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第1章 彼女の力が世界に知れ渡る
第2話 草原の天使と悪魔
しおりを挟む魔法を早く試したくなったので周囲を探索してみることにした。
辺りは見渡す限り、木々に囲まれた森のようになっている。人の気配を感じない。
魔法を試すのにちょうどいい場所を探すのが、だんだん面倒になってきた。
「もう適当に近くの木で試してみればいっか」
試しに数メートル離れた木に向かって手をかざして初級の氷魔法を放ってみた。
拳ぐらいの大きさの鋭い氷の塊が空中に生成されて、物凄いスピードで木に向かって飛んでいく。
目標にしていた木を軽々と貫いて、後ろに生えてる木々をドンドン貫いていく。
氷塊の勢いは尚も止まることはなく、しまいには視界から見えなくなってしまった。
「おおーッ!! すごい! 本物の魔法だ!」
でも初級魔法を使ったはずなのに威力が凄かったなぁー。っていうかあの氷の塊は一体どこまでいってしまったんだろう……?
考えると怖くなってくるので、氷の塊のことは忘れることにした。やっちゃったんだからもう仕方がない。
「ふっふっふっー♪ さ~て。次はなにを試そうかな~」
スキル欄に目を通すと、火水氷土風闇光時空と全ての属性の魔法と支援、補助魔法がズラリと並んでいた。
これを全部試してるとあっという間に日が暮れてしまいそうだ。
「んー! ここがどんな世界なのかも知りたいし。後で試せばいいか。まずは街を探そうかな」
そういえばどの程度の文明レベルなのか全く聞かないでこっちにきちゃったなぁー。
まぁ、お爺ちゃんに魔法のことがバレないかドキドキしててそれどころじゃなかったし、仕方ないか。
「よし! 適当に探してみますかーっ!」
歩いて探すのは面倒なので風魔法を使って空から行くことにした。
風魔法を使うと私の周囲を風が包み込んでいく。風をコントロールすると苦労することなく、フワッと足元が地面から離れて空中に浮かび上がった。
不思議なことに初めて使う魔法のはずなのに使えて当たり前な気すらしてくる。これなら練習する必要なんてないかもね。
ミサキは上空から新しい世界を眺めながら元の世界で生きてきた自分の人生を追想した。
「……いままで元の世界で散々我慢し続けてきたんだ。この力を使って私は何者にも縛られることなく、自由に人生を謳歌してやる!」
◆◇◆◇
しばらく空中飛行を楽しみながら地上を探索していると、広大な平原で沢山の人達が集まっているのが見えてきた。
数万人単位かもしれない。
「なんだろあれ。黒鎧と白鎧に分かれてる?んー、もうちょっと近くまでいってみるか」
平原に近づいていくと、まるで映画のワンシーンのように黒鎧と白鎧の騎士達が馬に乗って熾烈な戦いを繰り広げていた。
「この世界にも戦争があるんだ……」
ファンタジーな展開に浮かれていたけど元いた世界と同じか。よく考えたら魔法のない剣技とスキルの世界だもんね。
「ファンタジーなのは私だけか……」
少し心寂しい気持ちになりつつも、上空から戦闘の様子を茫然と眺めた。
「んー、黒鎧側が優勢かな?」
ふと白鎧側の女性の騎士が私の視界に入ってきた。黒鎧数人に囲まれているにも関わらず、諦めることなく懸命に戦っている。彼女が剣を振ると太陽の光がキラッと反射して、まるで閃光のように綺麗だ。
「……でもそろそろ限界かなぁ」
黒鎧に斬りつけられて彼女の足元はふらつき、仰向けに力なく倒れた。
彼女がかぶっていた兜が地面を転がる。
黒髪の可愛らしい顔立ちの女の子だ。元の世界だと高校生ぐらいなのかもしれない。
──次の瞬間。
顔を恐怖に染めて今にも泣き出しそうな彼女と目が合った。
