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その10

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リンプルから一通りの聴取を終えたアンナは、最後にこう言い残した。

「事を荒げるつもりはありません。ただ……ファンコニー様との婚約を無効にして、罪を認めれば、流刑くらいにしてあげますよ……」

リンプルは、アンナが帰ってから、腹が立ち、壁を何度も何度も蹴っ飛ばした。

「私が一体何をしたって言うのよ!!!」

リンプルは叫び続けた。遥か上の大地に響くかもしれないと思った。

「静かにしろ!!!」

時々看守が降りてきて、注意された。

「私を誰だと思っているのよ?ボアジエ公爵家のリンプルよ!」

こう告げると、彼らは何も言わずに帰っていった。

「ははは……大したお嬢さんだ……」

リンプルは、隣の全く人気のない牢獄から、低い男の声を聞いた。

「そこに、誰かいらっしゃるの?」

「ああ、もうかれこれ40年は住んでいるな……」

40年と聞いて、リンプルは背筋が凍り付いた。一体、何をしでかしたと言うのか?

「君は何もしていないな……顔を見ればわかるさ。君は王子様暗殺なんてできる顔じゃないもんな……」

「一体……あなたは何者なんですか?」

「驚いたな。君は私のことが怖くないのか?普通、ここに収監されてきた新人は、私が何か声をかけると、仰天するんだがな……」

「私は薬師です。並大抵のことでは驚きません」

「ほお……肝っ玉の据わったお嬢さんだ……」

男は感心しているみたいだった。

「私はジャック、ジャック・スペンサーだ……」

リンプルは、スペンサーと聞いて、記憶をほじくり返した。そして、一つの過去にたどり着いた。

「ひょっとして……皇太子殺人事件?」

「ありゃ……これまた驚いたな……。知っているのか?」

どうやら当たりのようだった。

「ということは……あなたは実行犯で、嘗てのスペンサー伯爵?」

「正解だ!お見事!」

スペンサー伯爵は、リンプルの祖父に当たる14代ボアジエ公爵の見習いとして、薬師の研鑽を積んでいた。15代ボアジエ公爵と変わらないくらい、熱血と正義に飲み込まれた男であり、現皇帝の兄である、当時の皇太子の政策に批判的だった。皇太子はタカ派であり、無力な人民の粛清を時々行っていた。国体保持のためには、民の数は少ない方がいいという考えだった。

14代ボアジエ公爵は皇太子の薬師として、皇太子の体調管理を担当していた。このため、スペンサー伯爵も皇太子の傍にいる機会が何度かあった。そして、スペンサー伯爵は凶行に出た。皇太子に致死量のカリウムを投与し、皇太子は即死した。

スペンサー伯爵は即日逮捕され、皇太子暗殺の罪で死刑判決を受けた。しかしながら、この判決を主導した諜報捜査機関の不正が暴かれ、また、現皇帝が、スペンサー伯爵の情状酌量を求めたことから、死刑判決は取り消され、終身刑となった。


「君は……人を殺すために薬師になったわけではないだろう?」

ジャックはリンプルに質問した。リンプルは最初、質問の意味が分からなかった。対話を重ねていく内に、その意味を理解するようになった。
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