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【10章・俯瞰して、見える景色には/祷SIDE】
『10-6・意味』
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「ゾンビにみんな食われても良いと言いたいんですか」
科学はいつの間にか自然を超えてしまった。科学を手にした時、人は自然から外れる事が出来る様になった。それはかつて魔法と呼ばれた奇跡よりも、ずっと力があることだった。
ゾンビが私達の科学を超えた存在ならば。それすらも自然の一つだとするならば。私達は、その生態系のピラミッドにまた組み込まれるのかもしれない。それが本当は正しい姿なのかもしれない。ゾンビの発生は、自然の摂理に則ったものなのかもしれない。
しかし、それでも。私は樹村氏の言葉に逆上してしまう。
「あなたは! それを大切な人を失った人に言えるんですか! 明瀬ちゃんの前で言えるのか!」
怒鳴り声と共に、身体が動いて私の膝が机にぶつかった。コーヒーカップとティースプーンがぶつかって、金属音が擦れる。
私の激昂に、樹村氏は動じなかった。彼は持っていたティーカップを静かに置いた。
「私はそう思ったから、此処を離れ生き残る道を探さなくても良いとした。君に分かってくれとは言わない。君にまで死んでほしいとは思っていない。出来る事なら生きて欲しいと思う」
「それは、……勝手です。勝手な言い草です」
自分は死んでもいいと言う。けれども、私には生きろと言う。ゾンビの意義なんてものまで語りながら、理解しなくてもと言う。彼の死は、決して生きようとする私の為にはならない。なのに、彼は身勝手な理屈で、身勝手に死のうとする。
「そうだよ、祷君。生態系から外れた人間の最大の特徴は、自らの生に対して意味と価値を付ける事が出来る事だ。生態系から外れた人間は、種の生存という本能からも外れてしまった」
窓からは夕日が射しこんで来ていた。茜色に染まる光景の向こうで、彼は穏やかにほほ笑んだ。それは何故か、私の胸を締め付ける。目を逸らし続けてきた事を、心の中で切り捨ててきた事を思い出させる。
差し出されたのは、ずっと失くしていたものだと思った。私はそれを、また失おうとしているのだと気付く。その事に咽ぶ私を、私の手を、その骨ばった手で取りながら彼は優しい口調で続けた。
「だから君も、誰にも何にも指図される事無く、自らの生を、生き方を選ぶべきだ。どんな理由だろうと、どんな方法だろうと、どんな形であろうと」
「死んでいった人が沢山いるんです。犠牲にしてきた人も沢山いるんです」
私の言葉を聞いて彼はどう思っただろうか。言葉の底に沈んだ暗い意味を察してしまっただろうか。
それでも、私は黙っていられなかった。彼の優しい頷きとその声に、私は唇を噛む。
「生物である以上、君の命は何の意味も意義も必要ない。誰かの為でもなく、代わりでもないのだ。生物だから生きて、ただ生きようとしている。
しかし人間である以上、その命に意味と意義を見出す事も出来るのだ。それは生物としての本能よりも、命に対する命令よりも、強いものだ。私も君も、それに従っていて何が悪い」
樹村氏は窓の外を見た。つられて私も顔を向ける。煌々と赤く燃える夕日が、遠くに見えるビルに遮られつつあった。外の景色に影が落ち始める。静かに夜へと近付いている。
周囲一帯に群れていたゾンビも、活動を休止し始める頃合いだった。夜間になれば、ゾンビの群れは一か所に集結し、動かなくなる。そのタイミングを狙い此処を脱出し、私は明瀬ちゃんの元へ戻らなければならない。それはつまり、樹村氏との別れを意味していた。
「君は、君の為にいきなさい」
マントの紐を締め直し、杖を手に取った。帽子を抱いて、私は立ち上がる。樹村氏は一度キッチンに引っ込むと、私にタッパーを渡してきた。見ると干したカボチャのようである。私は礼をいって、ボディバッグにしまった。本当はもっと渡したい、と残念そうに言われたが身動きを阻害するので、と断る。少しでも身軽な方が良い。
玄関まで見送られた。庭に置いてある脚立の場所を教えて貰う。塀まで上り、ゾンビの居ない場所から飛び降りるつもりだった。私は彼にもう一度頭を下げる。
「コーヒー、御馳走様でした」
「君の無事を祈るよ」
「ヘリに追い付いたら、此処にも救助を頼みます。必ず」
ドアノブに手をかけてゆっくりとドアを押した。夜の冷えた空気が滑り込んでくる。外は静かで、呻き声の一つも無かった。月灯りと、自動点灯の街灯が、夜の中で光を抱えていて、私の視界を晴らす。帽子を被り、杖を右手に持って一つ深呼吸をした。意を決して、外へと一歩踏み込んだ私の背中に、彼は言った。
「ずっと思っていたんだが、君のその格好は魔女の様だね」
