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交渉
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その日の夜、しばらく会いに来ないはずのギルバートが部屋に訪れた。
コンコン、と誰かが扉をノックする音がする。
時刻は零時を過ぎている。おそらくクロエだろう。キルギスの王女様が滞在している今、ギルバートが来るはずもないだろうから。
「入っていいよ、クロエ」
零時を過ぎても尚眠る事の出来ないカルミアは、小さなシャンデリアの真下に置かれたロココ調のテーブルで、ホットミルクを啜っていた。常日頃から不眠で悩まされていたが、ここ最近はギルバートの事もあって、さらに寝つきが悪くなっていた。睡眠前にホットミルクを飲むと、寝つきが良くなるとクロエが何処から知識を持ってきて、物は試しとこうして作ってくれる。最近はホットミルクを飲んで、灯りを消すのが日課だった。
重たい音を立てて、ゆっくりと扉が開く。暗闇から姿を現した人物に、カルミアは目を見開いて、思わず息を飲んだ。
「--久しぶりだね、カルミア」
現れたのは、ギルバートだった。
「...久しぶり」
「一週間ぶりだね。元気だったかい?」
「まぁね。ギルも元気そうで」
初夜のような、ぎこちないような雰囲気が漂う。ギルバートは相変わらず、見惚れるくらいの眉目秀麗っぷりだった。しかし少し痩せただろうか。目の下にうっすら隈が出来ている。柔らかいオレンジ色の光に照らされたギルバートの顔は、疲労が滲み出ていた。
カルミアはティーカップの中のミルクを飲み干し、ソーサーに戻した。ギルバートに向けた両目を鋭くさせる。
「それで?今日ここに来たのは、僕に何か話があるからだろ?カルディアの王女様を迎える話?それとも僕を妾にする話?」
ギルバートは目を丸くさせた。ベッドの上の号外新聞に視線を移して、再びカルミアを見る。不機嫌そうに眉を寄せた。
「...クロエか」
「クロエは悪くない。クロエはただ町で配られていた新聞を持ってきてくれただよ。たまたま僕がこの記事を見つけてしまっただけ。そもそもこんな重要な事を早くに言わないギルが悪いよね。いずれ嫌でも分かる事なのに。もしかして事後報告でもするつもりだった?」
「遅れたのは詫びるけど、事後報告するつもりは元からない」
「……どうだろうね。国王陛下の容態すら教えてくれなかったのに。篭の鳥なのだからそれも可能だろ」
カルミアは椅子を引いて、立ち上がった。足首の鎖をジャラジャラと鳴しながら、ベッドの縁に腰を下ろす。
「座ったら。立ったままではなんだし」
カルミアはそう言って、隣を叩いた。ギルバートは少しだけ口元を綻ばせ、カルミアの隣にどさりと座った。
「それで話とは?」
ギルバートの横顔を見て、尋ねる。
「...カルミアも知っている通り、国王が召されてこの国は不安定になっている。俺は来週中にでも即位する予定だ。そしてカルディアの王女を妃に迎える。先の戦争で、アーダルベルトとカルディアは睨み合い続けてる。カルディアの王女を迎えれば、両国の関係も少しは良好になる。アーダルベルト側に課せられた高い関税も撤廃してくれるそうだ。……勿論、リスクを伴う事になるけどね」
「……それは、王女様が内密者になりえるって事?」
「そうだね。でもそれは王女側の行動を注意深く観察すればいいだけの話だ。見張り役もつける。それに、俺が上手に立ち回れば可能性も薄くなるだろう。むしろリスク以上に、国の利益は計り知れない。地盤固めには丁度良かった」
「………ギルと王女様の婚礼式はいつ頃行われるの?」
「来週だよ。即位祭と同じ日程で執り行われる」
思いの他早いなぁ、とカルミアは他人事のように思った。ギルバートから視線を反らしたカルミアは、ぼんやりと空虚に宙を見た。
「……王女様は、どんな人?」
「良く言えば天真爛漫。悪く言えば只の子供だよ。自分を政略結婚の道具だと微塵も思っていない。純真そのものだが………あまりにも稚拙すぎる。彼女を王妃に迎えると思うと、今から胃が痛い」
「へぇ」
カルミアの心には暗雲が漂っていた。雲はたちまち心を覆い尽くし、豪雨を降らす。
うわ言のようにポツポツとカルミアは言葉を溢した。
「僕は男爵の身分もない。子も産めない。いつかこうなるだろう、というのは分かってた。...分かってたけど、愛する人が僕以外に関係を持つというのは辛いね。もっと早く言ってくれたら、僕だって覚悟くらい出来たのに」
