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あのにます
【6話・指先が触れる距離で(中編)】/あのにます
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大学に向かう電車の中で、鈴乃に事の顛末を連絡しておく為のメッセージを入れておいた。
鈴乃の助けがあって良かったと思うばかりである。
やはり頼りになる相手であると、彼女に相談したことを正解だったと思う反面、気にかかる事が無いわけでもなかった。
邪推だと分かっていても、下衆な勘ぐりが脳内を巡る。
何故、鈴乃はあのサイトについて知っていたのだろうか。
そして、手慣れていたのだろうか。
もっとも簡単な答えは、彼女があのサイトの利用者であるという事である。
鈴乃は同性愛者であって、あの掲示板を利用して援助交際に手を出していた。
それ以外の答えは、なかなか見つからなかった。
気になる事ではあったが、詳しく聞いていい様な事ではないと判断するだけの良識は私にもある。
鈴乃が話そうとしないのであれば聞く事でもあるまい、と一応の決着を心の中で付けた。
鈴乃について多くを知っている様で、私は本当は何も知らない。
何処かで私は一線を引いている。
踏み込まないよう、踏み込ませないよう。
私が音楽活動から身を引いた事も、その理由も鈴乃にはハッキリと話していない。
先延ばしにしたまま切り出せなくなってしまった。
それでも、それも当たり前なのかもしれない。
私、いや「アオト」と「鈴乃」はそういう関係なのだ。
その名前は、その存在は、その人間であってその人間ではない。
「アオト」という存在は、私が音楽活動をする為の存在で。
私は何処かで、その存在と私自身を区分する線を引いている筈なのだ。
「アオト」であろうとする部分と、「私」である部分を。
だから、「アオト」でない部分を「鈴乃」には見せない。
きっと、「鈴乃」である部分と、「鈴乃でない名前も知らない誰か」の部分を、彼女だって線を引いて私に提示している筈なのだ。
故に、私は名前も知らない「誰かの鈴乃」を知らない。それに何かの感情を抱くのも間違いだと分かってはいる。
「なんかぁ、今朝は気難しそうな顔してるねぇ」
大学に着くなり遭遇した新菜が、私の顔を覗きこんでそう言った。
ちなみに出席しようとしていた講義は急遽休講になっていた。
私と新菜は路頭に迷う形となった。
とりあえず学食に向かって、一息入れる事にする。
早速よく喋る新菜に適当な相槌を打つも、思考はどうしても野乃花の話の方へと傾いてしまう。
新菜が語る彼氏とのデートの話に、私は口を挟む。
「新菜って、彼のどこが好きなの? 好きだっていう実感ある?」
「え、何? 恋の相談? 杏にも、ついに?」
「違う。誰かを好きになるって感情について分からなくなった」
「頭ぶつけたの?」
「まぁ、ぶん殴られたに近い」
新菜の茶化した言葉に、私は肩をすくめてそう答えた。
アーティストにでもなればいいのに、と新菜は冗談交じりに言った。
もうなっている、という返事を心の中で留めておいて、私は新菜に聞く。
「好きになっちゃいけない、って相手を好きになったら新菜はどうする」
「不倫でもするの?」
「まぁそういう仮定で良いよ」
「諦めるよ」
新菜は即答した。
少し意外でもあった。
新菜の普段の言動からして想像出来ない答えだった。
愛の為に生きる、とでも語り出しそうであったのに、新菜は予想と違う答えを返してきた。
「好きって気持ちは消せないけど、でも諦めるよ。一番欲しい物が手に入らないなら、他の何かで妥協する」
「意外な答えだ」
「でも、もし杏がそういう事で悩んでるなら、諦めてほしくない。妥協なんてしてほしくない」
「私に対しては厳しいのか」
新菜の言葉には、何か根拠となるようなモノがある気がして。
一番欲しい物が手に入らずに、手の届くところで妥協した、「何か」の経験がある様に思えて。
それが何であるかは想像も出来ない。
一瞬、新菜の言葉通りの意味ではないかという考えが過る。
好きな人を諦めた経験があるのだろうか。
新菜が付き合っている彼氏と会ったことは無いが、変な邪推をしてしまう。
そこに踏み込む勇気も好奇心もなかった。
新菜が引いた何かの線を跨ぐには、私も同じくらいの何かを返さなくてはならないとも思った。
「好きと言えばだけどぉ、杏って水族館って好き?」
「人並み程度には」
私の返事に新菜は少々微妙そうな顔をしたが、鞄からチケットを取り出した。
二枚連なっている。
見てみると、水族館の優待券であった。
全国共通で協賛している各水族館への入場が出来るらしい。
表記からして、何かの企業か会員向けのものであるようだ。
私にくれる、と言う。
「どうしたの、これ」
「ハル君から貰ったんだよぉ。次のデートで使うんだけど、それでも2枚残るからぁ」
顔も見た事のない新菜の彼氏から物を貰うのは少し気が引けたが、この前のレポートの手間賃と思って受け取った。
チケットを仕舞おうとすると、新菜が私の顔を見つめている事に気が付いて顔を上げる。
「誰と行くのかなぁ?」
