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逃げられない ②
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「母さん、ちょっと出かけてくる。帰りが少し遅くなるかもしれない」
キッチンを覗くと、いい香りと共に夕食の用意がほぼ終わっていた母親が顔をあげる。
「え?今から?もうご飯できたから、食べて行ったら?」
本当はそうしたいし、行きたくない。
『兄さんのところに行くんだ』
そう言ったら母さんはどんな顔するだろう?
『幸樹とだったら、一緒に家で食べたらいいじゃない?』って言うだろうな。
家で会えば、兄さんも変なことは言えないし、出来ないだろうな。
でもそんなことさせてはくれないと思う。
「ちょっと…環に相談したいことがあって、ついでに一緒にご飯食べてくるよ。だから心配しないで」
咄嗟に智樹は環の名前を出してしまった。
「今日は幸樹じゃなくて環くんに相談なのね」
「え…?」
母親の言葉に智樹は驚く。
「この前幸樹が『最近、智樹悩んでるみたいだから、また今度ゆっくり相談に乗るよ』って言ってたのよ」
それって兄さんが俺を連れ出しやすいように、母さんにまで根回ししてたってこと?
「幸樹心配してたから、また連絡してあげてね」
何も知らない母親には、幸樹は弟思いのいい兄なんだろう。でも本当は……。
「気をつけてね。もし時間が遅くなるようだったら連絡して。迎えに行くわ」
そう言って智樹を玄関まで送っていく。でも智樹が今から行くところは本当は環のところでなく、幸樹のところ。昔の智樹に引き戻そうとする幸樹のもとへ。
母さん助けて。
俺、もう嫌なんだ。
もう昔に戻りたくない!
雅樹と母さんと早見さんと純也と環と桜ちゃんとだけ、一緒にいたいんだ。
助けて母さん。
もうこんなこと嫌だ!!
心の中で智樹が叫ぶ。口に出してしまえば、きっと母親は助けてくれるだろう。だけどそれをしてしまえば、雅樹とのこともバレてしまう。それだけはどうしても嫌だった。
俺はどうなってもいい。
でも雅樹にだけは迷惑かけられない。
助けを求めたい気持ちを心の奥に押し込み、
「行ってきます」
と、智樹は家を出て一つ目の角を曲がる。
するとそこにはもう幸樹が言っていたように梶野が角を曲がった所に黒塗りのベンツを停めいて、車から降りた状態で智樹の事を待っていた。
「梶野さん、いつもすみません」
智樹がそう言うと、梶野は車の後部座席のドアを開け軽く頭を下げる。そして、智樹が車に乗り込むと、
「いえ…、智樹さんの事を考えると私なんて…」
そう呟いた。
後部座席に座った智樹は、移り変わる車窓を虚な目で眺める。大きな邸宅街を通り抜け、華やかな街並みに入っていく。そしてビルが立ち並ぶオフィス街へ。
景色が変わっていくたびに小型犬を散歩させている人達から、着飾った人達に。それからまた進んでいくと、スマホで話をしながら早足で前だけ向いて歩くスーツ姿のサラリーマン達。
薄暗くなってくる太陽の光とは対照的に、街灯の灯りがぽつぽつと点灯していく。温かみのある太陽光から、人工的な光へと。
この大きな高層ビルの会社を経営しているのはアルファ達で、ベータやオメガから搾取していくんだ。
『夢は叶う』『努力し続ければ、結果は後でついてくる』『バース性なんて関係ない』
そんなのクソくらいだ。
俺の夢は、静かでいい、贅沢なんて言わない、雅樹とのささやかな生活、幸せのために、少しでも一緒にいれるように努力した結果がこれだ。
幼かったからこの選択肢しか、決断しか出来なかった?
違う選択をしていたら、今の状況は変わってきた?
バース性がなければ、バース性なんてなければ、こんな選択しなくてよかったし、決断なんてしなくてよかった。
でもバース性がなければ、雅樹は俺を抱いてくれただろうか…?
