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【3章・神様に見捨てられても/祷SIDE】
『3-2・提案』
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矢野ちゃんの問いに、私はそう断言した。そんな魔法がある筈がない。
魔法も結局はこの世界の物理法則に従うのだ。人を人喰いの化け物に変えてしまう魔法なんて出来る筈がない。魔女には死者を操る術のイメ-ジがあるかもしれないが、彼等はそもそも死者ではない筈だった。では何であるのか、と問われれば口を閉ざすしかないけれども。
少なくとも魔法はそこまで万能ではなかった。
「それより明瀬ちゃん、身体は平気?」
「なんか、忘れてた」
「痛くない?」
「痛いけど、血は止まった感じかなー」
気の抜けた返事に、私は胸を撫で下ろす。明瀬ちゃんの脚を見ると、くっきりと人の歯形が残っていた。赤黒いかさぶたが出来ており、血は止まっている。傷口の周囲は内出血で青く変色しているが、傷自体は深く無い様に見える。
「じゃあ、もう大丈夫だね」
私がそういうと明瀬ちゃんは何か虚を突かれた様で。その脚を恐る恐る摩りながら、明瀬ちゃんは顔を伏せて言う。さっきまで明るかった声に一瞬陰りが差す。
「あの、さ。もし私がゾンビみたいになったら、その時は助けないでね」
「何言ってるの?」
「ほら、ゾンビ映画のお約束じゃん。ゾンビに噛まれた仲間がウイルスに感染しちゃってさ。それで、何とか助けようとした他の人も犠牲になっちゃうってやつ。そんなの嫌だからさ」
笑いながら始まった明瀬ちゃんの言葉に、途中から嗚咽が混ざり始めた。御馬先輩の姿が脳裏を過る。教室の床に倒れているのは、人だったものが焼け落ちた姿で。ほんの少し前まで、会話をしていた相手が。同じ学校に通っていた彼等が、今そこに死んでいて。そのきっかけ、の様に見えるものを私達は一つしか知らない。御馬先輩は彼等に噛まれた事で、正気を失った。
明瀬ちゃんの不格好な笑顔に、私は下唇を噛んで。嗚咽の混じった言葉に反論したくて、その肩に手を置く。
「大丈夫だよ。だって、明瀬ちゃんは今、いつもの明瀬ちゃんだよ」
「そうだよ。いつも通りだろ。祷の魔法を見て、明瀬喜んでたからな」
矢野ちゃんが私の言葉を引き継いで、そして笑って。つられて私と明瀬ちゃんも笑いを吹き出した。いつもの調子を取り戻していた明瀬ちゃんの姿と、涙を溢す姿があまりにも不似合いで、私は笑ってしまう。何故か笑わなければならないと思ってしまう。ひとしきり笑った後に沈黙が戻ってきて、それを破って矢野ちゃんが明瀬ちゃんに問いかける。
「それより、さっきウイルスって言ったよな」
「ゾンビになる理由なんて、謎の感染症を引き起こすウイルスって相場が決まってるっしょ」
「そうなの?」
「まぁ、映画の話だけどさ」
明瀬ちゃんの言葉に矢野ちゃんが渋い顔を作っていた。けれども、この状況はまるで映画みたいだと、私は独り言の様に口を挟む。
幾ら悩んでも、答えを探しても、私達ではそれは見つかりそうにもなく。この状況の何が変わるわけでもなかった。
私の目の前には黒く焦げ尽きた死体が転がっていて、ひしゃげたドアは廊下とこの教室を隔ててはいなくて、今も悲鳴の声が何処か遠くから響いてくる。一瞬戻ってきた日常と平穏。しかし、その真逆の地獄と今も背中合わせである事を、その境界線が崩れて見つからない事を、認めたくないそれらが俄かに蘇ってくる。
私は相変わらずスマートフォンから消防や警察に電話を掛け続けていたが、相変わらず繋がらなかった。電話帳の番号を片っ端からかけてみるも繋がらない。
矢野ちゃんが明瀬ちゃんに聞いた。
「それで、これが映画だとして。ここで助けを待つかのが正解なのか?」
「ここじゃドアが壊れてるし、どこにも逃げられないじゃんか」
「じゃあ、どうするんだよ」
矢野ちゃんの問い掛けに明瀬ちゃんは腕を組んだ。思考を張り巡らせている様で、私も答えが出るのをじっと見つめて待つ。
「どこか高い場所、侵入を防げるような仕組み、バリケードみたいなものが作れる場所でー、それに食料と水も欲しいよね。あと人が一杯いるとこはダメだよ。つまり」
「つまり?」
「学校は向いてないって事」
「脱出するって?」
