45 / 141
【11章・いつかの光景に星空を見た/祷SIDE】
『11-2・星空』
しおりを挟む
「一人で行ったりしないよ」
「そうじゃ……なくて」
私を抱きしめる明瀬ちゃんの手に力が入って、私は動けずにいた。突然の言葉と、突然の出来事に、驚く自分が居た。先程、あれほど取り乱した彼女の姿はなく、どこかしぼんでしまっていた。
明瀬ちゃんは今まで、泣き言も恨み言も言わず気丈に振る舞い続けてきていた。ただそれが、逆に私には怖かった。こんな状況にあっても、私を誹ることすらしなかった事が。だから、ああやって怒鳴った事が、そして今泣いている事が、逆に正しくて良い事であるのだと私は思い直す。
「私が明瀬ちゃんを守るから」
私が明瀬ちゃんを置いていったりする筈が無い。私は、彼女の為にただ進むだけなのだから。
暫く動かなかった明瀬ちゃんが、鼻を利かす素振りを見せる。何かを嗅いでいるようで、私は怪訝に思っていると、明瀬ちゃんが顔を上げる。
「祷、髪が焦げてる」
「え。多分さっきの時だ」
私がそう言うと明瀬ちゃんは少し複雑な表情をした。そうしてから、何かを思い付いた様にその手を打った。その人差し指と中指を立てて合わせるような、「チョキ」のポーズを何度か繰り返してから言った。
「焦げた所、切ったげるよ」
明瀬ちゃんがそう言って、洗面所から髪用のハサミとクシを持ってきた。私を椅子に座らせて、明瀬ちゃんは私の背に立った。背筋を伸ばすと、彼女の指がゆっくりと私の髪に触れた。耳元で髪の擦れる音がする。優しく髪を引っ張られて、頭の上で細い指が動いているのが分かった。それから、金属のクシが私の髪に入る。
「祷って髪長いよね、大変じゃない?」
「もう慣れたよ」
「最初はショ-トだったよね?」
「長い方が似合いそうって言ったの、明瀬ちゃんだよー」
「そんな事言ったけ、私?」
「言ってたよ。ひどいよ、適当に言ったんでしょ?」
「いやいや、実際似合ってるしさ」
口を尖らせた私を、明瀬ちゃんがひとしきり笑って、そして呟いた。
「それじゃ、あんま短くなんないようにしなきゃね?」
髪をそっと引かれて、ハサミがゆっくりと咬んでいく音がした。切られた髪が床に落ちる音がする。焦げて縮れた黒い髪が、フローリングの床を滑って私の足元に見えた。
髪を伸ばしたきっかけは、明瀬ちゃんの一言がきっかけだった。何気ない言葉だった。私の髪形がショートヘアだったから、弄れなくてつまらないとぼやいた時の本当に何気ない言葉。
当の本人は言った事をやはり思い出せないようでいた。私が傍らに広げていた地図を見てか、明瀬ちゃんは私の頭に問いかけてくる。
「それで、どこまで移動するつもり?」
「西に向かって、とりあえずホ-ムセンタ-に行ってみようと思う」
「矢野と文化祭の買い出し行ったところだ」
明瀬ちゃんは手を止めずにそう言った。ハサミが立てる金属の擦れる音が痛い程響いた気がした。
「ホントなら文化祭とっくに終わってるじゃん?」
「……そうだね」
「見たかったなぁ、矢野のプラネタリウム」
そんな話もあったと思い出す。もはや、あの日の出来事は、あの日の会話は、数年前の出来事であったかのように、遠い日の様に感じられた。全てが崩れたあの日、私達はそれが起きるなんて事、予知する術などなかった。
明瀬ちゃんが毛先を切り揃え終わると、私の髪にクシを通す。
「祷さ、星を見に行きたいっていってたじゃん」
「うん」
「ニュージーランドにある湖とアイルランドの半島が世界三大星空なんだって」
「そんなのあるんだ。 ……一つ足りなくない?」
「もう一つは忘れた」
三大夜景は聞いたことがあったが、三大星空というのは聞いたことがなかった。明瀬ちゃんは、いつも何処からそんな話を仕入れてくるのだろうと思った。
相槌を打つ私に、明瀬ちゃんは、別にそこに行きたいわけじゃないと言う。
「話の流れ的に、明瀬ちゃんがそこに行きたいんだと思ったよ」
「違うけど。でも、星を見に行こう」
「うん?」
「私達が一番綺麗な星空を探そうよ」
私達が、と強く言った。
誰かが決めた、誰かが言った一番なんて御免だと。綺麗なものなんて、自分の感性で決める、と。明瀬ちゃんはそう言う。星空を探しに行くなんて言葉は、とても魅力的に聞こえた。終わりそうな世界でも、星空はきっと変わらず其処にあるだろう。
髪を切り終えると、明瀬ちゃんは私の髪を結い始めた。指をせわしなく動かして、私の髪を絡めていく。
「世界中の誰も知らない所、世界の果てみたい場所、そういう感じのさ、私達だけが知ってる星空。いつか探しにいこうよ」
