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「ハレー様、眠ってしまったのですか?」

聞き慣れた声……そうだ、私はいま旅をしているのだ。

小国の王女として生まれ育った私の名はハレー。わけあって、隣国の大国に嫁ぐことが急遽決まった。

******************************************

「ハレー、閣下がお前のことを引き取ってくださるそうだ!」

お父様が私にそう言ったのが1週間ほど前のこと。

「閣下?誰のことですか?」

まあ、正直なところ、このまま婚約相手が見つからないのはやばいと思っていた。年は間もなく30。超えてしまったら、年増好きのへんてこりんな貴族しか相手をしてくれなくなる。早い子であれば、18にもなると婚約者が見つかるというものだ。

私が今まで婚約できなかった理由?それは、こう見えても王女だから?小国とは言っても、案外プライドがあるんです。だから、単なる金持ち貴族と婚約するとか、そう言ったことは決してないの。

私に見合った男がいなければ、話が進まない。とまあ、こんなプライドを持ち続けたおかげで10年も婚約できなかった。そんな私に婚約を申し込んだ相手が閣下だって?最初はもちろん分からなかった。

「お前、閣下を知らないのか?失礼にも程があるぞ!」

お父様は怒っていた。いや、怒られることなのか?

「で、誰なんですか。その閣下って言うのは。まさか……」

お父様は私の話を遮った。

「お前のろくでもないプライドがどうとか……いや、そんなお前のプライドを一番保障してくださるお方なんだよ」

プライドを保障?それは、相当御身分の高いお方だと思った。だから、私はそのままお父様の話を聞き続けようと思ったのだ。

「それで、その閣下というお方は一体誰なのですか?」

私はストレートに聞いてしまった。回りくどいやり取りは不要なんだ。

「ああ、聞いて驚くなよ。なんと、隣国の第一王子なのだ!」

隣国の第一王子……それを聞いて、私は思わず吹き出してしまった。

「なにが可笑しいんだ?」

お父様は怪訝そうな顔をした。可笑しいに決まっている。だって、隣国と言えば、この世界の覇権を握ると言っても過言でないくらい大国なのだ。そんな大国の第一王子が指で踏み潰せるほど小さな我が国の王女……この私と婚約するだなんて、可笑しいにもほどがあるんだ。

「ねえ、お父様。それは何かの詐欺でしょう。どうして、そんなすごいお方が私を婚約者に選ぶというんですか?」

「まあ、私も最初は疑ったさ。お前の言う通り、国の規模が違い過ぎる。どう考えてもあり得ない、とな」

疑わない方がバカだと思った。お父様は昔から調子のいい詐欺師に騙されることが多かった。でも、さすがに今回の話は可笑しいと思った……まだ、普通の思考回路が残っていて安心したのだ。

「でもな、閣下の使者がやって来て、正式にお前を婚約者にしたいと通達してきたのだ!」

お父様の話をどこまで信じればいいのか分からなかった。でも、万が一にも閣下が何を考えているのか分からないが、私を婚約者に選んだのであれば、それを無碍に断ることは出来ないだろう。それこそ、外交問題に発展する可能性だってある。大国が攻めてくれば、我が国は1日も持たずに敗戦となってしまうはずだ。

まあ、間もなく私は価値のない令嬢になってしまうところ。仮に詐欺だとして、引っかかったとしてもどのみち終わり。だとすれば、万が一の確率に賭けてみるのも面白いと思ったわけだ。

「分かりました。閣下の元に行きましょう」

******************************************

という具合で、私はいま旅をしている。長旅のせいで寝入ってしまった。

「あと3時間もすれば到着しますよ。眠ってしまったら、ハレー様の美しい顔が台無しになってしまいます」

メイドのローズ……幼い頃から私の傍にいてくれる……言わば大切な友人だ。お供は1人まで、という条件だった。だからこそ、私はローズを選んだ。一度大国に入ってしまったら、命の保証はない。国境をまたいだ瞬間に撃ち殺される可能性も十分にあるわけだ。

「ああ、ローズ。その小鳥のような声を聞いてすっかり目が覚めたわ……」

私は冷えたローズの手を握った。

「ハレー様。あなた様の手は本当にあったかいですね。私と違って……」

普通であれば国内最強の傭兵を供にした方がいいと思うだろう。でも、我が国はある意味自由過ぎて、軍の規律や統率が上手くいかない。お父様が傭兵に声をかけたらしいが、

「生憎ですが、姫様のために命を捧げるつもりはありません」

と、きっぱり断ったそう。ああ、これほど信頼されていないのはショックだったけど。

他の候補者もみんなダメ……私のために命を投げ出す覚悟のある者はいなかった……たった1人の例外を除いて。

「私ではダメでしょうか?」

屈強な男たちが次々と辞退する中、名乗りを上げたのがローズだった。お父様は最初反対した。私よりもか弱いローズが、万が一のとき私を守ることなんてできない。誰もがそう思ったのだ。

「ですが……他に名乗りを上げる者がいないとなったら、この私がハレー様をお守りしたいと思います」

私はローズの言葉に感銘を受け、結局ローズと共に旅することを決意したのだ。

「間もなく国境に差し掛かります。ハレー様。心してくださいね」

「ええ、でも本当にありがとう。ねえ、ローズ?」

「なんですか、ハレー様?」

「もしも、私に何かあったら、私に構わず逃げていいから。もう、あの時の言葉を聞いただけで嬉しくてね、あなたのような人に会えただけでもう十分かなって思っちゃって……」

「ハレー様、お気持ちは嬉しいですが、どうか、そんなことはおっしゃらずに」

私はこくりと頷いた。

国境にそびえる大きな門……大国側には恰幅の良い兵士たちが10名程度待ち構えていた。まさか……本当に殺されてしまうのか?人生どうでもいいって確かに思った。でも、あと数分後に死んでる未来を想像すると、前言撤回したくもなった。

「さあ、行きましょう!」

そんな私の気持ちを知っているのか、あるいは健気に励ましてくれるのか。ローズの逞しい姿に感化されて、私もびしっと胸を張ったのだった。
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