ゆびきたす/あのにます/ぷろとこる

茶竹抹茶竹

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あのにます

【7話・枠組みと心と、心の枠組みと(前編)】/あのにます

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 麻希の言葉通り、私と野乃花は水族館内に併設されているレストランで待っていた。
 平静を装うつもりだったが、コーヒーにミルクを入れようとして少しこぼした。
 野乃花は、謝罪の言葉を口にしたが私はそれを制する。
 野乃花の気持ちは何となく察する事が出来たし、それに私としても麻希に対して釈明というか説明というか、彼女の誤解を解いておく必要があった。
 立場的に、私は非常に弱く危ういのだ。
 有る事無い事言われてしまえば、何らかの罪にだって問われかねない。
「その、悪い人じゃないんです。大声出したのも心配してたからだと思います……」
 私は無言で頷く。
 あれが想い人なのかと思い出す。
 私が勝手に想像していたよりも、ずっと気が強そうではあった。
 私に対する態度は、正直良いものであるとは決して言えなかったが、それも野乃花に対する心配の裏返しであろう。
 非があるのは、どう考えても麻希ではない。
 野乃花が慕うからには、悪い人間であるとも思えなかった。
 しかし、私の心の中に釈然としないささくれの様なものもあった。
 野乃花が店の入り口の方を見て、小さく声を上げた。
 野乃花の複雑そうな表情の中に、嬉しいという感情が混じって見えた気がする。
 野乃花にとって、複雑な相手。
 好きで、否定されて。
 呑み込んで、吐き出して。
 逃げ出して、それでも会いたくて。
「改めまして秋穂戸杏です。野乃花さんは今、私の家に泊まってます」
「奉川麻希‐まつりかわ まき‐です」
 先程よりは大分落ち着いた様子で麻希は言った。
 簡単に、互いに自己紹介をする。聞けば26歳で、大学卒業後にこの水族館に就職したのだと言う。
 考えてみれば当たり前のことであるのだが水族館に就職という進路があるのだなと驚いた。
 あまりにも無縁な世界で想像したこともなかった。
 麻希が一度コーヒーに口を付けた。
 空気が変わる。
「それで、どういう事なのか説明して貰えますか」
 麻希の問いに、私は初めて野乃花にあった所から説明をした。
 何度か野乃花の顔色を窺ったが、様子は変わらぬままだったので、全て隠さずに話した。
 それは勿論、私が彼女に何の危害を与えるつもりもなく、ただ野乃花の置かれていた状況が危険であった故の親切心であると訴える意味合いもあったが、それよりも。
 野乃花がそこまで追い詰められていたのだと伝えたい目的もあった。
 野乃花が麻希に告白をし、それを否定されたことで家出をした。
 それを、私が知ったという話まで含めて、私は麻希に全てを話した。
 そして偶然にも、と前置きして、麻希に出会った。
 そこまで話をして私の説明は終わった。
 麻希の表情は大して変わらず、どう思ったのか察する事は出来なかったが、語調は随分と柔らかいものに変わっていた。
「事情は分かりました。大変な御迷惑をおかけしてしまったようで申し訳ありません。私もつい、失礼な態度をとってしまって、すみませんでした」
 そう言って麻希は頭を下げた。
 年下の、しかも得体の知れない存在であろう私に対して、丁寧な言葉と態度をとった麻希に私は少し驚く。
 麻希は丁寧な言葉で続ける。
「野乃花には、よく言っておきます。今日連れて帰りますので。お邪魔していた間の分のお金もお支払いいたします」
 その言葉をもって麻希はこの事態の終結を図ろうとしている様であった。
 別に何が間違っているわけでもない。
 それでも、その言葉は。
 私が欲しい言葉では無かった。
 それよりも、言って欲しい言葉があった。
 私は知っている。
 野乃花が傷付いている事実がある。
 今まさに、私が話してきた様な事が、野乃花に起きているのだ。
 俯いた野乃花を目の端で捉えて、私は迷いながらも言葉を切り出す。
「それよりも……、その、それだけですか」
「何が、でしょうか」
「野乃花さんが家出した経緯、私言ったじゃないですか。それなのに、あなたの態度はそんなんじゃ」
「家庭の問題です。野乃花を助けていただいた事には感謝しますが、秋穂戸さんには関係がない事です」
「野乃花さんは、いや、野乃花は泣いてたんですよ。大切な物全部投げ打ってしまおうとしてたんですよ。それがどんなに大変な事か分かっているんですか。そこまで追い詰められるなんて、あなたは野乃花に何を言ったんですか」
 自分でも、段々と荒い口調になっていくのを抑えられなくなっているのが分かって。
 私はそこで言葉を区切った。
 野乃花が詳しく明言しなかったが、彼女がそこまで傷付くような言葉をきっと言われたのだ。
 私の顔を正面から見据えて、麻希が口を開く。
「では、逆にお聞きしますが。秋穂戸さんが野乃花から、もし告白されたらどうしますか。同性だけれども、性的に好きであると」
「それは」
「応えることが出来ますか。もしかしたら、あなたには出来るかもしれない。けれど、社会は決して寛容とは言えません。同性愛者として生きていく事は辛い事も多いでしょう。中学生くらいの年頃の子供は自分の感情を混同しがちです。私はそれを正してあげるべきだと思います」
「正すなんて、そんな言葉……!」
「私は人の家の子供を預かっているのです。この子の将来にも近い距離で関わっていく事になるのです。秋穂戸さんとは重みが違う。今はまだ良いかもしれません、でも必ず。同じ間違いを繰り返せば野乃花は傷付いてしまうのです」
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