「...ごめん。せっかくカルミアと想いを通わせられたのに、この関係が崩れたらと思うと恐かった」
ギルバートは俯いた。
カルミアはそんなギルバートの様子を横目でちらりと見て、再び視線を宙に戻した。
「それで僕はどうなるの?お払い箱?」
「そんな事するわけないだろ。俺は…君を側室に迎えたいと思っている」
「……それに拒否権は?」
「ない。いくらカルミアが嫌だと言っても、これは王命だ」
横暴だな、とカルミアは深い息を吐いた。結局僕は、気持ちを押し殺して、全てを受け入れなければいけない。側室以外の選択肢が用意されていないんだから。あの真っ黒な感情をこの部屋で抱えるしか出来ないなんて。それならいっそーー。
「……ギルが会いに来ない夜は、朝が永遠に訪れないと思える程長かった。ギルの体温が恋しくて、シーツを体に巻き付けて寝た日もあった。今日も来ない。でも明日は来るかも知れない。指を数えながらギルを待ち続けて。頭の中はギルばかりだった」
戦に出かけた未帰還兵を待つ恋人のような心境だった。俯いて顔の見えないギルバートの肩に、カルミアは頭を乗せた。
ギルバートに触れたのは二週間ぶりだ。こんなに痩せていただろうか。
「もしかしてギルが頻繁に僕の元に訪れていたのは、僕に寂しい思いをさせないようにするため?」
「っ違う!!俺が会いたかったから、勝手に訪れていたんだ。一時でも離れたくなかったから!」
ギルバートの言葉に、温かい一筋の光が暗雲に覆われた心を照らした。カルミアは思わず頬を緩ませた。
「僕の事、まだ愛してる?」
「まだってなんだよ。俺の気持ちが揺らいだとでも言いたいのか?俺が愛しているのはカルミアだけだよ。カルディアの王女に愛はない。俺にとって、彼女は只の飾りだ」
「でもいずれ子を生すんだろ?」
「分かってくれ、カルミア。俺が国を納める王様である限り、それは避けられない事なんだ」
「…………分かってるよ。痛いくらい」
カルミアは左足を伸ばした。足首に繋がった鉄鋼に視線を巡らせる。
「お願いがあるんだけど、ギルバート。」
左足を床に下ろして、意を決したようにギルバートの肩からカルミアは頭を上げた。そしてギルバートを見上げる。
「ーーこの足枷を外して欲しい」
カルミアの思いもしない言葉に、ギルバートは戸惑ったような目をカルミアに向けた。
コンコン、と誰かが扉をノックする音がする。
時刻は零時を過ぎている。おそらくクロエだろう。キルギスの王女様が滞在している今、ギルバートが来るはずもないだろうから。
「入っていいよ、クロエ」
零時を過ぎても尚眠る事の出来ないカルミアは、小さなシャンデリアの真下に置かれたロココ調のテーブルで、ホットミルクを啜っていた。常日頃から不眠で悩まされていたが、ここ最近はギルバートの事もあって、さらに寝つきが悪くなっていた。睡眠前にホットミルクを飲むと、寝つきが良くなるとクロエが何処から知識を持ってきて、物は試しとこうして作ってくれる。最近はホットミルクを飲んで、灯りを消すのが日課だった。
重たい音を立てて、ゆっくりと扉が開く。暗闇から姿を現した人物に、カルミアは目を見開いて、思わず息を飲んだ。
「--久しぶりだね、カルミア」
現れたのは、ギルバートだった。
「...久しぶり」
「一週間ぶりだね。元気だったかい?」
「まぁね。ギルも元気そうで」
初夜のような、ぎこちないような雰囲気が漂う。ギルバートは相変わらず、見惚れるくらいの眉目秀麗っぷりだった。しかし少し痩せただろうか。目の下にうっすら隈が出来ている。柔らかいオレンジ色の光に照らされたギルバートの顔は、疲労が滲み出ていた。
カルミアはティーカップの中のミルクを飲み干し、ソーサーに戻した。ギルバートに向けた両目を鋭くさせる。
「それで?今日ここに来たのは、僕に何か話があるからだろ?カルディアの王女様を迎える話?それとも僕を妾にする話?」
ギルバートは目を丸くさせた。ベッドの上の号外新聞に視線を移して、再びカルミアを見る。不機嫌そうに眉を寄せた。
「...クロエか」
「クロエは悪くない。クロエはただ町で配られていた新聞を持ってきてくれただよ。たまたま僕がこの記事を見つけてしまっただけ。そもそもこんな重要な事を早くに言わないギルが悪いよね。いずれ嫌でも分かる事なのに。もしかして事後報告でもするつもりだった?」
「遅れたのは詫びるけど、事後報告するつもりは元からない」
「……どうだろうね。国王陛下の容態すら教えてくれなかったのに。篭の鳥なのだからそれも可能だろ」