そちらの方を見ようとはしないが、矢野ちゃんは窓の方を指さす。中庭の惨状の事を言っているのは嫌でも分かった。あの混乱の中を無事抜け出すのは、至難の業である様に思る。人ならざるモノと化した彼等がどれだけの数がいるのか分からないが、廊下や中庭に居た数体だけであるとは思えなかった。それに、電話が何処にも繋がらない事が、嫌な予感を連想させる。
「祷の魔法で何とかならない?」
「それは……」
言い淀んだ私に、明瀬ちゃんは次の言葉を促した。
「魔法を使うには呪文を唱える必要があるの、だからその」
「時間がかかるってこと?」
「うん。直ぐには使えない」
魔法を使う為には足を止めて呪文を唱える事が必要で、十秒前後かかってしまう事。移動するとなると、先程の様に正面から来るのを待ち構えるというわけにはいかなくなる事を私は説明した。出合い頭に彼等に遭遇した時対処しきれない、と。
突如曲がり角から現れた彼等に、御馬先輩が噛まれた瞬間の映像が脳裏を過って背中が冷たくなる。興奮が冷めきって、胸の辺りを締め付けているのが、恐怖の感情であるという事を思い出す。冷静に状況を分析しようとするほど、興奮で忘れていた恐怖の感情が蘇ってくる。
それでも、今は私しかいないと思った。二人を守れるのは私だけだと。
この世界が神様に見捨てられたのだとしても、此処に私という存在は居る。
「でも、科学室にずっと居れないのも分かるよ。だから杖を取りに行きたい」
「杖?」
「魔法の杖」
魔女が使う魔法の杖、という言葉の響きに明瀬ちゃんが目を輝かせたのを私は見逃さなかった。杖があった方が良いのか、という矢野ちゃんの問いに私は頷く。役に立つものではある、と。
廊下に面した教室の壁には個人用のロッカ-が並んでいる。ロッカーには私が部活で使う竹刀袋が入っており、その中に魔法の杖が隠してあった。何故に、と首を傾げる明瀬ちゃんの言葉を、矢野ちゃんが急に遮る。
「とにかく分かった。急ごう」
私達の向こう側を見ながら、そう急かしてきた理由を、私達は一瞬遅れて理解する。私の背後で、ガラスが割れる音が派手に響いた。弾かれるように振り返った先に、床に臥した血だらけの女生徒の姿があった。彼女の周囲の床に、ガラスの破片が散らばっている。彼女は立ち上がろうとしていたが、バランスが上手く取れないのか床を這いずり回る様にして動いていた。床に散らばっていたガラスの破片が押しつぶされて音を立てて割れた。彼女が呻き声と、血に塗れた手を上げた。少なくとも助けを求める声ではなかった・
「なんで!? 登ってきたの!?」
「知るか!」
「ここ二階だよ!?」
「知ってる! 行くぞ!」
魔法も結局はこの世界の物理法則に従うのだ。人を人喰いの化け物に変えてしまう魔法なんて出来る筈がない。魔女には死者を操る術のイメ-ジがあるかもしれないが、彼等はそもそも死者ではない筈だった。では何であるのか、と問われれば口を閉ざすしかないけれども。
少なくとも魔法はそこまで万能ではなかった。
「それより明瀬ちゃん、身体は平気?」
「なんか、忘れてた」
「痛くない?」
「痛いけど、血は止まった感じかなー」
気の抜けた返事に、私は胸を撫で下ろす。明瀬ちゃんの脚を見ると、くっきりと人の歯形が残っていた。赤黒いかさぶたが出来ており、血は止まっている。傷口の周囲は内出血で青く変色しているが、傷自体は深く無い様に見える。
「じゃあ、もう大丈夫だね」
私がそういうと明瀬ちゃんは何か虚を突かれた様で。その脚を恐る恐る摩りながら、明瀬ちゃんは顔を伏せて言う。さっきまで明るかった声に一瞬陰りが差す。
「あの、さ。もし私がゾンビみたいになったら、その時は助けないでね」
「何言ってるの?」
「ほら、ゾンビ映画のお約束じゃん。ゾンビに噛まれた仲間がウイルスに感染しちゃってさ。それで、何とか助けようとした他の人も犠牲になっちゃうってやつ。そんなの嫌だからさ」
笑いながら始まった明瀬ちゃんの言葉に、途中から嗚咽が混ざり始めた。御馬先輩の姿が脳裏を過る。教室の床に倒れているのは、人だったものが焼け落ちた姿で。ほんの少し前まで、会話をしていた相手が。同じ学校に通っていた彼等が、今そこに死んでいて。そのきっかけ、の様に見えるものを私達は一つしか知らない。御馬先輩は彼等に噛まれた事で、正気を失った。
明瀬ちゃんの不格好な笑顔に、私は下唇を噛んで。嗚咽の混じった言葉に反論したくて、その肩に手を置く。
「大丈夫だよ。だって、明瀬ちゃんは今、いつもの明瀬ちゃんだよ」
「そうだよ。いつも通りだろ。祷の魔法を見て、明瀬喜んでたからな」
