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【8章・闇夜に沈め/祷SIDE】
『8-5・業火』
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魔女の家系に生まれた者は、その力と向き合う必要があった。不用意な力の発動や制御しきれない暴発は、非常に危険だった。それと同時に、魔法というものが歴史の表舞台から消えてからは、魔女はその力を正しく、必要な時に、最低限使うという必要があった。ましてや、私の家系に伝わる魔法は炎を扱うものであり、幼少期の意図しない発動が大惨事に繋がる可能性が高い。
故に、魔女は生まれた時から暗示をかける。その暗示を限定的に解除して、魔法を使用可能にする。魔女は自己保全の為、その秘密の保持の為、長い呪文を唱えなければ魔法を使えないという制限を課した。
その呪文は、その必要性とその儀礼的な意味合いによって非常に長文となっている。体系的な伝承を期待すること、そして魔法という重たい力を使う事を留まらせる為にだ。けれども、その力をより迅速に行使する必要はあり、呪文とは違う暗示の解除を魔女は必要とした。
それが。その為の物が。魔女の杖だった。
「……詠唱省略、穿焔-うがちほむら-!」
咄嗟に翳した杖の先で、炎が空中で渦を巻いて大気を灼く。轟、と振動を巻き起こし、その焔が弾丸の様に放たれてゾンビを打つ。火の粉を散らし、炎は割れ、焦げたヒトガタを吹き飛ばした。衝撃波となった熱風に煽られて、吹き飛ばされそうになった帽子を手で抑える。
至近距離のゾンビへと放った炎が火の粉を散らし、マントの裾から覗く私の肌を舐めた。一瞬過った熱に、私は慌てて明瀬ちゃんに問いかけた。
「明瀬ちゃん大丈夫?」
「……熱い」
「どっか火傷しなかった? 大丈夫?」
「ううん、平気。こんなに熱かったんだね」
明瀬ちゃんがそう言って、私の手を強く握った。
気が付けば退路が塞がれていた。走るゾンビの対応で足を止めている内に、ゾンビが集まってきていたようだった。月明りに一瞬照らされた陰から、その者達が向かってくる。向けられた無数の手、手、手。闇夜の中で赤く光を返す血の跡が、ゆっくりと距離を近付けてきていた。その全てが発する低い呻き声が、地面を這って足元から昇ってくるようで。
私は杖を握り締める。勢いよく振りかぶる。私のマントの袖を掴む明瀬ちゃんに、私は言った。
「ごめん、明瀬ちゃん。次はもっと熱いかも」
「良いよ、祷」
「並び立つは無形の影、暗夜を崩せし深紅の顕現」
呪文を唱えながら明瀬ちゃんを私の身体に密着させるように引き寄せて、羽織ったマントで覆い隠す。杖は暗示を解除する為の儀礼の道具、そしてマントと帽子は魔女が身を焼かぬ為の、炎を防ぐ道具だった。
「狭間の時に於いて祷の名に返せ」
見知った顔も、見知らぬ顔も。その集団の中では区別も付かず。もしかしたら、その中には、小野間君も葉山君もいたのかもしれない。けれども、私と明瀬ちゃんの前を塞ぐ全てを、私は焼き尽くすと決めた。無数のゾンビの姿に私は炎を重ねるイメージをした。
「懸焔―かがりほむら―」
爆炎。闇夜を切り裂く篝火の様に、周囲一帯が真昼へと変わる。
私を中心として衝撃波が拡がり、それに乗って焔が全てを凪ぐ。燃やすのでもなく、燃え上がるのでもなく、その焔は爆ぜた。
私の放った魔法、「懸焔―かがりほむら―」。周囲に爆発と爆炎を放つ捨て身の魔法である。周囲一帯に火の粉が舞い散り、そしてそれに着火し、一気に爆ぜる。その一撃は辺り一面を燃やし尽くし、中心に立つ魔女すらも焼かんとする。
燃え盛る景色のその真ん中で、私は大きく呼吸をした。灰混じりの焼けた空気が、その熱が、私の肺を満たして咳き込んだ。目眩がする。「懸焔―かがりほむら―」を使用した反動が、私の身体と精神を削っていた。力が入らず、咄嗟に地面に杖を突いて身体を支えた。
「祷!?」
「ごめん、大丈夫……」
震える手で杖を握り締めて、おぼつく足取りで前へと進む。明瀬ちゃんが私の肩を支えてくれていた。炎に呑まれたゾンビの死体を蹴り越えて、重たい足取りで前へ進む。炎が爆ぜる音と断末魔の呻き声が幾つも混じり合って、私の背中を押す。熱に当てられ朦朧とする意識を何とか繋ぎ止め、私は無心で足を動かした。
明瀬ちゃんが急に走り出す。見ると道端に自転車が倒れていた。明瀬ちゃんがそれを起こして乗ると、私を見て後輪側の荷台を叩いた。私が後ろにまたがると明瀬ちゃんが自転車を漕ぎ出す。魔女の帽子が飛ばないように手で押さえながら振り返る。
私の放った炎が引火して火の手が拡がっていた。闇夜に紅く浮かび上がった校舎の影が、明瀬ちゃんがペダルを踏む度に遠くなっていく。