カルミアは椅子を引いて、立ち上がった。足首の鎖をジャラジャラと鳴しながら、ベッドの縁に腰を下ろす。
「座ったら。立ったままではなんだし」
カルミアはそう言って、隣を叩いた。ギルバートは少しだけ口元を綻ばせ、カルミアの隣にどさりと座った。
「それで話とは?」
ギルバートの横顔を見て、尋ねる。
「...カルミアも知っている通り、国王が召されてこの国は不安定になっている。俺は来週中にでも即位する予定だ。そしてカルディアの王女を妃に迎える。先の戦争で、アーダルベルトとカルディアは睨み合い続けてる。カルディアの王女を迎えれば、両国の関係も少しは良好になる。アーダルベルト側に課せられた高い関税も撤廃してくれるそうだ。……勿論、リスクを伴う事になるけどね」
「……それは、王女様が内密者になりえるって事?」
「そうだね。でもそれは王女側の行動を注意深く観察すればいいだけの話だ。見張り役もつける。それに、俺が上手に立ち回れば可能性も薄くなるだろう。むしろリスク以上に、国の利益は計り知れない。地盤固めには丁度良かった」
「………ギルと王女様の婚礼式はいつ頃行われるの?」
「来週だよ。即位祭と同じ日程で執り行われる」
思いの他早いなぁ、とカルミアは他人事のように思った。ギルバートから視線を反らしたカルミアは、ぼんやりと空虚に宙を見た。
「……王女様は、どんな人?」
「良く言えば天真爛漫。悪く言えば只の子供だよ。自分を政略結婚の道具だと微塵も思っていない。純真そのものだが………あまりにも稚拙すぎる。彼女を王妃に迎えると思うと、今から胃が痛い」
「へぇ」
カルミアの心には暗雲が漂っていた。雲はたちまち心を覆い尽くし、豪雨を降らす。
うわ言のようにポツポツとカルミアは言葉を溢した。
「僕は男爵の身分もない。子も産めない。いつかこうなるだろう、というのは分かってた。...分かってたけど、愛する人が僕以外に関係を持つというのは辛いね。もっと早く言ってくれたら、僕だって覚悟くらい出来たのに」
「...ごめん。せっかくカルミアと想いを通わせられたのに、この関係が崩れたらと思うと恐かった」
ギルバートは俯いた。
カルミアはそんなギルバートの様子を横目でちらりと見て、再び視線を宙に戻した。
「それで僕はどうなるの?お払い箱?」
「そんな事するわけないだろ。俺は…君を側室に迎えたいと思っている」
「……それに拒否権は?」
「ない。いくらカルミアが嫌だと言っても、これは王命だ」
横暴だな、とカルミアは深い息を吐いた。結局僕は、気持ちを押し殺して、全てを受け入れなければいけない。側室以外の選択肢が用意されていないんだから。あの真っ黒な感情をこの部屋で抱えるしか出来ないなんて。それならいっそーー。
「……ギルが会いに来ない夜は、朝が永遠に訪れないと思える程長かった。ギルの体温が恋しくて、シーツを体に巻き付けて寝た日もあった。今日も来ない。でも明日は来るかも知れない。指を数えながらギルを待ち続けて。頭の中はギルばかりだった」
戦に出かけた未帰還兵を待つ恋人のような心境だった。俯いて顔の見えないギルバートの肩に、カルミアは頭を乗せた。
ギルバートに触れたのは二週間ぶりだ。こんなに痩せていただろうか。
「もしかしてギルが頻繁に僕の元に訪れていたのは、僕に寂しい思いをさせないようにするため?」
「っ違う!!俺が会いたかったから、勝手に訪れていたんだ。一時でも離れたくなかったから!」
ギルバートの言葉に、温かい一筋の光が暗雲に覆われた心を照らした。カルミアは思わず頬を緩ませた。
「僕の事、まだ愛してる?」
「まだってなんだよ。俺の気持ちが揺らいだとでも言いたいのか?俺が愛しているのはカルミアだけだよ。カルディアの王女に愛はない。俺にとって、彼女は只の飾りだ」
「でもいずれ子を生すんだろ?」
「分かってくれ、カルミア。俺が国を納める王様である限り、それは避けられない事なんだ」
「…………分かってるよ。痛いくらい」
カルミアは左足を伸ばした。足首に繋がった鉄鋼に視線を巡らせる。
「お願いがあるんだけど、ギルバート。」
左足を床に下ろして、意を決したようにギルバートの肩からカルミアは頭を上げた。そしてギルバートを見上げる。
「ーーこの足枷を外して欲しい」
カルミアの思いもしない言葉に、ギルバートは戸惑ったような目をカルミアに向けた。
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