「うん」
「そうじゃ……なくて」
私を抱きしめる明瀬ちゃんの手に力が入って、私は動けずにいた。突然の言葉と、突然の出来事に、驚く自分が居た。先程、あれほど取り乱した彼女の姿はなく、どこかしぼんでしまっていた。
明瀬ちゃんは今まで、泣き言も恨み言も言わず気丈に振る舞い続けてきていた。ただそれが、逆に私には怖かった。こんな状況にあっても、私を誹ることすらしなかった事が。だから、ああやって怒鳴った事が、そして今泣いている事が、逆に正しくて良い事であるのだと私は思い直す。
「私が明瀬ちゃんを守るから」
私が明瀬ちゃんを置いていったりする筈が無い。私は、彼女の為にただ進むだけなのだから。
暫く動かなかった明瀬ちゃんが、鼻を利かす素振りを見せる。何かを嗅いでいるようで、私は怪訝に思っていると、明瀬ちゃんが顔を上げる。
「祷、髪が焦げてる」
「え。多分さっきの時だ」
私がそう言うと明瀬ちゃんは少し複雑な表情をした。そうしてから、何かを思い付いた様にその手を打った。その人差し指と中指を立てて合わせるような、「チョキ」のポーズを何度か繰り返してから言った。
「焦げた所、切ったげるよ」
明瀬ちゃんがそう言って、洗面所から髪用のハサミとクシを持ってきた。私を椅子に座らせて、明瀬ちゃんは私の背に立った。背筋を伸ばすと、彼女の指がゆっくりと私の髪に触れた。耳元で髪の擦れる音がする。優しく髪を引っ張られて、頭の上で細い指が動いているのが分かった。それから、金属のクシが私の髪に入る。
「祷って髪長いよね、大変じゃない?」
「もう慣れたよ」
「最初はショ-トだったよね?」
「長い方が似合いそうって言ったの、明瀬ちゃんだよー」
「そんな事言ったけ、私?」
「言ってたよ。ひどいよ、適当に言ったんでしょ?」
「いやいや、実際似合ってるしさ」
口を尖らせた私を、明瀬ちゃんがひとしきり笑って、そして呟いた。
「それじゃ、あんま短くなんないようにしなきゃね?」
髪をそっと引かれて、ハサミがゆっくりと咬んでいく音がした。切られた髪が床に落ちる音がする。焦げて縮れた黒い髪が、フローリングの床を滑って私の足元に見えた。
髪を伸ばしたきっかけは、明瀬ちゃんの一言がきっかけだった。何気ない言葉だった。私の髪形がショートヘアだったから、弄れなくてつまらないとぼやいた時の本当に何気ない言葉。
当の本人は言った事をやはり思い出せないようでいた。私が傍らに広げていた地図を見てか、明瀬ちゃんは私の頭に問いかけてくる。
「それで、どこまで移動するつもり?」
「西に向かって、とりあえずホ-ムセンタ-に行ってみようと思う」
「矢野と文化祭の買い出し行ったところだ」
明瀬ちゃんは手を止めずにそう言った。ハサミが立てる金属の擦れる音が痛い程響いた気がした。
「ホントなら文化祭とっくに終わってるじゃん?」
「……そうだね」
「見たかったなぁ、矢野のプラネタリウム」
そんな話もあったと思い出す。もはや、あの日の出来事は、あの日の会話は、数年前の出来事であったかのように、遠い日の様に感じられた。全てが崩れたあの日、私達はそれが起きるなんて事、予知する術などなかった。
明瀬ちゃんが毛先を切り揃え終わると、私の髪にクシを通す。
「祷さ、星を見に行きたいっていってたじゃん」
「うん」
「ニュージーランドにある湖とアイルランドの半島が世界三大星空なんだって」
「そんなのあるんだ。 ……一つ足りなくない?」
「もう一つは忘れた」
三大夜景は聞いたことがあったが、三大星空というのは聞いたことがなかった。明瀬ちゃんは、いつも何処からそんな話を仕入れてくるのだろうと思った。
相槌を打つ私に、明瀬ちゃんは、別にそこに行きたいわけじゃないと言う。
「話の流れ的に、明瀬ちゃんがそこに行きたいんだと思ったよ」
「違うけど。でも、星を見に行こう」
「うん?」
「私達が一番綺麗な星空を探そうよ」
私達が、と強く言った。
誰かが決めた、誰かが言った一番なんて御免だと。綺麗なものなんて、自分の感性で決める、と。明瀬ちゃんはそう言う。星空を探しに行くなんて言葉は、とても魅力的に聞こえた。終わりそうな世界でも、星空はきっと変わらず其処にあるだろう。
髪を切り終えると、明瀬ちゃんは私の髪を結い始めた。指をせわしなく動かして、私の髪を絡めていく。
「世界中の誰も知らない所、世界の果てみたい場所、そういう感じのさ、私達だけが知ってる星空。いつか探しにいこうよ」
「うん」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる