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【4章・終点と行き止まりの境目/祷SIDE】
『4-3・抗体』
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葉山君の問い掛けに私は明瀬ちゃんの方を見たが、彼女は虚ろな目をして床を見つめているままであった。心を抜けてしまった様で、私はかけるべき言葉が分からない。少なくとも、今は明瀬ちゃんに話を振るべきではないと思う。
小野間君の言葉を借りて、「彼等」を仮にゾンビと呼ぶが、最初に私達がゾンビと遭遇した時に明瀬ちゃんは確かに噛まれた。その時、同じゾンビに噛まれた御馬先輩が感染して発症した事を踏まえると、明瀬ちゃんも短時間の内に容態が急変して然るべきではある。けれども、今もその兆候は見られなかった。ウイルスという言葉に私が連想したものは、それを説明できる様な気がして、私は口に出す。
「抗体があるって事?」
「ええ。このゾンビ化ウイルスに一部の人間には抗体があって、感染する人間としない人間がいるんじゃないかと僕は思います。抗体の無い人間は噛みつかれる事で発症し、抗体のある人間は感染せずゾンビに『喰われる』のではないでしょうか」
そうであるならば、当初明瀬ちゃんが懸念していた様な事が起きる可能性は低くなる。明瀬ちゃんには抗体がある、私はそれを信じたかった。
「今の状況を考えるに、抗体の無い人間の方が多そうですが」
スマートフォンが通じない事や、救助の兆しすらも見えない事から、人間をゾンビ化させるウイルスの感染被害は決して小規模な範囲ではないと思える。葉山君はそう言った。信じたくはないが、否定も出来なかった。
感染することで人を襲うようになり、血液感染で拡大する。ゾンビ映画の様な事態が街中だけではなく、いや国中で起きているのではないだろうか。何の情報も入ってこない事が、こんなにも焦燥感を生むのだと知らなかった。
故に、何か、例えば警察だとか自衛隊だとかが、私達を助けに来てくれる様な光景が想像できなかった。街中を埋め尽くすゾンビは、きっと街の外まで続いているのだろう、と。そこから私達の所まで辿り着くのにどれ程かかるというのだろう。
「佳東さん、どう?」
沈黙を破って葉山君がそう問いかけた。私達の座り込んだ輪から外れて教室の隅にいた佳東さんが、葉山君の言葉に此方を向いて首を横に振った。佳東さんが手にしていた物を見て、彼女が会話にも入らず積み上げられた通学鞄を漁っている意味が分かった。
「これ、だけしか……」
か細く弱々しい声でそう言って、佳東さんは手にしていた個包装のチョコレ-トを2つ、床に置いた。彼女は教室に置かれたままだった他の生徒の通学鞄から、食料品を探していたのだ。
当初から葉山君が食料品の有無を気にしていた事を考えるに、此処に長時間籠城する考えであったらしい。残念ながら私は何も持っていないし、佳東さんの成果もかなり少ない。例え5人でなくもっと少ない人数であっても難しいと思う。
それを見た葉山君が眉一つ動かさず言う。
「水の確保が出来ているなら、理論上は1カ月前後は持つ筈だ」
「無理だろ」
「理論上は、だ。実際には不安要素が多すぎる。此処もいつまで安全か分からないしな」
葉山君と小野間君のやり取りを聞いていた私は、彼が、水の確保は出来ていると言い切った事に首を傾げる。私の反応を察してか、葉山君が佳東さんに言った。
「佳東さん、先輩にも説明しといた方が良いと思うのだが」
「……は、はい」
教室のロッカ-に入っていたのであろう掃除用バケツを手渡されて佳東さんが頷いた。彼女は教室の窓の側に歩いていく。
3階の教室の窓からは北側にB棟校舎、西側に屋外プ-ルと、その奥に体育館が見える。佳東さんは西側に向かって手を伸ばす様な姿勢を取った。体勢としては無理のないものである様に見えたが、佳東さんは苦し気な表情で眉をしかめた。
行動の意味が分からず彼女の後姿を眺めていると、窓の外で何かが煌めいた。私は目を凝らす。プールの方角から何かが飛んできている様に見える。小野間君と葉山君は今から何が起きるのか知っているらしい。怪訝に思いながらも私は再び窓の外に目を遣る。それが何であるか、ようやく全容が見えた。
拳2つ分くらいの物体が空中に浮いていた。ゆっくりとであるが、徐々に此方に向かってくる。太陽光を反射した時に、それの表面が歪んで揺らいだことで、その物体が水の塊であると私は気が付いた。宇宙船の中で、水が表面張力によって球体を作り宙に浮かんでいる映像を連想した。
まさにその様に。水の塊が、何の支えもなく宙に浮いていた
水球は開いていた窓の間を通り、佳東さんの手元まで来ると破裂する。水の塊が崩壊し水に変わると重力に引かれて落下する。床に置いたバケツの中に落ちていく。水が金属の底を叩く音に、佳東さんは少し驚いた様子だった。それよりも、今目の前で起きた光景の方が驚くべきことだろうと思う。
