クラウンクレイド零和

茶竹抹茶竹

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【5章・雷鳴と鋼が嘶く場所/弘人SIDE】

『5-1・Stranger』

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 駅前から少し離れた場所に位置し、書店やセレクトショップが入居している5階建ての商業ビル。公共交通機関よりも自家用車文化が発達した地方都市らしく地下には駐車場を備えている。
 その最上階の資材用通路の隅で、床に座り込んだ弘人と香苗は息を潜めていた。屋内灯で廊下は明るいままであったが、時間は既に夕刻を過ぎて夜になっている。
 資材用通路は、ビル5階にテナントとして入っているスポーツ用品店売り場の裏に位置しており、弘人の背後の倉庫の扉から売り場まで一本道となっている。
 もし誰かが来たとしても、すぐに確認できる。このような場所に弘人と香苗が居る理由など一つしかなかった。
  スポーツ用品店から拝借した金属バットを抱え込み、弘人は焦躁しきった表情で通路の角をずっと見据えていた。売り場は静まり返っており、二人の他に誰もいない。
 時折、別の階からか物音が断続的に聞こえて、また静まり返る。
 それでも、弘人の耳の奥には誰のとも知らぬ悲鳴がこびりついていた。弘人の傍らで香苗は顔を膝に埋め鳴き声を圧し殺していた。
 駅前で見た光景が脳裏を過る。あの光景を形容する言葉を、地獄としか弘人は知らなかった。
 突如、人間が破裂した。風船の様に膨張して、文字通り破裂したのだった。皮膚も血も内臓も散り散りになって周囲一帯に飛び散った。
 赤色が飛び散り周囲の人間に降り注ぐ光景に呆然としていた弘人だったが、気が付けば街中が大混乱に陥っていた。
 血を浴びた人々が、突然にも道行く人々を襲い始めていた。彼等は人々に噛み付き、人を喰らい始めた。その歯と爪で肉を裂いていった。
 噛みつかれた人間も、気が触れた様に人を喰らうようになった。その混乱の最中を、弘人は香苗を連れて駆け抜けた。そうして商業ビルの最上階まで逃げてきたのだった。
「香苗、怪我してないか。平気か」
「平気なわけないわ……。何だったのかしら、あれは」
「俺だって、分からないよ」
 憔悴しきった表情で香苗が弘人の手を掴んだ。
 まるでゲームみたいだ、なんて言葉を弘人は呑み込む。洋ゲーでよくあるゾンビが出てくるやつだ。ゾンビが突然現れて人々を襲い始める。
 窮地を逃れた主人公が、脱出の為に銃を片手に走り回るやつ。そんなゲームみたいな展開を空想したことも、望んでみた事もある。
 例えば、世界が終わってしまえば良いだとか、全部壊れてしまえば良いだとか、そんな事を思ってみたことはある。だがそれは、破滅願望とまで呼ぶ程のものではなく。
 こんな世界を望んだわけではない、そう弘人は誰かに叫びたくなる。誰だって少しは思った事があるであろう、ちょっとした現実逃避でしかなかった。
 学校に行くのが嫌で、現実に積み重なった大小の問題点を突き付けられるのが嫌で、朝起きたら世界は終わっていて煩わしい何もかもが壊れてしまっていれば良いと思った。
 けれども、こんな形で叶う事なんて望んでいない。現実では本当に人は死ぬし、銃なんて落ちていない。役に立つか分からない金属バットを抱えて、恐怖に震えることしか出来ない。
「弘人君、何か聞こえない?」
「香苗、静かに」
 足音が聞こえて、弘人は声を潜めそう言った。神経を研ぎ澄ませて、聴覚に全てを傾ける。足音が再び聞こえて、弘人は震え出しそうな自分の脚を強く掴んだ。足音が聞こえてくるのは、同じフロアからで間違いなかった。ブーツの底が立てる硬い足音がする。
 ゆっくりと物音を立てないように弘人は立ち上がる。持ち上げようとした金属バットが床を擦って小さく音を立てた。弘人の背を冷汗が伝う。
 音に気付かれたのか、足音は徐々に近付いてきていた。弘人は何度も脳内でシミュレーションする。ゾンビは力が強いが動きは鈍いのが定説だ、きっと上手くやれると自分に言い聞かせる。
 通路の角から影が伸びた。グリップを握り締め深呼吸を繰り返す。足を踏み込んできた人影を前に、弘人は思い切りバットを振り上げる。
「ちょっと待った!」
 男性の叫び声に、三奈瀬は咄嗟に手を止める。バットを構えたままの弘人に向かって、その男は両手を上げていた。30過ぎくらいの見た目で、茶髪に染めた長髪を後ろで束ねている。季節外れのアロハシャツ姿は、この状況に似合わなぬ間の抜けた感じを出していた。
 バットを振り下ろすのを寸前で止めた弘人を前に、男は何度も首を横に振る。弘人がゆっくりとバットを下ろすと、男は間の抜けた声と共に盛大に息を吐き出した。弘人は緊張感が途切れ、心臓が激しい鼓動を取り戻す。
「よぉ。生きてるか、坊主」
 呻き声ではなく、男はハッキリとそう言った。
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