあった。
舞踏会の終わり、リディアは回廊を一人で歩いていた。
その足音を追うように、ユリウスが姿を現す。
「……なぜ、君なんだ」
唐突な問いに、リディアは振り返らないまま答える。
「陛下が、私を選んだ理由ですか? それとも、あなたが私を選ばなかった理由?」
ユリウスは言葉に詰まる。
「……後悔してる。あの夜のことを」
「ええ。だから私は、“後悔なさらぬように”と、あの場で申し上げましたわ」
ゆるやかに振り返ったその瞳には、もはや愛も怒りもなかった。
ただ、過去を超えて立つ者だけが持つ静けさが宿っていた。
「ごきげんよう、王太子殿下。……どうぞ、お気をつけて」
リディアは踵を返し、月明かりの廊下を歩き出す。
彼女の歩みは、もう誰にも止められない。
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