私は明瀬ちゃんの腰に手を回して、その背中にもたれた。
「祷? 大丈夫?」
私は背中に顔を埋めたまま、聞こえない様な小さな声で答える。
「……私は、明瀬ちゃんが無事ならそれで良い」
例え、この身が業火に焼かれても。
故に、魔女は生まれた時から暗示をかける。その暗示を限定的に解除して、魔法を使用可能にする。魔女は自己保全の為、その秘密の保持の為、長い呪文を唱えなければ魔法を使えないという制限を課した。
その呪文は、その必要性とその儀礼的な意味合いによって非常に長文となっている。体系的な伝承を期待すること、そして魔法という重たい力を使う事を留まらせる為にだ。けれども、その力をより迅速に行使する必要はあり、呪文とは違う暗示の解除を魔女は必要とした。
それが。その為の物が。魔女の杖だった。
「……詠唱省略、穿焔-うがちほむら-!」
咄嗟に翳した杖の先で、炎が空中で渦を巻いて大気を灼く。轟、と振動を巻き起こし、その焔が弾丸の様に放たれてゾンビを打つ。火の粉を散らし、炎は割れ、焦げたヒトガタを吹き飛ばした。衝撃波となった熱風に煽られて、吹き飛ばされそうになった帽子を手で抑える。
至近距離のゾンビへと放った炎が火の粉を散らし、マントの裾から覗く私の肌を舐めた。一瞬過った熱に、私は慌てて明瀬ちゃんに問いかけた。
「明瀬ちゃん大丈夫?」
「……熱い」
「どっか火傷しなかった? 大丈夫?」
「ううん、平気。こんなに熱かったんだね」
明瀬ちゃんがそう言って、私の手を強く握った。
気が付けば退路が塞がれていた。走るゾンビの対応で足を止めている内に、ゾンビが集まってきていたようだった。月明りに一瞬照らされた陰から、その者達が向かってくる。向けられた無数の手、手、手。闇夜の中で赤く光を返す血の跡が、ゆっくりと距離を近付けてきていた。その全てが発する低い呻き声が、地面を這って足元から昇ってくるようで。
私は杖を握り締める。勢いよく振りかぶる。私のマントの袖を掴む明瀬ちゃんに、私は言った。
「ごめん、明瀬ちゃん。次はもっと熱いかも」
「良いよ、祷」
「並び立つは無形の影、暗夜を崩せし深紅の顕現」
呪文を唱えながら明瀬ちゃんを私の身体に密着させるように引き寄せて、羽織ったマントで覆い隠す。杖は暗示を解除する為の儀礼の道具、そしてマントと帽子は魔女が身を焼かぬ為の、炎を防ぐ道具だった。
「狭間の時に於いて祷の名に返せ」
見知った顔も、見知らぬ顔も。その集団の中では区別も付かず。もしかしたら、その中には、小野間君も葉山君もいたのかもしれない。けれども、私と明瀬ちゃんの前を塞ぐ全てを、私は焼き尽くすと決めた。無数のゾンビの姿に私は炎を重ねるイメージをした。
「懸焔―かがりほむら―」
爆炎。闇夜を切り裂く篝火の様に、周囲一帯が真昼へと変わる。
私を中心として衝撃波が拡がり、それに乗って焔が全てを凪ぐ。燃やすのでもなく、燃え上がるのでもなく、その焔は爆ぜた。
私の放った魔法、「懸焔―かがりほむら―」。周囲に爆発と爆炎を放つ捨て身の魔法である。周囲一帯に火の粉が舞い散り、そしてそれに着火し、一気に爆ぜる。その一撃は辺り一面を燃やし尽くし、中心に立つ魔女すらも焼かんとする。
燃え盛る景色のその真ん中で、私は大きく呼吸をした。灰混じりの焼けた空気が、その熱が、私の肺を満たして咳き込んだ。目眩がする。「懸焔―かがりほむら―」を使用した反動が、私の身体と精神を削っていた。力が入らず、咄嗟に地面に杖を突いて身体を支えた。
「祷!?」
「ごめん、大丈夫……」
震える手で杖を握り締めて、おぼつく足取りで前へと進む。明瀬ちゃんが私の肩を支えてくれていた。炎に呑まれたゾンビの死体を蹴り越えて、重たい足取りで前へ進む。炎が爆ぜる音と断末魔の呻き声が幾つも混じり合って、私の背中を押す。熱に当てられ朦朧とする意識を何とか繋ぎ止め、私は無心で足を動かした。
明瀬ちゃんが急に走り出す。見ると道端に自転車が倒れていた。明瀬ちゃんがそれを起こして乗ると、私を見て後輪側の荷台を叩いた。私が後ろにまたがると明瀬ちゃんが自転車を漕ぎ出す。魔女の帽子が飛ばないように手で押さえながら振り返る。
私の放った炎が引火して火の手が拡がっていた。闇夜に紅く浮かび上がった校舎の影が、明瀬ちゃんがペダルを踏む度に遠くなっていく。
私は明瀬ちゃんの腰に手を回して、その背中にもたれた。
「祷? 大丈夫?」
私は背中に顔を埋めたまま、聞こえない様な小さな声で答える。
「……私は、明瀬ちゃんが無事ならそれで良い」
例え、この身が業火に焼かれても。
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