無意識の内に、私は佳東さんの顔を睨んでいたらしく、彼女は怯えた様子で私から目線を逸らして口を開く。
「……な、んか、……急に、出来る様になって」
「急に?」
小野間君の言葉を借りて、「彼等」を仮にゾンビと呼ぶが、最初に私達がゾンビと遭遇した時に明瀬ちゃんは確かに噛まれた。その時、同じゾンビに噛まれた御馬先輩が感染して発症した事を踏まえると、明瀬ちゃんも短時間の内に容態が急変して然るべきではある。けれども、今もその兆候は見られなかった。ウイルスという言葉に私が連想したものは、それを説明できる様な気がして、私は口に出す。
「抗体があるって事?」
「ええ。このゾンビ化ウイルスに一部の人間には抗体があって、感染する人間としない人間がいるんじゃないかと僕は思います。抗体の無い人間は噛みつかれる事で発症し、抗体のある人間は感染せずゾンビに『喰われる』のではないでしょうか」
そうであるならば、当初明瀬ちゃんが懸念していた様な事が起きる可能性は低くなる。明瀬ちゃんには抗体がある、私はそれを信じたかった。
「今の状況を考えるに、抗体の無い人間の方が多そうですが」
スマートフォンが通じない事や、救助の兆しすらも見えない事から、人間をゾンビ化させるウイルスの感染被害は決して小規模な範囲ではないと思える。葉山君はそう言った。信じたくはないが、否定も出来なかった。
感染することで人を襲うようになり、血液感染で拡大する。ゾンビ映画の様な事態が街中だけではなく、いや国中で起きているのではないだろうか。何の情報も入ってこない事が、こんなにも焦燥感を生むのだと知らなかった。
故に、何か、例えば警察だとか自衛隊だとかが、私達を助けに来てくれる様な光景が想像できなかった。街中を埋め尽くすゾンビは、きっと街の外まで続いているのだろう、と。そこから私達の所まで辿り着くのにどれ程かかるというのだろう。
「佳東さん、どう?」
沈黙を破って葉山君がそう問いかけた。私達の座り込んだ輪から外れて教室の隅にいた佳東さんが、葉山君の言葉に此方を向いて首を横に振った。佳東さんが手にしていた物を見て、彼女が会話にも入らず積み上げられた通学鞄を漁っている意味が分かった。
「これ、だけしか……」
か細く弱々しい声でそう言って、佳東さんは手にしていた個包装のチョコレ-トを2つ、床に置いた。彼女は教室に置かれたままだった他の生徒の通学鞄から、食料品を探していたのだ。
当初から葉山君が食料品の有無を気にしていた事を考えるに、此処に長時間籠城する考えであったらしい。残念ながら私は何も持っていないし、佳東さんの成果もかなり少ない。例え5人でなくもっと少ない人数であっても難しいと思う。
それを見た葉山君が眉一つ動かさず言う。
「水の確保が出来ているなら、理論上は1カ月前後は持つ筈だ」
「無理だろ」
「理論上は、だ。実際には不安要素が多すぎる。此処もいつまで安全か分からないしな」
葉山君と小野間君のやり取りを聞いていた私は、彼が、水の確保は出来ていると言い切った事に首を傾げる。私の反応を察してか、葉山君が佳東さんに言った。
「佳東さん、先輩にも説明しといた方が良いと思うのだが」
「……は、はい」
教室のロッカ-に入っていたのであろう掃除用バケツを手渡されて佳東さんが頷いた。彼女は教室の窓の側に歩いていく。
3階の教室の窓からは北側にB棟校舎、西側に屋外プ-ルと、その奥に体育館が見える。佳東さんは西側に向かって手を伸ばす様な姿勢を取った。体勢としては無理のないものである様に見えたが、佳東さんは苦し気な表情で眉をしかめた。
行動の意味が分からず彼女の後姿を眺めていると、窓の外で何かが煌めいた。私は目を凝らす。プールの方角から何かが飛んできている様に見える。小野間君と葉山君は今から何が起きるのか知っているらしい。怪訝に思いながらも私は再び窓の外に目を遣る。それが何であるか、ようやく全容が見えた。
拳2つ分くらいの物体が空中に浮いていた。ゆっくりとであるが、徐々に此方に向かってくる。太陽光を反射した時に、それの表面が歪んで揺らいだことで、その物体が水の塊であると私は気が付いた。宇宙船の中で、水が表面張力によって球体を作り宙に浮かんでいる映像を連想した。
まさにその様に。水の塊が、何の支えもなく宙に浮いていた
水球は開いていた窓の間を通り、佳東さんの手元まで来ると破裂する。水の塊が崩壊し水に変わると重力に引かれて落下する。床に置いたバケツの中に落ちていく。水が金属の底を叩く音に、佳東さんは少し驚いた様子だった。それよりも、今目の前で起きた光景の方が驚くべきことだろうと思う。
無意識の内に、私は佳東さんの顔を睨んでいたらしく、彼女は怯えた様子で私から目線を逸らして口を開く。
「……な、んか、……急に、出来る様になって」
「急に?」
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