「お願いします!! 天使様!! どうか私を助けてくださいッ!!」
彼女のパッチリとした大きな瞳からは涙が溢れだしていた。
「ギャハハッ! 何言ってんだこの女! 気でも触れたんじゃねえのか?」
「涙なんか流してマジウケるぜ! 弱小国家が俺たちに歯向かうからこうなるんだよ!」
周囲の黒鎧達から嘲笑うかのような、不快な笑い声が聞こえてくる。
「はあ……。巻き込まれた」
私は天使じゃないし個人的にはどうでもいいんだけどなぁ。
……でもあの黒鎧達は好きになれそうにないし。んー。まあしょうがないか。
私は風魔法をつかい自分のところまで騎士の女の子を引き寄せた。
「なっ、なんだよありゃ!?」
「おい!! どうなってんだ!?」
周囲にいた黒鎧達はザワザワと騒ぎだし、視線が上空にいる私に集中する。
「ぐすっ……。ありがとうございます。ありがとうございます……」
「い、いやそんなに気にしないで!」
なんとなく気が向いたから助けた。なんて言えるような雰囲気じゃないか。事情も分からないし出来れば手をだしたくないんだけどなぁ......。
「おい!! そこの赤髪のクソガキ!!」
「あんっ!? ねえ。クソガキって私のこと?」
「ギャハハッ!! お前以外誰がいるんだよ! 頭の悪い奴だなぁ! いいから俺たちにその女を渡せ! そしたらお前は見逃してやる」
「…………」
「おいっ! 聞こえねえのかクソガキ!!」
せっかく事情が分からないから、手を出さないであげようと思ってたのに......。
「て、天使様??」
白鎧の女性が心配そうに私を見つめる。
「……ねえ。そこの黒鎧のおじさん。もし渡さなかった私をどうするつもりなの?」
「お前も生かしちゃおかねぇ! いいからお前は黙って言うことを聞けばいいんだよ!!」
「ふーん。じゃあ逆に殺される覚悟もあるってことでいいの?」
「ああんっ? やれるもんならやってみろっ! お前みたいなガキに一体なにができる!!」
「そっか……。おじさん。名前は?」
「あん? ロバートだ。何でそんなこと聞くんだ?」
「そっ。じゃあこれから起こることは全部おじさんのせいだよ。近くにいる人達もよーく見ておくといいよ」
「ギャハハっ!! 何言ってんだあいつ!」
「おまえ頭がおかしいんじゃねえのか? どんな魔道具で空に浮いてるのか知らねえけど、あまり調子に乗るなよ!!」
馬鹿にしたように笑っている黒鎧達を無視して、遙か後方にいる数万人規模の黒鎧の軍勢に向かって私は手を伸ばした。
私はやるときはやる女だ。躊躇なんか絶対にしない。
ミサキは口元をニヤリと歪ませると、魔力を手のひらに集中させた。
炎魔法で猛り狂う巨大で強大な炎の塊を手のひらの先につくりだし、黒鎧の軍勢に向けて躊躇なく放った。
「ぎゃあああああああッ!!」
「ぎょおぇえぇぇッ!! 助けっ。熱っ!! あっついぃぃッ!!」
燃え盛る真っ赤な炎が平原にいた数万規模の黒鎧の軍勢をあっという間に飲み込んでいく。
草原に響き渡る阿鼻叫喚の声は一瞬にして消え去り、後に残ったのは焼き焦げた鎧と燃え盛る炎の熱気で舞い散る灰だけだった。
「ふふふっ。ねぇおじさん。調子に乗っていたのはどっちかな?」
「ひっ──ッ!! ば、化け物ッ!!」
黒鎧のロバートは情けない悲鳴をあげながら床に座り込んだ。
突然目の前で起こった凄惨な光景に、平原は静寂に包まれた。
周囲にいた黒鎧達はミサキを見上げたまま小刻みに震え、次々に地面へ膝をついた。
「あ、あれは天使なんかじゃない……。悪魔だ……」
燃え盛る炎の火花がパチパチと散る音だけが辺りに鳴り響いた。
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