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しおりを挟むアークには、婚約を解消した事は言えなかった。
下手なことを言って心労を与えたくないと思ったからだ。
状況が安定しないので先送りにした。と、嘘をつくと、少し悲しそうな顔をした。
「ごめんね。姉さん」
アークはあえてなにも触れなかったが、もしかしたら、自分のせいだと思っているのかもしれない。
「そんなことよりも、子供の頃に行った別荘に行きましょう!」
「そんな事って、自分の婚約の事なのに、僕は別に、それよりも、ちゃんとローガンさんと話した方が」
アークは、私の事が心配のようだ。
「田舎の方がこっちよりも、『親切な身内』も来なくなると思うの。それに、私、あっちでのんびりと過ごしたいの、結婚もしばらく先になっちゃったし」
悪戯っぽく笑って見せると、アークは「仕方ないなぁ」とこぼした。
「姉さんがそれを望むなら」
困った顔で、アークが頷いた。
後は、すぐに行動に移すのみだ。
希望者に退職金と紹介状を渡して、少しずつ身辺整理を始めた。それでも辞めない使用人もおり「絶対についていきます」と、鼻息を荒くさせたマーサとその夫の料理長のカインがついて来てくれる事になった。
知っている人がいるのはとてもありがたかった。
別荘にも使用人はいるので問題はないと思うけれど、もしも人手が必要だったら向こうで雇ってもいいかもしれない。
「ねぇ、長く向こうに住むからって、使用人に退職させるなんて」
アークは、何か言いたげだった。
もう二度とここには戻らないのか。と、聞きたかったのかもしれない。
そうこうして身辺整理を終えると、私たちは別荘へと向かった。
思い出の場所は変わらずだった。
「懐かしいね」
屋敷を一目見るなりアークが呟く。
ここには、優しかった両親や祖父母との思い出が詰まっていた。
祖父母を相次いで亡くしてから、行く事はできなかったけれど……。
ここをずっと管理してくれた使用人に感謝と、申し訳ないけれど、もう、タウンハウスには戻らない。ここにずっといるつもりだと伝えると、驚いた顔をしてすぐに「不便がないように努力します」と返された。
誠実そうな人達が多そうに思えて、仲良くやっていけそうな気がした。
アークは、花が枯れていくようにゆっくりと死へと向かっていった。
彼は死ぬ事が怖いというよりも、私を一人残して逝くことを恐れているように見えた。
「姉さん。ごめん、守ってあげられなくて」
アークは寝たきりになると、何度も私に謝るようになった。
私はそれを聞くのがとても辛かった。
そして、アークは冬を越す前に息を引き取った。
それから、私は生きる気力すら無くなってしまった。
一度、死のうと思ったが、マーサは前々から察していたようで泣いて止められた。
だから、私はゆっくりと死を待つ事にした。
皮肉な事に、死を待つと決めたのに、画家が有名になってしまい。手元のお金は増えてしまった。
そうなると、人は欲という物ができてしまう。
アークが罹った病が治るものになって欲しい。と。
私はそれを研究している医師を探し出して資金支援をすることにした。
ローガンからもらった手切れ金だけでは、とても足りなかったのだ。
その時だけは、生きる意味を少しだけ見出せた気がした。
私は凪の中を生きてきた。
隣の屋敷にとある夫婦が引っ越してきた日から、私の心の海が少しずつ荒れ始めていった。
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