矢野ちゃんが私の言葉を引き継いで、そして笑って。つられて私と明瀬ちゃんも笑いを吹き出した。いつもの調子を取り戻していた明瀬ちゃんの姿と、涙を溢す姿があまりにも不似合いで、私は笑ってしまう。何故か笑わなければならないと思ってしまう。ひとしきり笑った後に沈黙が戻ってきて、それを破って矢野ちゃんが明瀬ちゃんに問いかける。
「それより、さっきウイルスって言ったよな」
「ゾンビになる理由なんて、謎の感染症を引き起こすウイルスって相場が決まってるっしょ」
「そうなの?」
「まぁ、映画の話だけどさ」
明瀬ちゃんの言葉に矢野ちゃんが渋い顔を作っていた。けれども、この状況はまるで映画みたいだと、私は独り言の様に口を挟む。
幾ら悩んでも、答えを探しても、私達ではそれは見つかりそうにもなく。この状況の何が変わるわけでもなかった。
私の目の前には黒く焦げ尽きた死体が転がっていて、ひしゃげたドアは廊下とこの教室を隔ててはいなくて、今も悲鳴の声が何処か遠くから響いてくる。一瞬戻ってきた日常と平穏。しかし、その真逆の地獄と今も背中合わせである事を、その境界線が崩れて見つからない事を、認めたくないそれらが俄かに蘇ってくる。
私は相変わらずスマートフォンから消防や警察に電話を掛け続けていたが、相変わらず繋がらなかった。電話帳の番号を片っ端からかけてみるも繋がらない。
矢野ちゃんが明瀬ちゃんに聞いた。
「それで、これが映画だとして。ここで助けを待つかのが正解なのか?」
「ここじゃドアが壊れてるし、どこにも逃げられないじゃんか」
「じゃあ、どうするんだよ」
矢野ちゃんの問い掛けに明瀬ちゃんは腕を組んだ。思考を張り巡らせている様で、私も答えが出るのをじっと見つめて待つ。
「どこか高い場所、侵入を防げるような仕組み、バリケードみたいなものが作れる場所でー、それに食料と水も欲しいよね。あと人が一杯いるとこはダメだよ。つまり」
「つまり?」
「学校は向いてないって事」
「脱出するって?」
そちらの方を見ようとはしないが、矢野ちゃんは窓の方を指さす。中庭の惨状の事を言っているのは嫌でも分かった。あの混乱の中を無事抜け出すのは、至難の業である様に思る。人ならざるモノと化した彼等がどれだけの数がいるのか分からないが、廊下や中庭に居た数体だけであるとは思えなかった。それに、電話が何処にも繋がらない事が、嫌な予感を連想させる。
「祷の魔法で何とかならない?」
「それは……」
言い淀んだ私に、明瀬ちゃんは次の言葉を促した。
「魔法を使うには呪文を唱える必要があるの、だからその」
「時間がかかるってこと?」
「うん。直ぐには使えない」
魔法を使う為には足を止めて呪文を唱える事が必要で、十秒前後かかってしまう事。移動するとなると、先程の様に正面から来るのを待ち構えるというわけにはいかなくなる事を私は説明した。出合い頭に彼等に遭遇した時対処しきれない、と。
突如曲がり角から現れた彼等に、御馬先輩が噛まれた瞬間の映像が脳裏を過って背中が冷たくなる。興奮が冷めきって、胸の辺りを締め付けているのが、恐怖の感情であるという事を思い出す。冷静に状況を分析しようとするほど、興奮で忘れていた恐怖の感情が蘇ってくる。
それでも、今は私しかいないと思った。二人を守れるのは私だけだと。
この世界が神様に見捨てられたのだとしても、此処に私という存在は居る。
「でも、科学室にずっと居れないのも分かるよ。だから杖を取りに行きたい」
「杖?」
「魔法の杖」
魔女が使う魔法の杖、という言葉の響きに明瀬ちゃんが目を輝かせたのを私は見逃さなかった。杖があった方が良いのか、という矢野ちゃんの問いに私は頷く。役に立つものではある、と。
廊下に面した教室の壁には個人用のロッカ-が並んでいる。ロッカーには私が部活で使う竹刀袋が入っており、その中に魔法の杖が隠してあった。何故に、と首を傾げる明瀬ちゃんの言葉を、矢野ちゃんが急に遮る。
「とにかく分かった。急ごう」
私達の向こう側を見ながら、そう急かしてきた理由を、私達は一瞬遅れて理解する。私の背後で、ガラスが割れる音が派手に響いた。弾かれるように振り返った先に、床に臥した血だらけの女生徒の姿があった。彼女の周囲の床に、ガラスの破片が散らばっている。彼女は立ち上がろうとしていたが、バランスが上手く取れないのか床を這いずり回る様にして動いていた。床に散らばっていたガラスの破片が押しつぶされて音を立てて割れた。彼女が呻き声と、血に塗れた手を上げた。少なくとも助けを求める声ではなかった・
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