触れてはくれなかったのだろうか…?
キッチンを覗くと、いい香りと共に夕食の用意がほぼ終わっていた母親が顔をあげる。
「え?今から?もうご飯できたから、食べて行ったら?」
本当はそうしたいし、行きたくない。
『兄さんのところに行くんだ』
そう言ったら母さんはどんな顔するだろう?
『幸樹とだったら、一緒に家で食べたらいいじゃない?』って言うだろうな。
家で会えば、兄さんも変なことは言えないし、出来ないだろうな。
でもそんなことさせてはくれないと思う。
「ちょっと…環に相談したいことがあって、ついでに一緒にご飯食べてくるよ。だから心配しないで」
咄嗟に智樹は環の名前を出してしまった。
「今日は幸樹じゃなくて環くんに相談なのね」
「え…?」
母親の言葉に智樹は驚く。
「この前幸樹が『最近、智樹悩んでるみたいだから、また今度ゆっくり相談に乗るよ』って言ってたのよ」
それって兄さんが俺を連れ出しやすいように、母さんにまで根回ししてたってこと?
「幸樹心配してたから、また連絡してあげてね」
何も知らない母親には、幸樹は弟思いのいい兄なんだろう。でも本当は……。
「気をつけてね。もし時間が遅くなるようだったら連絡して。迎えに行くわ」
そう言って智樹を玄関まで送っていく。でも智樹が今から行くところは本当は環のところでなく、幸樹のところ。昔の智樹に引き戻そうとする幸樹のもとへ。
母さん助けて。
俺、もう嫌なんだ。
もう昔に戻りたくない!
雅樹と母さんと早見さんと純也と環と桜ちゃんとだけ、一緒にいたいんだ。
助けて母さん。
もうこんなこと嫌だ!!
心の中で智樹が叫ぶ。口に出してしまえば、きっと母親は助けてくれるだろう。だけどそれをしてしまえば、雅樹とのこともバレてしまう。それだけはどうしても嫌だった。
俺はどうなってもいい。
でも雅樹にだけは迷惑かけられない。
助けを求めたい気持ちを心の奥に押し込み、
「行ってきます」
と、智樹は家を出て一つ目の角を曲がる。
するとそこにはもう幸樹が言っていたように梶野が角を曲がった所に黒塗りのベンツを停めいて、車から降りた状態で智樹の事を待っていた。
「梶野さん、いつもすみません」
智樹がそう言うと、梶野は車の後部座席のドアを開け軽く頭を下げる。そして、智樹が車に乗り込むと、
「いえ…、智樹さんの事を考えると私なんて…」
そう呟いた。
後部座席に座った智樹は、移り変わる車窓を虚な目で眺める。大きな邸宅街を通り抜け、華やかな街並みに入っていく。そしてビルが立ち並ぶオフィス街へ。
景色が変わっていくたびに小型犬を散歩させている人達から、着飾った人達に。それからまた進んでいくと、スマホで話をしながら早足で前だけ向いて歩くスーツ姿のサラリーマン達。
薄暗くなってくる太陽の光とは対照的に、街灯の灯りがぽつぽつと点灯していく。温かみのある太陽光から、人工的な光へと。
この大きな高層ビルの会社を経営しているのはアルファ達で、ベータやオメガから搾取していくんだ。
『夢は叶う』『努力し続ければ、結果は後でついてくる』『バース性なんて関係ない』
そんなのクソくらいだ。
俺の夢は、静かでいい、贅沢なんて言わない、雅樹とのささやかな生活、幸せのために、少しでも一緒にいれるように努力した結果がこれだ。
幼かったからこの選択肢しか、決断しか出来なかった?
違う選択をしていたら、今の状況は変わってきた?
バース性がなければ、バース性なんてなければ、こんな選択しなくてよかったし、決断なんてしなくてよかった。
でもバース性がなければ、雅樹は俺を抱いてくれただろうか…?
触れてはくれなかったのだろうか…?
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