「……今週の日曜日に野乃花と行くよ」
私の返事に新菜は何故か渋い表情をつくった。
鈴乃の助けがあって良かったと思うばかりである。
やはり頼りになる相手であると、彼女に相談したことを正解だったと思う反面、気にかかる事が無いわけでもなかった。
邪推だと分かっていても、下衆な勘ぐりが脳内を巡る。
何故、鈴乃はあのサイトについて知っていたのだろうか。
そして、手慣れていたのだろうか。
もっとも簡単な答えは、彼女があのサイトの利用者であるという事である。
鈴乃は同性愛者であって、あの掲示板を利用して援助交際に手を出していた。
それ以外の答えは、なかなか見つからなかった。
気になる事ではあったが、詳しく聞いていい様な事ではないと判断するだけの良識は私にもある。
鈴乃が話そうとしないのであれば聞く事でもあるまい、と一応の決着を心の中で付けた。
鈴乃について多くを知っている様で、私は本当は何も知らない。
何処かで私は一線を引いている。
踏み込まないよう、踏み込ませないよう。
私が音楽活動から身を引いた事も、その理由も鈴乃にはハッキリと話していない。
先延ばしにしたまま切り出せなくなってしまった。
それでも、それも当たり前なのかもしれない。
私、いや「アオト」と「鈴乃」はそういう関係なのだ。
その名前は、その存在は、その人間であってその人間ではない。
「アオト」という存在は、私が音楽活動をする為の存在で。
私は何処かで、その存在と私自身を区分する線を引いている筈なのだ。
「アオト」であろうとする部分と、「私」である部分を。
だから、「アオト」でない部分を「鈴乃」には見せない。
きっと、「鈴乃」である部分と、「鈴乃でない名前も知らない誰か」の部分を、彼女だって線を引いて私に提示している筈なのだ。
故に、私は名前も知らない「誰かの鈴乃」を知らない。それに何かの感情を抱くのも間違いだと分かってはいる。
「なんかぁ、今朝は気難しそうな顔してるねぇ」
大学に着くなり遭遇した新菜が、私の顔を覗きこんでそう言った。
ちなみに出席しようとしていた講義は急遽休講になっていた。
私と新菜は路頭に迷う形となった。
とりあえず学食に向かって、一息入れる事にする。
早速よく喋る新菜に適当な相槌を打つも、思考はどうしても野乃花の話の方へと傾いてしまう。
新菜が語る彼氏とのデートの話に、私は口を挟む。
「新菜って、彼のどこが好きなの? 好きだっていう実感ある?」
「え、何? 恋の相談? 杏にも、ついに?」
「違う。誰かを好きになるって感情について分からなくなった」
「頭ぶつけたの?」
「まぁ、ぶん殴られたに近い」
新菜の茶化した言葉に、私は肩をすくめてそう答えた。
アーティストにでもなればいいのに、と新菜は冗談交じりに言った。
もうなっている、という返事を心の中で留めておいて、私は新菜に聞く。
「好きになっちゃいけない、って相手を好きになったら新菜はどうする」
「不倫でもするの?」
「まぁそういう仮定で良いよ」
「諦めるよ」
新菜は即答した。
少し意外でもあった。
新菜の普段の言動からして想像出来ない答えだった。
愛の為に生きる、とでも語り出しそうであったのに、新菜は予想と違う答えを返してきた。
「好きって気持ちは消せないけど、でも諦めるよ。一番欲しい物が手に入らないなら、他の何かで妥協する」
「意外な答えだ」
「でも、もし杏がそういう事で悩んでるなら、諦めてほしくない。妥協なんてしてほしくない」
「私に対しては厳しいのか」
新菜の言葉には、何か根拠となるようなモノがある気がして。
一番欲しい物が手に入らずに、手の届くところで妥協した、「何か」の経験がある様に思えて。
それが何であるかは想像も出来ない。
一瞬、新菜の言葉通りの意味ではないかという考えが過る。
好きな人を諦めた経験があるのだろうか。
新菜が付き合っている彼氏と会ったことは無いが、変な邪推をしてしまう。
そこに踏み込む勇気も好奇心もなかった。
新菜が引いた何かの線を跨ぐには、私も同じくらいの何かを返さなくてはならないとも思った。
「好きと言えばだけどぉ、杏って水族館って好き?」
「人並み程度には」
私の返事に新菜は少々微妙そうな顔をしたが、鞄からチケットを取り出した。
二枚連なっている。
見てみると、水族館の優待券であった。
全国共通で協賛している各水族館への入場が出来るらしい。
表記からして、何かの企業か会員向けのものであるようだ。
私にくれる、と言う。
「どうしたの、これ」
「ハル君から貰ったんだよぉ。次のデートで使うんだけど、それでも2枚残るからぁ」
顔も見た事のない新菜の彼氏から物を貰うのは少し気が引けたが、この前のレポートの手間賃と思って受け取った。
チケットを仕舞おうとすると、新菜が私の顔を見つめている事に気が付いて顔を上げる。
「誰と行くのかなぁ?」
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私の返事に新菜は何故か渋い表情をつくった。
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