「ゾンビの仮装をする気にはなれなかったので」
その言葉と共にドアをゆっくりと閉める。金属が噛み合う音が静かに鳴って、私は駆け出した。
科学はいつの間にか自然を超えてしまった。科学を手にした時、人は自然から外れる事が出来る様になった。それはかつて魔法と呼ばれた奇跡よりも、ずっと力があることだった。
ゾンビが私達の科学を超えた存在ならば。それすらも自然の一つだとするならば。私達は、その生態系のピラミッドにまた組み込まれるのかもしれない。それが本当は正しい姿なのかもしれない。ゾンビの発生は、自然の摂理に則ったものなのかもしれない。
しかし、それでも。私は樹村氏の言葉に逆上してしまう。
「あなたは! それを大切な人を失った人に言えるんですか! 明瀬ちゃんの前で言えるのか!」
怒鳴り声と共に、身体が動いて私の膝が机にぶつかった。コーヒーカップとティースプーンがぶつかって、金属音が擦れる。
私の激昂に、樹村氏は動じなかった。彼は持っていたティーカップを静かに置いた。
「私はそう思ったから、此処を離れ生き残る道を探さなくても良いとした。君に分かってくれとは言わない。君にまで死んでほしいとは思っていない。出来る事なら生きて欲しいと思う」
「それは、……勝手です。勝手な言い草です」
自分は死んでもいいと言う。けれども、私には生きろと言う。ゾンビの意義なんてものまで語りながら、理解しなくてもと言う。彼の死は、決して生きようとする私の為にはならない。なのに、彼は身勝手な理屈で、身勝手に死のうとする。
「そうだよ、祷君。生態系から外れた人間の最大の特徴は、自らの生に対して意味と価値を付ける事が出来る事だ。生態系から外れた人間は、種の生存という本能からも外れてしまった」
窓からは夕日が射しこんで来ていた。茜色に染まる光景の向こうで、彼は穏やかにほほ笑んだ。それは何故か、私の胸を締め付ける。目を逸らし続けてきた事を、心の中で切り捨ててきた事を思い出させる。
差し出されたのは、ずっと失くしていたものだと思った。私はそれを、また失おうとしているのだと気付く。その事に咽ぶ私を、私の手を、その骨ばった手で取りながら彼は優しい口調で続けた。
「だから君も、誰にも何にも指図される事無く、自らの生を、生き方を選ぶべきだ。どんな理由だろうと、どんな方法だろうと、どんな形であろうと」
「死んでいった人が沢山いるんです。犠牲にしてきた人も沢山いるんです」
私の言葉を聞いて彼はどう思っただろうか。言葉の底に沈んだ暗い意味を察してしまっただろうか。
それでも、私は黙っていられなかった。彼の優しい頷きとその声に、私は唇を噛む。
「生物である以上、君の命は何の意味も意義も必要ない。誰かの為でもなく、代わりでもないのだ。生物だから生きて、ただ生きようとしている。
しかし人間である以上、その命に意味と意義を見出す事も出来るのだ。それは生物としての本能よりも、命に対する命令よりも、強いものだ。私も君も、それに従っていて何が悪い」
樹村氏は窓の外を見た。つられて私も顔を向ける。煌々と赤く燃える夕日が、遠くに見えるビルに遮られつつあった。外の景色に影が落ち始める。静かに夜へと近付いている。
周囲一帯に群れていたゾンビも、活動を休止し始める頃合いだった。夜間になれば、ゾンビの群れは一か所に集結し、動かなくなる。そのタイミングを狙い此処を脱出し、私は明瀬ちゃんの元へ戻らなければならない。それはつまり、樹村氏との別れを意味していた。
「君は、君の為にいきなさい」
マントの紐を締め直し、杖を手に取った。帽子を抱いて、私は立ち上がる。樹村氏は一度キッチンに引っ込むと、私にタッパーを渡してきた。見ると干したカボチャのようである。私は礼をいって、ボディバッグにしまった。本当はもっと渡したい、と残念そうに言われたが身動きを阻害するので、と断る。少しでも身軽な方が良い。
玄関まで見送られた。庭に置いてある脚立の場所を教えて貰う。塀まで上り、ゾンビの居ない場所から飛び降りるつもりだった。私は彼にもう一度頭を下げる。
「コーヒー、御馳走様でした」
「君の無事を祈るよ」
「ヘリに追い付いたら、此処にも救助を頼みます。必ず」
ドアノブに手をかけてゆっくりとドアを押した。夜の冷えた空気が滑り込んでくる。外は静かで、呻き声の一つも無かった。月灯りと、自動点灯の街灯が、夜の中で光を抱えていて、私の視界を晴らす。帽子を被り、杖を右手に持って一つ深呼吸をした。意を決して、外へと一歩踏み込んだ私の背中に、彼は言った。
「ずっと思っていたんだが、君のその格好は魔女の様だね」
「ゾンビの仮装をする気にはなれなかったので」
その言葉と共にドアをゆっくりと閉める。金属が噛み合う音が静かに鳴って、私は駆け出した。
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