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第2話 初対面、氷の男爵
しおりを挟むグラハム男爵ヴィンセントとの謁見は、王宮西棟の客間にて取り計らわれた。
本来ならば、婚約披露の舞踏会が正式な顔合わせの場となるはずだった。だが彼はそれを「不要」と切り捨て、最低限の挨拶の場を設けることで話がついたという。
王女に対してその態度──。
「……ふふっ、なるほど。これは確かに“悪役”の名に恥じない方ですわね」
鏡台の前で薄く笑うクラリスの背後に、侍女長ミレーヌが静かに言葉を差し込む。
「姫様、お気を強く。あの男爵殿、お顔立ちは整っておいでですが、お心は……どうにも氷のようだと」
「心が氷、ですか。……ならば、氷は溶かせばいいのですよ」
「……それで凍傷を負わねばよろしゅうございますが」
ミレーヌの皮肉にも、クラリスは柔らかく笑った。どこか、決意を帯びた微笑だった。
*
客間の扉が開き、衛士の声が響く。
「グラハム男爵、入室されます」
クラリスは深く呼吸を整えた。背筋を正し、視線をまっすぐに向ける。
入ってきた男は、噂通りの姿だった。
漆黒の髪に灰銀の瞳。無表情を極めたような顔立ち。背は高く、軍服のような黒の礼服が一切の飾り気を排している。
「……ヴィンセント=グラハムです。以後、お見知りおきを」
短く、低く、感情を排したような声だった。
一礼。それだけ。膝もつかず、視線も合わせず、ただ義務を果たすように言葉だけを置く。
クラリスは、わずかに眉を動かした。
「クラリス=エストレアです。……本日は、お時間をいただき感謝いたします。ご足労、心より嬉しく存じますわ」
笑顔と礼儀で返す。これが王女としての作法だ。
だがその返答にすら、男は何の反応も示さなかった。ただ、わずかに目を伏せたように見えた。
「……私に礼は不要です。これは、王命ですから」
突き刺すような言葉だった。
ミレーヌの背後にいた侍女が、息を呑む音を立てた。
クラリスは、けれど顔色を変えなかった。
「まあ……では、その“王命”にて始まる関係が、少しでも良いものとなるよう、努力いたしますわ」
その場は、それで終わった。
言葉以上のやり取りはなかった。けれど確かに、クラリスの胸には重く冷たいものが残った。
──この人、本当に、誰にも心を開かないのね。
だが、そこに少しだけ、かすかな感情の気配も見えた気がした。
(氷のような目をしていた。でも……目の奥は、死んでいなかった)
彼の瞳が、ほんの一瞬だけ、揺れた気がした。
それはクラリスにとって、奇妙な“希望”だった。
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