18 / 22
第十八話「王妃としての初陣」
しおりを挟む
アランザール王国から北東へと続く街道。
その先にあるヴェルツァリア王国へ、ひときわ豪奢な馬車が進んでいた。
通商協定を祝し、ヴェルツァリア宮廷からの正式な招待に応える形での訪問――
これは、リディア・エルグレインにとって、王妃候補として初めて“異国の地”に降り立つ外交任務だった。
馬車の揺れの中、リディアは書簡に目を通していた。
「ヴェルツァリア王は寡黙で知られ、国政は主に第一王女殿下が掌握しているとのことです。
女王政に近い体制を持つ国ですね……」
隣に座るマーニャがうなずく。
「リディア様のような方には、むしろ馴染みやすいかもしれません。
……ですが、噂によると、第一王女殿下は“非常に気難しい”と」
「……むしろ楽しみですわね。私に対して“甘い期待”を抱かれているよりは、よほど健全です」
そして、正午。
馬車がヴェルツァリア王宮の前に止まり、衛兵たちが恭しく扉を開けた。
目の前に立つのは、漆黒のドレスに身を包んだ女性――
銀灰色の瞳を持つ、第一王女アリシア・ヴェルツァリア。
「アランザール王国代表、王妃候補リディア・エルグレイン殿。ようこそ、我が国へ」
その声音は冷静だが、確かに敬意を含んでいた。
「招いていただき光栄です。アリシア殿下。……まずはこの地の空気と、お茶を味わわせていただけますか?」
その一言に、アリシアの眉がわずかに上がる。
「……なるほど。噂通り、“言葉で場を制する”方のようですね」
その日の午後、歓迎の茶会が開かれた。
ヴェルツァリア宮廷の貴族たちが並ぶ中、リディアは一人、正面の席に招かれる。
注がれる視線は、決して好意ばかりではない。
だが、彼女は動じない。茶を口にし、微笑んで話す――ただそれだけで、空気が変わっていく。
「この茶葉は素晴らしい香り。土壌に含まれる鉱物が高い香気を生むのでしょう。
我が国にも似た茶がありますが……この渋みは、貴国独自の誇りとなるはずです」
「味ではなく、国を褒めた。……この者、只者ではないな」
隣席でささやく声が聞こえた。
それでもリディアは、何事もなかったように杯を置く。
そして、茶会の終わり際。
第一王女アリシアが、ふいに声をかけた。
「エルグレイン嬢。あなたは“誰のため”に国を語りますか?」
リディアは、まっすぐにその視線を受け止めた。
「私自身のためです」
「……ほう」
「誰かに好かれたいからでも、誰かの道具でありたいからでもなく。
私が私であるために、この国を守りたいのです。
……そして、“彼”の隣に立ち続けることが、私の誇りになるから」
アリシアは一瞬だけ黙し――やがて、口元をわずかに緩めた。
「それならば。……少なくとも我が国において、あなたは“王妃にふさわしい”と認めましょう」
その言葉に、場が静まり返る。
これまでどんな称賛も避けてきた第一王女が、明言した“認定”だった。
その夜、リディアはカイ宛の報告書に、ひとことだけ添えた。
「この国の風は冷たくて、けれどとても澄んでいました」
アランザールの“未来の王妃”は、今日また一歩、
“他国からも認められる女王”として歩みを進めた。
その先にあるヴェルツァリア王国へ、ひときわ豪奢な馬車が進んでいた。
通商協定を祝し、ヴェルツァリア宮廷からの正式な招待に応える形での訪問――
これは、リディア・エルグレインにとって、王妃候補として初めて“異国の地”に降り立つ外交任務だった。
馬車の揺れの中、リディアは書簡に目を通していた。
「ヴェルツァリア王は寡黙で知られ、国政は主に第一王女殿下が掌握しているとのことです。
女王政に近い体制を持つ国ですね……」
隣に座るマーニャがうなずく。
「リディア様のような方には、むしろ馴染みやすいかもしれません。
……ですが、噂によると、第一王女殿下は“非常に気難しい”と」
「……むしろ楽しみですわね。私に対して“甘い期待”を抱かれているよりは、よほど健全です」
そして、正午。
馬車がヴェルツァリア王宮の前に止まり、衛兵たちが恭しく扉を開けた。
目の前に立つのは、漆黒のドレスに身を包んだ女性――
銀灰色の瞳を持つ、第一王女アリシア・ヴェルツァリア。
「アランザール王国代表、王妃候補リディア・エルグレイン殿。ようこそ、我が国へ」
その声音は冷静だが、確かに敬意を含んでいた。
「招いていただき光栄です。アリシア殿下。……まずはこの地の空気と、お茶を味わわせていただけますか?」
その一言に、アリシアの眉がわずかに上がる。
「……なるほど。噂通り、“言葉で場を制する”方のようですね」
その日の午後、歓迎の茶会が開かれた。
ヴェルツァリア宮廷の貴族たちが並ぶ中、リディアは一人、正面の席に招かれる。
注がれる視線は、決して好意ばかりではない。
だが、彼女は動じない。茶を口にし、微笑んで話す――ただそれだけで、空気が変わっていく。
「この茶葉は素晴らしい香り。土壌に含まれる鉱物が高い香気を生むのでしょう。
我が国にも似た茶がありますが……この渋みは、貴国独自の誇りとなるはずです」
「味ではなく、国を褒めた。……この者、只者ではないな」
隣席でささやく声が聞こえた。
それでもリディアは、何事もなかったように杯を置く。
そして、茶会の終わり際。
第一王女アリシアが、ふいに声をかけた。
「エルグレイン嬢。あなたは“誰のため”に国を語りますか?」
リディアは、まっすぐにその視線を受け止めた。
「私自身のためです」
「……ほう」
「誰かに好かれたいからでも、誰かの道具でありたいからでもなく。
私が私であるために、この国を守りたいのです。
……そして、“彼”の隣に立ち続けることが、私の誇りになるから」
アリシアは一瞬だけ黙し――やがて、口元をわずかに緩めた。
「それならば。……少なくとも我が国において、あなたは“王妃にふさわしい”と認めましょう」
その言葉に、場が静まり返る。
これまでどんな称賛も避けてきた第一王女が、明言した“認定”だった。
その夜、リディアはカイ宛の報告書に、ひとことだけ添えた。
「この国の風は冷たくて、けれどとても澄んでいました」
アランザールの“未来の王妃”は、今日また一歩、
“他国からも認められる女王”として歩みを進めた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
「俺にしがみつくのはやめろ」と言われて恋が覚めたので、しがみつかずにリリースします。相容れないとほざくあなたは、今、私に捨てられましたわ
西野歌夏
恋愛
前世でフラれた記憶を思いだしたフローラ・ガトバンは、18歳の伯爵令嬢だ。今まさにデジャブのように同じ光景を見ていた。
エイトレンスのアルベルト王太子にまつわるストーリーです。
※の付いたタイトルは、あからさまな性的表現を含みます。苦手な方はお気をつけていただければと思います。
2025.5.29 完結いたしました。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。
継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。
しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。
彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。
2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる