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第3話 氷の男爵、ひと振りの手
しおりを挟む婚約披露の舞踏会は、王宮最大の鏡の間で盛大に催された。
天井には百を超える燭台が輝き、貴族たちの衣擦れと笑声が夜を彩る。
クラリスは白銀を基調としたドレスに身を包み、胸元には王家の紋章があしらわれていた。
その傍らに立つのは、変わらず無表情の男──ヴィンセント=グラハム。
彼は舞踏会にまるで馴染んでいなかった。
貴族たちは遠巻きに囁く。
「どうしてあんな冷血漢と王女が……」「まるで処刑人と姫君だな」
「フェルディナンド公爵家の方が、まだふさわしかった」
悪意のない仮面をかぶった言葉たちが、鏡の間を漂っていた。
「……大丈夫よ、私には聞こえませんもの」
そう呟いたクラリスの笑みは、少しだけ強がっていた。
彼女は笑顔を保つことに慣れていた。
だが、その手はほんのわずかに震えていたことを──彼だけが気づいていた。
そのとき。
「──クラリス殿下、もしよろしければ、今宵一曲……」
振り返れば、そこには見下したように微笑むレオン=フェルディナンドの姿があったように見えたがそれは別人であった。
「どうして貴方が……」
まるでクラリスは、幻覚を見ているかのようだった。
──クラリスの足が、一瞬すくんだその時。
「……ご遠慮いただきたい。王女殿下は私の婚約者だ」
低く、鋭い声が、空気を裂いた。
ヴィンセントが、クラリスの前に一歩出て、男の手の前に自身の手を差し出していた。
「この方の手は、私が取る。──王命により、それが私の役目だ」
それは命令のようでありながら、どこか護るような言葉だった。
鏡の間がざわめく中、ヴィンセントは振り返らずに、クラリスに問いかけた。
「……一曲、願えますか」
それは初めて、彼が自分の意志で口にした“願い”だった。
クラリスは、ゆっくりとその手を取った。
「ええ、喜んで。──殿下としてではなく、あなたの婚約者として」
そして二人は、舞踏の輪の中心へと歩み出た。
彼の手は、意外にも温かかった。
表情こそ動かぬ氷の男だったが、その手だけは、確かに彼女を選んでいた。
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